第146話 事件の公表内容
樋之口 縁社長が運営するWebメディア『トティック』。動画を中心としてニュースやトレンドなど、記者ごとに特徴のある少し変わったメディアである。しかし、取り上げるニュースの内容によっては、記者の主観や批判、絶賛などもなく、あくまで事実のみを記載しているそうだ。専任のキャスターはおらず、動画ごとにキャスターが変わることが多い。今回は女性フリーアナウンサーの松下 芹が原稿を読み上げている。元民放のアナウンサーである。
「7月22日のニュースです。東京都足立区で高校の校舎が全壊する事件が発生しました。警視庁の発表によると、男が校舎に立て籠もり、自爆テロにより校舎が全壊の被害、犯人の男は死亡。被害に遭った生徒や学校関係者、生徒の家族を含む63人が病院へ搬送されました。複数犯による犯行も考えられましたが、遺体が発見されたのは1人のみであることから、これほど大きな被害を出しながら、警視庁は単独の犯行であると発表しました」
トティックの動画ニュースでは、その後も警視庁の公表内容を分かりやすい表現で報じており、記者のコメントなどは無かった。結局、被害者は意識不明や低体温症などの症状はあったが、奇跡的に死者は出なかった。警視庁と東京消防庁が開いた会見以降、テレビのニュース番組やワイドショーで何回も取り上げられ、学校を標的とした大規模な爆発であることから、海外でもそれなりに大きなニュースとして取り上げられたらしい。
自爆テロ事件といわれながら、遺体が1人であると結論付けられるまでが早かった点について、会見で記者から質問があった。爆発により遺体がどの状態にあったのか。2人目の遺体が見つかっていないだけではないか。2人目は現場にいなかったのではないか。組織的な犯行ではないか。そういう趣旨の質問で、警視庁からは「遺体の状況については、損傷が酷く身元を特定出来る状況ではありません」と直接的な表現は避けたが、その場にいた記者達は遺体の状態を察した。公表資料として、詳細が後ほど知らされたが、その通りに報道したマスコミはどれくらいいただろうか。さらに単独犯の理由について、当時校舎内で犯人を見ていた教諭や生徒の証言より、外部と連絡を取っていたような素振りは見せず、男一人で行動していた。よって、複数犯の可能性は低いと結論付けたという説明だった。付近や学校の監視カメラから身元を割り出せないかという記者の問いには、校舎が全壊して映像が残っていないと説明し、周囲の防犯カメラの映像は調査中だが、まだ犯人の姿を捉えた映像は見つかっていないと話した。
怪事件という名称は会見で使用されず、自爆テロ事件という名称が使用された。被害者が見た本当の真実は「怖い夢を見たのかも」という内容で説明するように、医者と口裏を合わせた。さらに、犯行のひとつとして黒い袋を頭から被せて、身動きを奪ったと発表。その黒い袋が生き物に見えたのではないかと説明して、真相は開示せず、邪神について一切明かさなかった。防犯カメラの捜査も形だけであり、当日は邪神が教室内にいたため、防犯カメラに邪神も犯人も映っているはずがない。
犯人は身元不明のまま、事件は風化し、多くの人が忘れるだろう。どんな出来事も時間が経過すると、次第に風化していくように……
*
井村 八太郎が目を覚ますと、知らない場所だった。どこだろうかと思い寝たまま周りを見ると、窓際で椅子に座ったまま寝ている昴 千弦がいた。八太郎は上半身を起こして、周囲を見渡す。暗い部屋だが、病室のようだ。
「ん?」
と、千弦は欠伸をしながら目を擦る。八太郎は
「わるい、起こした?」
「いや、いつ起きるのかと待ってたけど……、いつまで経っても起きないから呆れて寝てただけ」
「そっか……」
八太郎がベッド横に時計を見つけて時間を確認すると、7月23日火曜日の午前3時27分だった。千弦は状況を説明せずに、まずは八太郎に問いかける。
