第127話 発光
2019年7月15日、午後2時過ぎ。気温は32度。汗ばむ炎天下で、佐倉 悠夏と鐃警は、神奈川県警からの依頼で、謎の光る紫陽花を江ノ島近辺で探していた。
あまりの暑さに、江ノ島駅前交番へ一時退避。神奈川県警地域部の柳小路巡査が、冷えた麦茶を出してくれた。
「暑い中、お疲れさまです」
「ありがとうございます」
「熱中症には注意してくださいね。今日も、この駅前通りで何人か倒れる方がいましたので」
「お気遣いいただき、すみません」
「しばらく横になった方がいいですよ」
外からは見えない部屋で、しばらく休むことに。鐃警も熱が籠もっているのか、排気が熱い。体を触ると、火傷するかもしれない。
この時間を利用して、ここまでの流れを整理することに。
「そもそも、なんでこれを引き受けたでしょう?」
悠夏は麦茶を飲みつつ、今朝の会話を思い出そうとする。鐃警は簡潔に
「佐倉巡査、ゲーミングの話をしていたのがキッカケですよ。ワイドショーで、最近七色に光るアイテムが多いという特集がされていて、それを見ていたときに、この依頼を見つけて」
「あぁ……。ゲーミング紫陽花なんて話しましたね……」
ゲーミング何々。ゲーム用の高性能なパソコンを意味するゲーミングパソコンは、2010年頃から一般に広がる際、光が外に漏れ出すようになったらしい。理由は、ハイスペックが故に熱が籠もりやすく、排熱のためにメッシュを採用する企業が多く、そこからLEDの光が漏れていた。そこからゲーミングパソコンは、ハイスペックかつ光る物であると周知されていく。しかし、ここ最近で言われる、ゲーミング何々を意味するような虹色の光り方には程遠かった。パソコンのキーボードや本体パーツが虹色に光り出したのは、2014年ごろからと言われている。その頃に、キーボードを虹色で格好良く光らせて販売する企業が出現し、それが企業や一般に広がり、気が付けばゲーミングパソコンは光る物として認知されるようになったそうだ。なお、ゲーミングについて具体的な規定は無く、自然発生的に広がった言葉である。
いつの間にか、虹色に発光する物がゲーミング何々という表現となり、もはやゲームとは無関係な物まで表現されることにもなった。
悠夏の仕事用スマホに瀧元から連絡が入る。
「はい。佐倉です」
「サイバーセキュリティ課の瀧元です。例の写真について、少し分かったことがあるのでご報告を」
例の写真とは、光る紫陽花の写真である。紫陽花がアップで映っており、周囲の情報はあまり汲み取れない。
「撮影日時は、7月12日金曜日の21時32分。通信事業は、ハクテツ。機種は弁天重工の”Benシリーズ’18 Spring”。残念ながら、GPS機能がオフになっており、写真に撮影場所の記録は残っておらず、特定は難しいですね。画像解析の結果は、科捜研に回しているのでもう少しかかるかと」
ハクテツとは、その昔、日本国有鉄道の民営化に伴って、通信事業のみが独立してできた通信事業会社であり、正式には白鉄通信電話株式会社である。通信事業の大手企業であり、このほかにも通信事業会社は存在する。
弁天重工は、スマホ以外にも多くの家電を製造する国内大手メーカーである。弁天市に本社があり、北海道や四国、九州、東南アジアなどに工場をもつ。”Benシリーズ’18 Spring”とは、名前の通り2018年の春モデルのスマートフォンである。国産人気モデルの1つでもあり、これらの情報から個人を特定するのは不可能に近い。だが、写真にはまだ情報が記録されている。
「写真の情報から、シリアル番号も残っていたため、メーカーに問い合わせたところ、桜木町の販売店であることが判明しました。しかし、購入者は今年の春に機種変更しており、中古で売り出したそうです」
「情報、ありがとうございます。中古販売したところは?」
「ネットのフリーマーケットで売りに出したそうで、購入者の情報までは……」
やはり撮影者のところまでは行き着かない。このまま炎天下の中虱潰しに探すべきなのかどうか考えていると、瀧元が何かに気付いたようなリアクションをした。どうやら、警視庁科学捜査研究所からの報告メールが届いたようで、添付の報告書を開く。
「紫陽花の場所、科捜研が特定したみたいです」
