第131話 教諭
2019年7月22日、月曜日。遡ること、朝7時。高校1年2組担任の女性教諭、宮岸教諭は職員室で緊急会議を行っていた。会議と言っても、参加しているのは宮岸教諭を含めて3人。年配の丸開教頭と猫平田校長だけ。他の担任教諭は同席していない。
「警察に連絡すべきでは無いですか?」
丸開教頭は、頭を掻きながらその場を何往復も歩き回っている。猫平田校長は、宮岸教諭が今回の騒動についてまとめたA4の紙を見ながら
「生徒のご家族から捜索願は?」
「親御さんは、警察に相談するつもりでした」
宮岸教諭の表現が何故か過去形だったことに違和感を抱いたが、そこには一切触れず、それよりも
「ただ、言葉に出来ず……。どう説明するか……」
「我々も警察に相談しましょうよ。校長」
丸開教頭は猫平田校長に判断を仰ぐが、猫平田校長は判断に悩みつつ
「これ以上、生徒に被害が出てからでは遅い。宮岸先生ならば、警察に説明できるのかね?」
「難しいところですね。現に、この会話も一歩間違えば狙われるでしょう。いえ、もう狙われているかもしれません」
宮岸教諭に言われ、丸開教頭と猫平田校長は言葉が出ずに黙り込んでしまった。宮岸教諭のまとめた資料には、何らかの怪異により生徒2名、井村 八太郎と北澤 ことみが神隠しに遭い、昨日連絡を受けて、すぐに2人の家を訪ねた。その際、2人以外に家族も忽然と姿を消し、宮岸教諭もそれを目撃した。
2つの家を尋ねたことで、宮岸教諭は事柄に関連するワードで狙われて、姿を消すと仮定。
「それをまとめている最中に、何度も狙われたので、気をつけてください」
「いや……、なんで君は無事だったんだ? 聞くだけ無意味か……」
丸開教頭から聞いておきながら、半分自己解決していた。猫平田校長はA4の紙を宮岸教諭に返し
「一般人がどうこうできる問題ではなさそうだ。ただ、我々もこのまま何も出来ずに、というのは心苦しい。何か手伝えることは?」
「ハイリスクですが、相手の正体を探ることができれば、対抗の余地はあるかと思われます」
「言葉に出来ない我々が、調べられるかどうか……。いずれにせよ、親御さんから捜索願が出れば、警察が動いて尋ねてくるはず。そのときに、宮岸教諭から」
猫平田校長が苦肉の策を考えるが、宮岸教諭は首を横に振り
「生徒のご家族から捜索願は出ません」
「ん!?」
丸開教頭と猫平田校長は驚愕して、すぐに察した。宮岸教諭は、「親御さんは、警察に相談するつもりでした」と言っていた。相談が出来なくなったのだ。何故なら
「すでに被害は甚大ということか……」
井村家と北澤家の家族全員が失踪。捜索願を出す人がいない。丸開教頭は癖でまた頭を掻きながら
「校長、やはり警察に」
「人を巻き込めば巻き込むほどリスクも上がり、被害が増えるおそれもある……。しかし、他に打つ手がない。宮岸教諭、1時限目を自習にして、同席してくれないか」
「分かりました。生徒には、2人について説明せず、聞かれても体調不良で欠席と伝えます。それだけであれば、被害は出ないかと」
*
校長室。午前9時。葛飾区堀切綾瀬警察署より、関屋巡査と青戸警部補の2人が駆けつけたが……。
「おおよその状況は把握しました。些か理解に苦しみますが……」
青砥警部補は未知の被疑者(もはや被疑者という表現も怪しいが……)とフィクションのような状況に、セオリーは通じるだろうかと考える。まずは聞き込みだろうか。しかし、家族が全員失踪となると、捜査は難しいだろう。しかも、重要なワードを発言すると未知の被疑者に捕まるという。
宮岸教諭は、長考する青砥警部補に自分が出来ることと最低限やってほしいこととして
「今日一日は、教室に居座るように仕向けますが、被害が増えるリスクを背負うため、原因の捜査をお願いします。原因が分かれば、対策も組めるかと」
「しかし、言葉を縛られていると……」
関屋巡査が条件について触れると、宮岸教諭はすぐにその勘違いを否定して
「条件はまだ分かりません。お渡しした資料を作成している最中、発言していないにもかかわらず、狙われました。1つ分かることは、相手が直接手を出す必要があるということだけです。だからこそ、相手を教室から移動させずにいれば、従来通りの捜査は可能かと」
「それは確実に言えることですか? 確実であれば、人海戦術も視野に考えられますが、もしものとき……。あなたは責任を取れますか?」
嫌味に聞こえようが、青砥警部補の責任問題は当たり前といえばその通りだ。未知の被疑者に対して、判断を誤れば取り返しの付かない犠牲が出る。
「ヤツがいたときの職員室では攻撃的でしたが、たとえば今……」
宮岸教諭は咳払いをして、声を張り
「井村君と北澤さんが行方不明になり、家族も消失。つまり、学校以外にも移動が可能です。ただ、いないところでヤツのことを何と言っても被害はありません。これを信じて頂けるのであれば」
青砥警部補は腕を組み、唇を噛みしめて、どうするか考え
「では、こうしよう。15分おきに、私と関屋巡査に連絡をいれ、その連絡が途絶えた瞬間、怪物が脱走したと判断し、捜査を打ち切る。宮岸さんの言葉を信じたのですから、捜査員に被害があった場合、学校側の責任とします。よろしいですか?」
丸開教頭は癖でまたまた頭を掻きながら
「校長、どう……どうなさいますか?」
猫平田校長の判断を確認すると、すでに結論が出ていたようで、表情を変えず
「何かあれば、私が責任を取ろう。宮岸教諭だけに負担させるようなことはできない。警察は一刻も早く、アレに関する情報を」
この20分後、堀切綾瀬警察署の捜査一課が人海戦術で捜査を開始。堀切駅周辺の監視カメラや被害者の自宅周辺にあるコンビニやスーパーのカメラ映像、被害生徒が所持する定期ICカードの利用履歴といった、集められる情報を可能な限り収集し、学校外での捜査を加速させた。
To be continued…
残念ながら更新に間に合わなかったので、後ほど追記します。
『エトワール・メディシン』の更新が間に合わないのはたぶん2回目……
[2021/07/28追記]
1週間遅れで追記更新しました。明日分もこれから書くので、どこまで進められるかどうか……。
さて、警視庁メンバーが出ないまま、物語が進行していますが次回後半あたりから出てくるかなと。




