第14話 名前の一致
ダンボールの中の餅がなかなか減らない。仕方が無いので、近所にも配布したが、この時期はどこのお宅にも、そこそこお餅があるみたいで、減り具合は微妙。
4日の朝刊を床に広げて読む。8畳の部屋で、電気を付けなくても窓からの光で明るい。新聞は、地元の新聞で、記者の名前を見るとたまに同級生の名前があり、懐かしく思う。
24面の記事を読んでいると、白い猫、マシュが歩いてくる。構ってと言わんばかりに、新聞の上に寝転び、悠夏を見る。悠夏を見ては、コロンと横に回り、再び悠夏を見る。
2、3回続いたかと思えば、起き上がって悠夏に近づいて、読んでいる記事に居座る。悠夏は、体勢を変えずに
「マシュ。後で遊んであげるから、今は邪魔しないで」
だけど、マシュは動かない。悠夏は諦めて、別の記事を読む。すると、マシュの尻尾あたりに気になる見出しが。
”西阿波市四国三郎2丁目で火災。焼死体は毛利さん一家か?”
一昨日話題になった名前。偶然か? 記事によると、
西阿波市四国三郎2丁目で、昨日21時過ぎに火災の通報があり、消防隊が駆けつけ、消火活動を行った。22時頃に鎮火したが、毛利 孝根さん(49)の家1棟が全焼した。現場検証の結果、2人の焼死体が発見され、孝根さんと妻の恵美(45)さんと思われる。詳しい身元の確認を行っており、長男の貴之君(15)は、まだ見つかっていない。現場では、貴之君の携帯電話が見つかっており、瓦礫に埋もれている可能性が高い。火災の原因は、放火の疑いがあり、詳しい現場検証を今日行う予定。
名前が一致している……? そんな偶然があるのか。しかも、15歳ということは、中学3年生。
愛媛県警は防犯カメラの映像をもとに放火容疑で、パートの埴渕 真妃の取り調べをしていた。担当は、中萩警部である。なぜ、徳島県警ではなく、愛媛県警なのかというと、今朝、被疑者が愛媛県予讃町の団地でゴミを漁っており、通報から駆けつけて連行。その後、捜査していると、火災現場の近くに行っており、放火の疑いが浮上した。そういう経緯である。
2019年1月5日。悠夏は、徳島県警の鯖瀬巡査とともに愛媛県警の予讃警察署へ。その道中、車の中で
「まさか、佐倉さんが警視庁で働いているとは」
「鯖瀬くんは、中学の頃からお父さんと一緒で警察官目指すって決めてたみたいだけど、私は高校ぐらいから考え出したから、知らないのも当然かな」
鯖瀬君の運転で、車は県境を越えて、愛媛県に入る。鯖瀬君は、中学のときのクラスメイトだった。あんまり関わりは無かったけど、クラスメイトが同じ仕事をしていると思うと、なんか感慨深いかも。
「今はどこの所属なの?」
「昨年、交番勤務から、阿北警察署の刑事課に異動になりました」
「あれ? 西阿波市って、阿北の管轄だっけ……?」
「ここ最近、警察署が合同になって、少ない人数で広域をカバーしているんですよ。4年前から、どんどんと警察官が減りましたから……」
4年前の騒動。人数は少なかったけれど、ネットやテレビを巧みに操り、肥大化させた。フィクションと現実をまぜこぜにしてしまった人々の騒動。さらに、タイミング悪く、警察署での汚職が各地で発覚し、大バッシング。世間からの痛烈な声に絶えられなくなった警察官が、次々と退職した。現在も退職者がおり、人手が足りていないらしい。
「そういうの、地方の方が影響大きそうだよね」
「交番勤務の時、口の悪い人もいましたけど、応援してくれる人もいますし」
車は、まもなく予讃警察署へ。今回は、悠夏から徳島県警に捜査の協力依頼を行った。すると、阿北警察署から、元クラスメイトの鯖瀬君が来たという流れである。
予讃警察署の刑事課。取り調べ室ではなく、まずは情報交換のため、打ち合わせスペースで話をする。さて、奇妙に一致する話を、どこまで真面目に聞いてくれるだろうか。
*
「以上が、貴之君の情報です」
悠夏は、偶然にも一致している話をした。すると、少し小太りな男性、中萩警部はペンを置き腕を組んで、
「うーん。偶然にしては、出来すぎているな。しかも、写真が一致している。君の弟さんと写っているのも、貴之君で間違いない。火災現場から、アルバムが発見されて……」
中萩警部は、打ち合わせスペースのパーティションから顔を出し、部下に
「五十崎。鑑識課から、昨日の火災現場から出たアルバムを持ってきてくれ」
五十崎さんと思われる人の返事が、パーティション越しに聞こえた。若い女性のようだ。
「しかし、佐倉巡査から聞いた話のように、毛利さん一家が、実に不思議なんだ」
中萩警部はそう言って、警察手帳を何ページか戻す。
「不思議というのは……?」
悠夏ではなく、今回は鯖瀬が聞いた。
「近所に聞き込みを行った結果、誰も憶えていないんだ……」
「憶えていない……? 思い出せないとか、近所の人が言わないわけではなく?」
鯖瀬君の言うとおり、”憶えていない”というのは、どういうことなのか気になった。中萩警部は、
「近所の人の話をまとめると、不思議なことに皆、話したことがあるはずなのに思い出すことが出来ず、貴之君のことについては、皆が口を揃えて知らないという。同い年と思われる子どもに聞いても、知らないと。ただ、見覚えはある気がするんだけどな、と言うんだ」
「そんなことが……」
あり得るのか? 悠夏は、そこまで言い切れなかった。自分の話もそれに類似する。
「さらに、孝根さんの勤務先に訊いたら、記録は残っていたし、写真があるのに憶えていない。最初はふざけているのかと思ったが、聞き込みに行けば行くほど、それを証明してしまうんだ。誰一人として、記憶に残っていない。全く、参ったよ。お手上げだ。そこに、佐倉巡査からの情報が」
話が中断し、中萩警部はパーティションの奥から、何かを受け取る。先ほどのアルバムだろう。証拠品袋に入っているが、一緒に新聞と手袋も受け取っている。中萩警部は小さくお礼を言い、机に新聞を敷き、白い手袋をして、証拠品袋からアルバムをゆっくりと取り出す。表紙は焼け焦げているが、中身はかなり残っている。
悠夏はアルバムの写真を見て
「あ、私の弟も写っていますね。ということは、貴之君は同じ中学どころかクラスメイトだったんだ……」
悠夏と鯖瀬君は手袋をしていないので、眺めるだけ。中萩警部が、何ページか捲った後、
「被疑者は、今日の午後、徳島県警に引き渡す予定だ。捜査資料も、全て徳島県警に引き渡す。愛媛県警としては、予讃町での事件、占有物離脱横領罪で捜査していたが、被害者側から厳重注意で十分との話で、こちらの捜査は終了だ。そのときに、徳島県警から貰った事件に関するものを返却する」
中萩警部の言う、占有物離脱横領罪とは、遺失物横領罪でもあり、落とし物や廃棄物を盗む行為を犯したときに問われる罪である。
その日の午後、徳島県警が被疑者を連行。翌日の1月6日に、放火の証拠が揃い、埴渕被疑者を逮捕。結局、貴之君の件は、焼死で処理された。しかし、瓦礫を撤去しても、焼死体が発見されることは無かった……
To be continued…
11話から14話まで進んだけれど、まだ正月です。正月だけど、
「明けましておめでとうございます」をいう台詞がないので、正月感があまりないかも。
次回から、大きく日にちが変わります。