「憶えてる? 何があったか」
八太郎と北澤 ことみが被害に遭ったのは、21日の日曜日。もしくは、20日土曜の夜の可能性もある。
八太郎は首を横に振って、あまり憶えていないようだ。
「どこからが現実で、どこまでが夢か分からない……。小さな虫が襲いかかってきたと思って、手で払い除けようとしたら、真っ暗な布みたいに大きなものが視界を覆って……」
おそらくそれは現実だろう。最初に襲われたのは八太郎の可能性が高かった。考えられることとして、邪神は虫みたいに小さなサイズから、多くの人を飲み込んで巨大化したのだろう。
「……なんか、悪いことでもしたのかな」
不安そうに自分を責める八太郎。何かを感じたのだろうか。千弦は「どういうこと?」と惚けた。
その日は言わなかった。千弦から言わなければ、警察もわざわざ言わない。お昼過ぎには、学校の事件を知ることとなる。八太郎の家族やクラスメイトも巻き込まれたが、全員無事であることを伝えた。本当のことを伝えるのは、少し先になりそうだ。
学校は夏休みを繰り上げて、23日から休校となった。夏休み中にプレハブで校舎を建てることになり、早くても10月になると猫平田校長が説明した。9月から完成までの間は、区民館で授業を行い、体育は河川敷のグラウンドで行うそうだ。校庭とプールは無事だが、グラウンドにプレハブを建てるため、工事車両が入ることになり、しばらくは学校の敷地内に生徒の立ち入りは禁止になる。学校関係者は、被害を免れて入院していないメンバーのみで、保護者会や記者会見、復旧工事の手配など、休む間もなく働いている。さらに、全国から学校の必要備品の寄付を呼びかけ、早期の再開を目指すそうだ。プレハブの校舎が完成しても、イスや机、黒板や教材などがなければ授業が出来ない。
綾瀬川神社は、境内に頑丈な蔵を建てて、そこに邪神を封印した箱を管理することにしたそうだ。他にも同じような祠があれば、同様に蔵で管理するとのこと。邪神のことを表沙汰には出来ないため、警視庁から非公式に注意が出たらしい。注意とは言いつつも、それは警告と管理命令だった。
今回の怪事件もなんとか隠せたかもしれないが、いつまでも怪事件を隠せ通せるだろうか。そのうち、世間に公表する怪事件が発生し、今までの事件も明かすときがいつか来るかもしれない。それもそう遠くない未来に……。
To be continued…
ようやく一区切りとなりました。元々『路地裏の圏外』で螢とシェイの過去話用に考えてたのを転用したので、魔法を使いたい欲はありましたね。その影響が宮岸教諭が邪神に対して放った技や、同胞の結界に現れているかと。ただ、攻撃するとダメージが被害者に貫通するので、攻撃魔法は使えないだろうし、それはそれで困難だったかもしれませんが。
さて、本編で触れるタイミングが無かったので、宮岸教諭が邪神に対して攻撃をしていた件について補足を少しばかり。第136話で青い火炎弾を邪神に当てています。第138話で宮岸教諭と結界をはった同胞は、妖狐であると説明されています。妖狐、つまり狐ですね。結界も青い火炎弾も、実は幻覚といいますか、欺しであり、実物ではない。つまり、その場にいた全員、邪神も含めて化かされていた。そのため、実被害は出ておらず、貫通しても幻覚のため無傷でした。妖狐としては、そんな自分達の生命に関わる大事な情報を他者に言うことなどできるはずもなく、本編では結局触れずじまいになってしいました。実際のダメージがないと知れば、ハッタリは無意味ですから。
さて、次回は1話完結か前後編程度の短いストーリーにしたいな。1話完結って、説明が長くなると入りきらないので、割と難しい……。
追記。
誤字が多かったので全体的に修正しました。後書きにも誤字がいくつか……




