第122話 タワーマンションの隣人
タワーマンションは20階建て以上の住居用超高層建築物のことをいう。このマンションは21階建てのため、その条件に当てはまる。最寄り駅からは徒歩4分の立地であり、周囲のマンションは12~18階建てが多い。この周辺は、名古屋市へと仕事に出る人が多く住むベッドタウンであり、ここ最近地価が向上していた。そんな矢先に、今回の事件が起こった。
現場はすでにブルーシートが被されており、規制線の近くには多くの野次馬がいる。
「亡くなったのは、1403号室に住む樹神 月苗さん。31歳女性。名古屋市のアパレル企業で働いており、18時に退勤したとのことで、エントランスの防犯カメラで帰宅について確認しており、不審な人物などは見つかっていません。午後8時10分ごろ、名和警部補とともに、駐車場で帰宅された住民の方からお話を聞いている最中、悲鳴が聞こえ転落。被害者以外の声や姿は見ていません。落ちてきたベランダの柵と、錆による腐食については、鑑識の結果待ちとなっています」
平針巡査は、ここまでの状況報告を末野原警部と駆けつけた他の巡査にしていた。
「被害者の部屋は、現在鑑識作業中で、捜査協力いただいている特課の方々と名和警部補は、被害者のすぐ隣に住む部屋を訪ねていますが、応答が無いそうです。かれこれ5分ほどでしょうか……」
報告を聞いた末野原警部は、
「応答がないなら不在だと考えられるが、隣人に何かあるのか?」
不在ならば帰ってきた時に、聴取をすれば良い。しかし、頑なに特定の隣人に事情を聞こうとしていると言うことは、何か気になることがあるのだろう。
「特課の方々が現場に駆けつけ、被害者が転落したベランダを見ていたところ、隣の部屋から犬の鳴き声がしたそうです。さらに、その犬が、仕切り板にドンと何度もぶつかったと聞いています。もしかすると、被害者はそれに驚いて、という可能性も考えられます」
「隣人の情報は?」
「管理人に問い合わせたところ、隣に住んでいるのは新婚さんらしく、名前は下酉 拳丞さんと下酉 小蝶さん。2人とも26歳とのことです」
インターホンを鳴らしても反応が無い。1402号室の扉をノックして、「下酉さん、いらっしゃいますか?」と聞くが、返事が無い。
「こういうとき、刑事物のドラマだと……。いや、なんでもないです」
鐃警は不吉なことを言いそうになったが、撤回した。ただ、そこまで言うと、もはや言ったも同然だろう。
「特課のおふたりは下がってください。ペットが暴れているため、保護する目的で、という理由で解錠します。責任は自分だけで」
名和警部補はそう言って、すぐにマスターキーで解錠し、1人だけ中を覗いた。すると、
「下酉さん!?」
名和警部補は驚いたあと、扉を勢いよく開けて慌てるように中へ。鐃警と悠夏は、顔を見合わせたあと、鐃警は扉を押さえる。
「佐倉巡査、ここは僕がおさえます」
なんか格好良く言っているが、完全に閉まらないように扉を押さえるだけである。
悠夏は、そんな鐃警の言動にリソースを割く余裕も無く、名和警部補に続け部屋の中へ。
すると、ふたりがリビングで倒れている。ベランダの窓が開いており、吠えていた犬がこちらへやってきた。女性の周りをグルグル歩き、心配しているようだった。
「小蝶さんは息がありますが……」
「名和警部補、すぐに救急車を呼びます」
悠夏が電話をかけようとすると
「救急はこちらで任せてくれ。最寄りに直接連絡する。それより、AEDを準備してくれ。拳丞さんの方が」
「分かりました、すぐに」
名和警部補は最寄りの消防署へ連絡し、悠夏は1階にいる平針巡査に事情を話し、エントランスのAEDを現場までお願いする。往復するよりも、1階にいる人が持ってくる方が明らかに早い。念のため、管理会社に電話して、エントランス以外の設置場所を確認すると、エレベーターの中にあるという回答をもらった。
名和警部補は、拳丞さんの胸骨圧迫つまり心臓マッサージを行い、
「どうやら、テーブルの角で撲ったみたいだな。小蝶さんは……」
小蝶さんの方を見ると、痣が多い。それもあまり見えないところだ。首元や腕、基本的に衣服で隠れそうなところにある……
「もしかすると……」
「名和警部補、持ってきました」
「早いな」
悠夏がAEDを持ってきた。
「一機だけ、この階で止まっていたので」
おそらく名和警部補が乗ってきたエレベーターだろうか。3機のうち、1機だけこの階に留まっており、すぐに扉が開いた。悠夏は開延長を押して中を見ると、角にAED収納ボックスがあり、それを開いて急いで戻る。
部屋に着くと、悠夏はAEDの蓋を開き、音声案内にそって電極パッドを右胸と左脇腹に貼る。充電が終わり、名和警部補は心臓マッサージを止め、AEDのボタンを押すと電気ショックが流れる。3巡ほどして、拳丞さんが咳き込んだ。意識は無いが、呼吸が戻ったようだ。名和警部補はAEDの案内に従い、再び心臓マッサージを行う。
「小蝶さんだが、痣がいくつかある。もしかすると、暴力を受けていた可能性がある」
「DV……。そういえば、窓を開けていた住民の証言で”夜になると、上の階から叫び声みたいなのが聞こえてくる”と」
悠夏が907号室に住む江吉良さんから聞いた話だ。
「もしかすると、小蝶さんの声かもしれないな」
外から救急車のサイレンが聞こえてくる。どうやら救急隊員が到着したようだ。さらに、玄関から
「AEDお持ちしました」
平針巡査が息を切らして、エントランスからAEDを持ってきた。
「あっ、近くにありましたか」
「偶然、この階に止まっていたエレベーターの中にもあったらしい」
「それはなによりです。容体は?」
「咳き込んで、呼吸しているが、AEDの音声案内に従って、心臓マッサージは続けている」
名和警部補と平針巡査が話す中、悠夏は小蝶さんの様子を見る。気絶しているのだろうか。
名和警部補は、手を動かしながら周囲を見て、
「平針、隣にいる鑑識を呼んで、こっちも調べるように伝えてくれ。こっちは、家庭内暴力の疑いで捜査する必要がありそうだ」
「わかりました」
平針巡査が部屋を出ると、丁度救急隊員が到着し、状況を説明して、救急隊員へ一任した。
2人を担架で運び出すと、入れ違いで鑑識の方がひとりやってきた。
「名和警部補。いくつかご報告があります」
「蒲郡か。何か分かったのか?」
後で聞いた話だが、蒲郡鑑識は名和警部補の1つ下らしい。
「ベランダの柵ですが、錆はかなり不自然であり、この部屋との仕切り板は何度も外されたような形跡がありました」
To be continued…
今回のお話は、これまでとネタ出しが異なり、数ヶ月前に夢で、ベランダ部分のストーリーを悠夏たちがしていたので、起きてすぐに一部を書き留めて、話を組み立てました。私の夢にまで出てくるのか、君たちは。
ネタ出しは、散歩中とかインスピレーションが湧くタイミングで箇条書きにして、忘れた頃に見返し、おおよその展開を考えています。しかし、大半は登場人物たちが自由に動いて、そのとき考えた大枠から外れることが多いです。予想していない展開になるので、被害者も被疑者も冒頭では決まってないですね……