「本当ですか!?」
「場所は」
午後4時過ぎ。サエキ・アーサー製作所株式会社の江ノ島工場。江ノ島から数キロ離れた位置に立地する会社である。起業したのが佐重樹 浅次郎という方であり、自分の渾名から会社名を決めたらしい。肝心の光る紫陽花は、工場横の水路脇にあった。
「科捜研は、ここをどうやって特定出来たんでしょうか……?」
悠夏の素朴な疑問に、鐃警は推測で多分こうではないかと話す。
「撮影時間が夜であることから、照明の光であったり、塀とかですかね……?」
「むしろ、それしか情報がないんですが……」
ただ、写真の紫陽花であることは分かったが、光っていない。
「見たところ、普通の紫陽花ですよね?」
悠夏は自分の目を疑い、鐃警に確認すると
「光ってないですね。四六時中光っていたら、通行人に目撃されて、SNSで拡散されそうですけど」
「それもそうですね……」
「一先ず、場所が確定したので茅ヶ崎さんに連絡します」
協力依頼のあった神奈川県警の茅ヶ崎巡査長に連絡を取る。事前に報告はしていたため、もうすぐ着くそうだ。
「光る条件があるとか?」
紫陽花を見ているが、至って普通の紫陽花だ。塀の向こう側は、工場の壁であり塀との距離はかなり狭い。気になったこととしては、紫陽花の丁度上あたりに窓がある。今は閉まっているが。
「警部。あの窓……、気になりません?」
「窓ですか?」
「同じ水路脇に咲く紫陽花は他にもありますし」
「なんとなく、佐倉巡査の考えが分かった気がします。確かめに、任意で尋ねますか?」
任意で工場の方にお話を聞くと、現在の工場長である佐重樹 篤弘が対応する。
「警察の方が、どのようなご用で?」
「近辺で、不思議な現象を目撃したという連絡があり、事実確認のために捜査のご協力をいただきたいのですが」
「不思議な現象?」
「はい。ちなみに、こちらの工場ではどのようなものを?」
「モーターを主力製品でやっとります。見ますか?」
「すみません。工場見学ではないので……。あっちの建物は何を?」
悠夏は気になった窓のある建物を指差して聞くと
「あっちは新製品の開発部。社外秘や」
中を見るのは難しそうだ。ならばと、鐃警は直球で
「それって、何か発光するようなものを開発されていたりは?」
「ん……?」
佐重樹は否定はせず、首を傾げた。この反応から実際に見せて、聞いた方が早そうだと考え、悠夏は光る紫陽花の写真を見せる。
「この隣に咲いていた紫陽花が光っていたという奇妙な話がありまして……。何かご存じではないでしょうか?」
佐重樹は「う~ん」と唸りつつ、
「心当たりはある」
「本当ですか?」
「多分、蔭作が開発中の光る煙のせいかもな」
「光る煙ですか?」
「そう。実現できるかは分からんが、発想としては、花火の煙を光らせることが出来ないかと考えて、煙を光らせようとして。おそらく、そのときの実験が窓から出て、光る粒子が紫陽花に付着したのかもな。で、それがどうかしたのか?」
「いえ、ご協力ありがとうございました」
悠夏は写真を片付け、お礼を言うとその場を後にした。
紫陽花の前に戻ると、悠夏は
「あっけなく解明しましたね……」
「まぁ、ですよね、と。ここを見つけるまで、かなり時間を要しましたが」
光る紫陽花の謎は、光る粒子がくっついたから。長時間光っていなかったのは、風で流されたか光る時間が短いからだろう。後の捜査は茅ヶ崎巡査長に任せて、特課はここで引き上げだ。
「今度は、光る煙が通報されるんですかね?」
「さぁ、どうでしょうね」
To be continued…
最後まで書いたあと、次の話の日付を決めるためにカレンダーを調べて気付いたんですが、2019年7月15日って海の日で祝日でしたね。警察官の場合、休みが少ないイメージですし、工場も休日でも稼働する日はあるかなと。
今回の話で、キャリア回線の話が出たので、3社ほど名称を決めました。ハクテツ以外の移動体通信業者は、そのうち出てくるかと。
残念ながら、ゲーミング紫陽花は出てこなかったですが、光る煙とかってあるんですかね?スモークに映写するわけでは無く、煙が光る。なんか難しい気が……
さて、短い話が続いていますが、次回はどうしようかな。




