第121話 ベランダの欄干
2019年7月9日火曜日の午後8時過ぎ。
愛知県尾張市南尾張町の21階建てタワーマンション。警視庁特課の佐倉 悠夏と鐃警は、愛知県警尾張警察署捜査一課所属の名和警部補、平針巡査とともに未解決事件の聞き込みを一部屋ずつ行っていた。犯人が名乗りを上げて、自首してきたが本人の証言が二転三転として、信憑性に欠ける。犯行直前に会った人物は、名前の知らない人でこのタワーマンションに住むという。それを確認するために、自称犯人の写真を持って「この人を知りませんか」と全部の部屋に聞き込んでいる。
悠夏と鐃警は、9階の部屋に住む女性に招かれてお茶を頂いていた。鐃警が飲めるのかどうかはさておき、
「その写真の人、先週ゴミ出しにエントランスに降りたとき、すれ違った気がするの」
「江吉良さん、その話は本当ですか?」
「私が外に出るタイミングで、中に入っていったから、てっきりここの住民かと」
907号室に住む女性、江吉良さんによるとオートロックのエントランスを、住民の出入りのタイミングで突破したと言うことだろうか。タワーに限らず、マンションの住民だと、何階にどんな人が住んでいるかなんて、あまり分からない。
「あまりご期待に添えるようなことはないけれど、それくらいかしら」
「いえ、貴重な情報をいただきありがとうございます」
悠夏はお礼を言い、おそらく今日明日にでも、江吉良さんから聞いた日時から、エントランスの防犯カメラを調べることになるだろう。
「それと……。管理会社には相談済みなのだけど、警察の方にもお願い出来るかしら」
「なにか気がかりなことでも?」
「エアコンの調子が悪くて、今も窓を開けているのだけど……。夜になると、上の階からだと思うの。叫び声みたいなのが聞こえて。管理会社の対応は、エントランスとエレベーターに注意喚起を掲示する程度で、部屋が分からないから対応できませんって」
「その叫び声というのは?」
悠夏が詳しく話を聞こうとしたとき、外から女性の叫び声が。
鐃警と悠夏は急いでベランダへ駆け寄りよると、叫び声が一瞬大きくなったかと思えば、衝撃音が。見なくても悟った。
「なんの音ですか?」
江吉良に聞かれると、鐃警が
「見ない方がいいです。それと、窓と扉は施錠して、カーテンを閉め、決して外に出ないでください」
もし殺人の場合、犯人が他の部屋に立てこもるおそれがある。すぐに悠夏に名和警部補から電話があり
「佐倉巡査と警部は、今どちらに?」
「907号室です。ここからだと、よく確認できないんですが……」
「こっちは、駐車場で帰宅してきた住民に話を聞いていたところだ。そうしたら、上から人が落ちてきた。一緒に柵も落ちて、車のフロンガラスが割れている。他のメンバーが駆けつけるまでの間、私と平針でエントランスと裏口を監視する」
「わかりました。私は、警部と一緒に、住民に施錠と注意喚起をしつつ、上の階を目指します。何階ですか?」
名和警部補は下から数を数えつつ、
「おそらく14階だ。1箇所だけ柵がない」
と伝えつつ、自分より若い平針巡査に「14階で合ってるよな?」と念のため確認し、「合ってます。号室は推測ですが、左から数えて1403号室かと」と二重チェックの上、他の階と同じナンバリングであればという条件で、号室を推定。
「よし。私はエントランスから出てくる住民を止める。平針は裏口へ」
9階から14階へ階段で上ってもすれ違う人はいなかった。窓を開けていたから聞こえただけであって、防音で聞こえていないのかもしれない。
1403号室の前に着くと、表札は空っぽ。最近は表札を出す人も少なくなり、別に珍しくは無い。呼び鈴を押して、ドアをノックしつつ
「すみません。誰かいますか?」
悠夏の問いに返事は無い。鐃警は「下がってください」と、ドアノブを回すと、施錠されている。
「開けますよ」
鐃警は、管理会社から捜査のために借りたマスターキーで解錠する。もともとは、エントランスのオートロックを解除するためと、非常階段のドアを開けるために借りており、予定外ではあるが。
「僕が部屋に入りますので、佐倉巡査はここで待機してください」
「わかりました。お気を付けて」
悠夏は鐃警に託して、廊下で待機する。この部屋に人が近づかないようにするためと、犯人が逃走しそうになったときに取り押さえる。
部屋には電気が点いており、窓が開いているせいか風がピューピュー吹いている。鐃警は「お邪魔しますよ。誰かいませんか?」と周囲を警戒しつつ、部屋の中へ。テーブルには一人分の晩ご飯が用意されている。丁度ご飯を食べようとしていたのだろうか。ベランダまで進むと、確かに柵の一部が壊れてなくなっていた。柵は綺麗なのだが、折れた部分は錆びている。
「錆びて腐食。事故死ですかね? 管理責任問題……」
ベランダは共用部分であり、もし事故死の場合は、マンションの管理会社が疑われるだろう。
他の部屋を見てもだれもおらず、待機していた悠夏に声をかけた。
悠夏も現場となるベランダに近づくと
「錆……ですかね?」
「気になりますよね。それ」
詳細は鑑識に任せるとして、現場を荒らさぬように一時退避しようとすると、隣のベランダから唐突に鳴き声がして、仕切り板をバンバンと叩いてきた。
「うわっ!」
しゃがんでいたため、驚いて尻餅をついたが、
「お隣さんの犬ですかね? 柵の前に立ってたら、危なかったですよ……」
「私もそう思います……」
ある程度距離があったことと、しゃがんでいたことが良かったと思われるが、もし柵の近くで立ったまま見ていたら、踏み外していたかもしれない……
「ここって、ペット可ですかね?」
「熱帯魚や文鳥を飼っていた人もいましたし、大丈夫じゃないですか?」
「一先ず、お隣に話を聞きますか?」
悠夏と鐃警は、すでに1つの推理が出来上がっていた。被害者は、隣の犬に驚いて柵を掴んだが、柵が腐食によって壊れて、落下したのではないか、と。
現在の状況を報告するため、悠夏は名和警部補へ電話をかける。丁度、下からパトカーのサイレンの音がして、尾張警察署のメンバーが駆けつけたようだ。電話には5コール目で出て
「すまない。丁度、一課のメンバーが到着したところだ。ところで、そっちの状況は?」
「はい。犯人らしき人物はおらず、お隣のベランダで犬を飼っているようで、もしかすると」
悠夏は自分の考えた推理を伝える。それを聞いた名和警部補は、「十分考えられる。私もそちらへ向かう。隣人への聴取はそれまで待ってくれ」
「分かりました。一旦部屋を出て、廊下でお待ちしてます」
To be continued…
今回からは、3話か4話くらい続くお話です。
転落した被害者の直接的な描写は、個人的にもしたくはなかったので、セリフなどから分かるような感じにしてます。
ペット禁止のマンションって、場合によってお魚とかハムスター、小鳥、昆虫を含んだり含まなかったりするんですかね。一律NGかな? どこまでペットなんでしょうね。




