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第128話 嫉妬と応援の気持ち

 2019年7月18日木曜日、夕暮れの河川敷。土手の進行方向左手には綾瀬川(あやせがわ)が流れており、対岸には首都高中央環状線C2があり、上りと下りの高さ違いで二重構造になっている。右手には、フットサル場や野球場といったグラウンドや公園があり、荒川(あらかわ)が流れている。つまり、この土手は2つの川に挟まれている。綾瀬川と荒川は、土手の途中にあった綾瀬水門(あやせすいもん)により繋がっている。もっと南へ行けば、綾瀬川は中川(なかがわ)と合流し、荒川と中川が併走する。さらに南へ進むと、江戸川区(えどがわく)で荒川に合流し、東京湾に流れ込む。

 河川敷の土手を部活終わりの高校生カップルが堀切橋(ほりきりはし)方面へと一緒に歩いている。高校1年男子の井村(いむら) 八太郎(やたろう)と、高校3年生女子の永冶(ながい) 帆菜(はんな)。帆菜は自転車を押して八太郎と何気ない会話を交わしながら歩いていた。

 堀切橋は葛飾区(かつしかく)足立区(あだちく)を結ぶ橋であり、荒川と綾瀬川の両方を跨いでいる。さらに、堀切橋と成田電鉄成田本線の鉄橋が並行して走っており、土手から堀切橋へ行くには踏切を渡る必要がある。

 踏切の手前で、帆菜は足を止めた。八太郎は会話が唐突に途切れ、何かあったのではないかと心配して振り返る。帆菜の靴紐が解けた訳でもなく、自転車のチェーンが外れたわけでも無く、ただ立ち止まって、八太郎を見ている。八太郎は心配しながらも理由が分からず

「どう……したの?」

 帆菜は、ただ真っ直ぐとこちらを見て、何かを決心したように

「あのさ」

 と、話を切り出した。八太郎は、その後言われた言葉をすぐに受け入れられなかった。

「ごめん。私たち、別れよう」

 八太郎から告白して、まだ数ヶ月。今年の夏休みのデート計画も考えつつ、これからというときに、一方的に別れを告げられた。帆菜は自転車に跨がり、「じゃあね」と八太郎を置いて、堀切橋を渡る。

 置いてきぼりの八太郎が理解できずに、急いで追いかけるべきだと考えに至った瞬間、遮断機が行く手を阻む。踏切の警報が響いて聞こえる。目の前を通過する電車が、帆菜の姿を遮る。電車が通り過ぎた後、遮断機が上がっても、もう帆菜の姿は見えなかった。


 意気消沈の八太郎は、伊勢崎線の堀切駅から電車に乗らず、とぼとぼと歩いて気付けば太陽が沈み、夜になっていた。普段は通らないような狭い路地を歩き、このまま家に帰り着かなくてもいいかなと、泣きそうだった。何時間か歩いて、結局電車を使わず家に着いた。

 八太郎の元気がない「ただいま」を聞いて、夕飯の準備をしていた母親は気になったが、本人が告げるまで触れずに「おかえり。ご飯はもうすぐできるから」と、いつもと同じように振る舞った。


    *


 翌日、7月19日。昨日のことは夢だと思い込み、いつも通り学校に向かった。認めたくなかった。現実逃避をするも、この日の授業はどこか(うわ)の空だった。気付けば放課後になり、声をかけられて我に返った。

「今日は一緒に帰らない?」

 親友の(すばる) 千弦(ちづる)とは、小学生の頃から何かと一緒に遊ぶことが多く、帆菜に告白する前に相談したほど仲が良い。認めたくないから、自分の口から言いたくは無いが、帰り道の途中で気分が変わり、昨日のことが相談できるようになるだろうか。

 帰宅ルートなので当たり前だが、昨日と同じ河川敷の土手を歩いて帰る。ただ、どちらも口数は少なかった。いつもなら、もっとどうでもいいような冗談や最近面白かったことをあれこれ話すのだが……。八太郎は、振られたかもしれない話をするか悩んでいた。綾瀬水門まで歩き、このまま言わないと土日はずっと引きこもりそうだ。もう悩まず言ってしまえと、八太郎はようやく覚悟を決めたが

