第143話 歯痒さ故の足掻き
東京消防庁から作戦内容が提示された。普通ポンプ車や水槽付ポンプ車、塔体付ポンプ車など散水を行う消防車を多数投入。日が落ちた事もあり、警察署の投光車以外に消防署の照明電源車も投入。さらに航空消防救助機動部隊(通称エアハイパーレスキュー)の消防ヘリコプターや、消防救助機動部隊(通称ハイパーレスキュー)の特殊車両、スクアート車や特殊救助車、10t水槽車、スーパーポンパーなど、あまり聞き慣れない車両も投入されるようだ。
資料には散水に使用する水がリストアップされており、足立区内と葛飾区内の貯水タンクや井戸水の貯水槽などがピックアップされている中、荒川と綾瀬川も記載されていた。さらに、普段の消火活動ならば使用する水道の消火栓、有事の際に使用することが考えられるプールや下水道は外されていた。
タブレットで資料を一読した悠夏は
「荒川と綾瀬川からも汲み上げるんですね」
「消防の判断では、笠鷺さんが記した自然の水として、川の水の効果が証明されている。川の勢いが増していても使うべきだと判断したのだろう。それと、これだけ多くの場所がピックアップされている理由だが、水を使い切らないようにするためらしい。これで数カ所の貯水を使い切ってしまった場合、その周辺地域で火災が発生した際に、消火活動に支障が出ることを考え、あくまでもメインは荒川を水源とするようだ」
直接情報を聞き、かつ資料をスマホで見ていた榊原警部がそう説明した。リストには二次災害防止を目的とし、水難救助車と消防艇も投入すると書かれていた。
邪神への散水作業は東京消防庁へ一任し、警視庁と葛飾区堀切綾瀬警察署は、捜査本部で散水後の対応を決定していた。放水後の救助作戦として、警視庁の警備犬や災害救助犬団体の災害救助犬を活用し、消防との連携による救出活動を実施。つまりは、瓦礫の中に人がいるケースを想定している。校舎の崩落により、邪神は瓦礫の上で鎮座している。攻撃すれば、被害者に当たり、移動させることは困難。邪神も自力で動けないため、動かす方法がない。散水が成功しても、その後の救助活動と何より犯人確保という名の封印という極めて重要なことが残っている。
「本部からの指示で、犯人確保の指揮は現場判断を優先とし、特課に任せるそうだ」
榊原警部が前置きもなく話し、悠夏は目を丸くした。悠夏が驚いているのを感じた榊原警部は
「驚くこともない。散水が完了する前に藍川のところへ合流して、被疑者確保だ。そのためにも……」
榊原警部は宮岸 真岐教諭の方を見て
「確保のためにも、宮岸さんのお力をお借りしたいのですが」
「ご協力できる限りのとこは……。相手にどこまで通用するか分かりませんが」
宮岸教諭は協力について了承した。これまでパニック状態で、発言が控えめだった丸開教頭と猫平田校長だが、時間が経って冷静になったのか、小声で学校として会見をどう行うか話し合っていた。その一部が榊原警部の耳に届いたのか、榊原警部は
「今回の事件について、前例のない異常事態であることはご承知の通りですが、警察と消防ともに公表する内容について精査しており、学校側からの公表はそれが決まった上で、場合によっては合同で会見の場を設けることになることも考えられます。いずれにせよ、公表はしばらく待ってください」
「公表はしなくとも、問い合わせが……。いや、問い合わせ先がもう無いか……。ただ、保護者や生徒から教職員へ問い合わせがくる。いや、もうすでに問い合わせは来ている」
心労により、猫平田校長はため息を漏らした。丸開教頭は頭を抱えつつ
「臨時休校の決定や校舎の復旧。保護者会への説明。学校再開時期はいつか。校庭にプレハブで仮設校舎を作る案。幸いにも今週末から夏休みの予定だったため、夏休みを繰り上げるのがベストなのかどうか。それらを決める職員会議をいつ、どこで行うか」
「それについては」
と、榊原警部が発言する前に、猫平田校長が遮るように
「我々が今できるのは、生徒の無事を祈り、今後を考える。それしかできないんですよ。救助に参加できるはずも無く、この抑えきれないもどかしさ、歯痒さを、果たしてどこに向ければ良いのか……。もっと前に対策すべきことがあったのではないかと、本当に今までの判断は正しかったのかどうか……。悔やんでも悔やみきれない……」
この場合、どう声をかけるべきなのか。悠夏が言葉を探していると、何も出来ずにいた昴 千弦が勢いよく椅子から立ち上がって、会議室の外へ出ようとする。出口に一番近かった悠夏が慌てて腕を掴み、
「ちょっと待って」
千弦はそれを振り払ってでも、会議室を出ようとする。千弦は言葉に出来ず、頭よりも先に体が動いていた。周りにどう言われても、分かってはいる。自分が外に出たとしても何も出来ない。けれど、ここで自分だけが安全圏にいることが、何も出来ないことがもどかしい。何かしないといけない。でも、何が出来る?
