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第142話 洗い流す

 邪神は被弾ゼロ。校舎の瓦礫に居座ったまま、動く気配がない。埼玉県警の与野(よの)巡査長との電話越しで、邪神への攻撃は被害者に当たることを知った。もし攻撃が当たっていれば、助け出したときには無言の帰還となっただろう。考えるだけでも恐ろしい。

 高城(たかしろ)中隊長は無線での報告を受け

「邪神への攻撃は中止。今は銃口を向けずに静観しています」

 それを聞いて胸を撫で下ろした。攻撃開始から中止までの僅かな時間が、とても長く感じた。

「それともうひとつ」

 高城中隊長は現場から受けた報告について

荒川(あらかわ)の水位が上がっており、流れが速くなっているとのことです」

「荒川の水位が上がってる?」

 復唱するように悠夏(ゆうか)が呟くと、電話越しで聞こえたらしく与野(よの)巡査長が

「そういえば、こっちでかなり激しい大雨があったな。今も一部では降り続いているらしいが、それで水嵩(みずかさ)が増した可能性はあるな」

 荒川は埼玉県秩父市(ちちぶし)熊谷市(くまがやし)、さいたま市などを流れている。与野巡査長のいる秩父近辺のゲリラ豪雨によって、荒川の水量が増したと考えられる。

 榊原(さかきばら)警部は窓から荒川の方を確認しながら

「荒川の増水で、ひとつ選択肢が潰されたな」

「書物によれば、川に落としたってことですが……、荒川で同じようにすると、増水と急流で救助は困難になるでしょうね……」

 鐃警(どらけい)も榊原警部と同じ考えだ。笠鷺(かささぎ) 義徳(よしのり)が残した冊子から、当時邪神が川に転落して行方不明だった人々が帰ってきたという。邪神は自然の水で洗い流すと、人々を救助できるのだろう。しかし、荒川は豪雨による増水と急速な流れにより、仮に同じように邪神を転落させたとしても、その後子ども達やその家族、学校関係者などを全員助けられるだろうか。現場付近にハイパーレスキューの大規模水害対応部隊が待機しており、さらに自衛隊が駆けつけたとしても、リスクが高い。では、隣の綾瀬川(あやせがわ)ならばどうだろうか。

 榊原警部は綾瀬川の方を見て

「綾瀬川は川幅がせいぜい50から60メートルぐらいだろう。さらに、対岸には首都高がある」

「場所によっては、40メートルかもしれないですね……」

 邪神は校舎を覆う程の大きさだ。川幅が200メートル以上ある荒川ならまだしも、60メートル以下の綾瀬川では厳しいだろう。それに川の上には小菅(こすげ)JCTがある。

 会議室の壁沿いで立ちっぱなしだった、東京都下水道局の女性局員である鹿島田(かしまだ)はずっと話を聞いており、スマホで荒川の水位を調べ

「荒川下流河川事務所が管理している西新井(にしあらい)観測所のデータですと、水位が2メートル10センチを超えているそうです」

 西新井観測所は、ここからおよそ3キロ上流にある。流れが速く2メートルを超えるとなると、荒川を使う方法は難しい。

「隅田川は?」

 誰かが言ったが、榊原警部がその提案のリスクについて

「隅田川も増水のおそれがある。それに、荒川と私鉄がある」

 直線距離なら1.5キロぐらい。ただし、土手と荒川、成田本線、伊勢崎線、そして多くの家屋を越えなければならない。家屋の他に、病院やタワーマンション、3つの駅もある。被害が大きくなり、無謀だろう。

 悠夏は方法を思案しつつ、

「書物には自然の水で洗い流すと書かれているのであれば、雨はどうですか?」

「降れば……」

 と、榊原警部は空を見る。今にも降りそうな空模様だが、降ってはいない。

 悠夏はタブレットで1時間単位の天気予報を調べる。現在地の天気予報だが……

「気象庁だと曇り予報のままですね」

 降水確率は40%。10分単位で見える天気予報サイトを見ても降りそうにない。

「降らないなら降らせるのは?」

 鐃警からの提案だった。榊原警部は否定も肯定もせず、悠夏の方を見た。悠夏は与野巡査長へ確認してみる。

「自然の水って、どこまでって分かりますか?」

 与野巡査長からの返事は無かったが、遠い声で(しず)に聞いているようだった。しばらくして

「明確には分からない、という答えだ。あくまでも自然の水とだけ。解釈次第でどうにでもなりそうだな」

 どこからが自然の水だろうか。人工的に雨のように降らせても効果はあるのだろうか。そして、それは攻撃と解釈されるのだろうか。

「頼めば、放水は可能だろうな。どこの水を使うかだが……」

 榊原警部は先行して坂部警部へ連絡する。まだ決定事項ではないが、捜査本部の判断も仰ぐ。

「ここの水だと……」

 鐃警が答えを出す前に、悠夏が自分の考えとして

「下水処理した水は、人工的に手を加えており、自然の水とは言いがたいのでは……。かと言って、今の荒川から水を()み上げる方法ができるかどうか……」

「そこは消防士に判断を任せるしかないだろう」

 榊原警部は再び坂部警部へ連絡する。今の荒川から吸水が可能かどうか確認を、捜査本部経由で消防庁へ確認するためだ。

「雨水の貯水タンクがあれば、それを使うだろうし、そのあたりは消防士に任せる」

「雨水ならありますよ。かなり前に降ったときのものであれば」

 そう答えたのは鹿島田(かしまだ)だった。

「下水道局のセンターに?」

「はい。ここ西処理施設の隣に東処理施設があり、そちらで雨水を貯留しています」

 許可を得られれば、下水道局のセンターで貯留している雨水を使えるかもしれない。情報を共有しつつ、東京消防庁綾瀬消防署の判断を待つ。


     *


 同じ頃、東京消防庁の光元(みつもと) 朝仁(あさと)消防総監と警視庁の(くれない) 右嶋(うじま)警視長が電話会談を行っていた。

「記者会見では立て籠もり犯が自爆テロを行い、被疑者死亡と公表する。被疑者の身元は不明。被疑者の狙いや無差別によるものかは不明。校舎が全壊しており、負傷者多数。爆発被害により、消防と連携を行い救助活動を進めている」

「東京消防庁としては、警視庁の公表発表に右へ倣えとするが、本当にその公表内容で進めるのか?」

「すでに立て籠もり事件として公表しており、いないはずの被疑者を作り出すことは難しく……」

「しかし、今回ばかりは知っている者が多すぎやしないか? 高校生や教員、これほど多くの警官と消防隊員、救急隊員を派遣して立て籠もり事件の自爆テロでは無理がある」

 光元消防総監は警視庁側へ再考を勧めているようだった。今回の事件は、五月雨島での事件とは大きく異なる。目撃者多数であり、立て籠もり事件を言い切るのも難しい。それでも怪事件を公表するわけにもいかない。

「生徒を昏睡状態にして、幻覚を見ていた」

「無理があるな……」


To be continued…


毎年恒例の12月1日作品同時更新。全ての作品の更新はできなかったけれど、路地裏の圏外がなんとか間に合いました。

エトメデの本編としては、邪神への対処が大詰めのようです。年内にけりが付くかどうかは難しいと思いますが、長かったこの話もあと少しかな。

次回は、12/9(木)更新予定です。

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