「俺。明日、北澤(きたざわ)さんに告白する」

「……は?」

 思わず声が出た。2人は綾瀬水門の小さな橋で足を止めた。

「北澤って、北澤 ことみのこと?」

 同じクラスの北澤 ことみ。千弦が好きな女子であり、本人たちは知らないだろうが、双方が好意を抱いていることは、クラスメイトの何人かが知っている。つまりは、告白すれば両想いで付き合えるだろう。八太郎もそれは知っているが、()えて言っていない。

「今になって?」

「明日、出かける約束をして……」

 千弦は恥ずかしそうに頬を掻いている。

「デートじゃん」

「いや……その……。明日はバイトないし、北澤さんも部活が休みで……」

「なんだよ。もっと早く言えよ。頑張れよな」

 八太郎は、千弦の背中を強く叩いた。このときは、どっちの感情が強かったのだろう……。ずっと応援していたし、絶対に良い方向になるだろうから、喜びの方だろうか。それとも、昨日のことを引きずって、千弦に追い抜かれ、嫉妬だろうか。

 八太郎は、明日の大切な日を迎える千弦に、自分が振られたことなんて言えなかった。今の千弦は自分のことに集中して欲しいし、俺の話は今では無いと感じた。


 堀切駅で千弦と別れたが、八太郎は改札を抜けず、千弦の姿が見えなくなったのを確認して、徒歩で帰ることにした。

 昨日とはルートを変えつつ、あまり見ない路地裏をとぼとぼと歩く。いざ、1人になると直前まで応援していたのに、嫉妬がそれをも(まさ)る。スマホのコミュニケーションアプリ”トーカー・メッセージ”を起動すると、帆菜からの返事がないどころか、見たことを示す”既読”も付いていない。

 誰もいない路地裏を歩き、目の前に小さな石が落ちていた。どこから転がってきたのか分からないが、なんとなくその小石を蹴る。流石に、窓ガラスや鉢植えなどを壊すと怖いので、手加減して。

 小石は前に転がった。何度か蹴ると、小さな公園があった。だれもいないことをいいことに、小石を外から公園の中に向かって強く蹴った。すると、公園の手前で、地面に刺さった境界標に当たったらしく、大きく違う方へ飛んでいく。

「やべっ」

 小石は公園ではなく、隣の小さな祠に当たった。しかも、中に入ったかもしれない。

「あ……」

 なんてバチ当たりなことを。後悔しつつ、しゃがんで祠の中を見る。お札が剥がれているが、衝撃によるものなのか、元から剥がれていたのは分からない。それと、空っぽの牛乳瓶が倒れている。お供え物だろうか。蓋が開いており、液体が入っていたような形跡は見当たらない。

「すみません」

 謝りつつ、八太郎は牛乳瓶を起こして蓋をする。お札は風で飛ぶかもしれないと思い、牛乳瓶を重しにした。

 財布から100円を取り出して、祠の中に置き、しゃがんだまま両手を合わせて

「自分の思い通りにならず、かっとなってしまいました。申しわけございません」

 謝罪とともに、自分の気持ちを整理して、昨日のことは忘れようと考えた。気持ちを切り替えて

「くよくよしても仕方ないよな」

 そう自分に言い聞かせた。自分の気持ちの整理が出来たところで、ひとつ気になったことがある。この祠って何を祀っているんだろうか。周囲を見ても、何も書かれていない。

 後で調べようかなと、その場を去ったが、帰宅した後はすっかり忘れて、調べなかった。


To be continued…


短い話が続いていましたが、7月からは長編を開始。

しばらくは、警視庁メンバーは出ずにストーリーを進める形になりそうです。

『路地裏の圏外』で吉野川の第十堰を出したり、綾瀬川とか荒川などを出したり、最近、川がよく出てきますね。特に川に関連性はないのですが、今回の話はもともと『路地裏の圏外』の螢・志乃篇第三部でやろうとしていた”シェイと螢が在籍していた学級で起こったストーリー”をベースに、色々と変更して展開させるつもりです。

折角出したアイデアなので、没にするぐらいなら、『エトワール・メディシン』でやろうかなと考えた結果です。さて、何話に渡るかな。


2021/11/20 追記。名前間違えを修正しました。終盤に差し掛かって気付いた……

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