「昴君はここで待っていて。君にしかできないことがあるから」
悠夏の一言に、千弦は抵抗をやめた。
「事のあらましを説明したのは、井村君を救えるのは親友の昴君だと考えたから」
千弦にとっては想像していなかったようで、あまり分かっていない様子だ。今回の件で、発端となったのは八太郎の蹴った石だった。偶然とは言え、これほどの被害を出しており、多大な影響も出ている。全員が無事である保証も分からない。邪神に襲われたことがトラウマになり、今後の人生に影響を及ぼす生徒もいるかもしれない。たとえいなかったとしても、八太郎は自分を責めるかもしれない。事件のあらましを本人に説明しなくとも、遅かれ早かれいつかは事実を知るだろう。そのタイミングが分からないのならば、先に伝えるべきだろうか。
仮定の話をするならば、八太郎があの日道を通らなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。八太郎が徒歩で帰ることを選択した原因は、千弦が告白することを話したからだ。とはいえ、前日に別れていたことなど分かるはずも無く、偶然が重なった結果だ。それでも、本人達、現に千弦は自分の所為だと己を攻め、悔いている。
警察としては、八太郎に器物損壊罪を問うつもりはなく、寧ろ問い質すならば、綾瀬川神社の管理不届きが招いた結果であり、綾瀬川神社の宮司や禰宜に対してだろう。権禰宜の樋渡は境内で管理することを先送りしていたことにより、今回の事件が起きたと証言している。
千弦には、八太郎とことみの2人を救出後、同じ病院へ一緒に移動してもらおうと考えていた。千弦にとって、八太郎は親友であり、ことみは恋人だ。何を話すかは千弦に任せつつも、念のため榊原警部もその場に立ち会う。つまりは、犯人確保に榊原警部は関わらず、特課の指揮で藍川巡査と樋渡、斑鳩川のメンバーが対応することになる。さらに、サポートとしては、SATの高城中隊長から説明として
「これよりSATは、犯人確保のために特課の指揮下で行動を共にします」
流石に特課に指示権限を与えるにしても、悠夏は若すぎる。昨年の12月から新米刑事でまだ半年だ。階級が上の鐃警が指揮を執るのだろうか。そうではなく、直轄の上長が執る。上長とは、倉知副総監である。
「到着が遅くなった。本部から通達があったように、これより特課とSITの指揮を執る」
倉知副総監が到着した。
To be continued…
倉知副総監が現地入り。実際問題、川から吸水するのに荒れた状態でもできるのかな? 作中では出来る判断を下しましたけども。
千弦と八太郎が罪悪感に苛まれるのはおそらく不可避。まずは千弦に説明して、その後八太郎が原因を知って共に乗り越える。宮司や禰宜の管理不届きがそもそもの原因だが、引き金を引いたのは自分達だと攻めるだろう。乗り越えるのにどのくらいかかるかは分からないが……
終わりに近づいてはいるが、まだ続きそうですね。この話に決着が付いたら、次は単発を挟んで隅田川花火大会になるのかな。まだ未定ですが。




