第120話 一夜限り、七夕の夢
2019年7月7日土曜日。今日は七夕である。
つるぎ西商店街では七夕フェアと称して、購入時の一定金額ごとに抽選券を配布しており、黄色の抽選券は5枚で1回。ピンクの抽選券は1枚で1回、抽選器を回せる。特等から5等は、旅行券や家電、自転車などの豪華景品が当たり、7等以下はお菓子や100円引きクーポンなど。はずれは、ポケットティッシュである。
出店もいくつかあり、商店街の両端には笹が置かれており、商店街の空き地にはかなり大きい笹が置かれている。短冊は無料で配っており、3箇所のうち、空き地の笹が一番人気である。
イベントごととしては、七夕と関係ないがジャンケン大会があり、ステージに立つ籠咲 早耶が出すジャンケンに勝ち続けると、豪華な景品がもらえるらしい。朝ドラの主演女優が商店街のイベントに出てくるため、かなりの人出だ。去年の七夕フェアをすでに凌駕している。さらに、ストリートピアノを弾く動画で現在人気急上昇中の聯が、リクエストを募集して即興で演奏している。飛び入り参加も募集しており、毛利 貴之と瀬名 大悟も参加して、楽しんでいた。
「あの2人、最近楽しそうだよな」
佐倉 遙真は牛串を食べながら、遠くでピアノの連弾を聞いている。その隣でたこ焼きを食べる佐倉 遙華は
「あの2人、前から楽しそうにしてなかった?」
「事件の前は、覚えてないからだけど……、音楽の道に進んでから、ガラッと変わった気がするんだよな」
「うーん、確かにそうかも」
2人はまだ貴之に関する記憶は戻っていない。というよりも、記憶があるのは瀬名だけだろう。昔がどうであれ、今も気にしていないが、不思議な感じではある。廃忘薬の効果は永久なのだろうか。
ピアノの連弾は3曲目に入る。聯はノリに乗って、アドリブが強い演奏をして、複数の曲を混ぜているが、貴之と瀬名もそのアドリブに乗っかって、楽しそうに弾いている。貴之と瀬名はパートごとにバトンタッチしており、メインの聯はどんどん弾き続ける。
そんな連弾を見守りながら、美味しいものを食べている遙真と遙華のもとに、1人の女性が声をかけてきた。
「少しいいかしら?」
女性は20代前半で、高身長だ。2人に話しかける際、すこしかがんでいる。
「どうしました?」
遙華がその女性に聞くと、
「実は人を探していて……。でも、どこにいるか分からなくて」
「探している人って、どんな人ですか?」
遙真は牛串を食べ終えて、話を聞く。
「私と同じぐらいの身長の男性なんだけど……」
「彼氏さん?」
遙華がストレートに聞くと、女性は曖昧に返答して誤魔化した。十中八九、彼氏なのだろう。
「今日は、一緒にここに来たの?」
遙華が聞くと、女性は首を横に振った。約束をして、ここで会う予定らしい。待ち合わせのつもりが、約束の場所におらず、なかなか会えないらしい。
「その約束したっていう、待ち合わせの場所は?」
「このあたりとしか……」
「そんな大雑把な待ち合わせだと、この人混みの中で探せないよ。今年は、いつもより人が多いし……」
周囲を見ながら、遙真は右手で頭の後ろを掻いた。例年よりも混雑しており、人捜しは困難だ。
「去年はすぐに会えたんですが……」
「それなら、去年と同じところで待っているかもしれないですよ?」
遙華は女性から昨年会った場所を聞くと、
「笹の前……?」
思わず首を傾げた。設置されている場所は、去年も今年と同じだった気がする。少し記憶が曖昧なのは、廃忘薬のせいだろうか。
「商店街のどっちかの入口か、広場の大きい笹か」
「遙真はどっちが会いやすいと思う?」
3択だが、集まりやすいのは空き地の笹だろう。3つのうちで一番大きく、この笹がメインだ。商店街の両端にある笹は、メインの笹に人が殺到することから、何年か前に増やしたという話を聞いた。本当かどうかは分からないが。
「やっぱ、メインのでかい笹じゃないかな」
遙真と遙華は、女性とともに空き地へ。ステージは、イベントが一段落して捌ける人が多く、その流れに逆らう形になった。
「みんな女優目当てで来てたんだな……」
遙真がそう呟きつつ、大きな笹の前へ。最初に来たときよりも、短冊の数が数倍以上になっていた。短冊の多いところは、大きく撓っている。
「笹が折れそう……」
本題となるお探しの男性の姿はというと
「イベント終わりで、人が減りそうだからここで待ってみませんか?」
遙華が女性に言うと、女性は静かに頷いた。そのあと、笹の短冊を見ている。
「今年もいろんな願い事があるわ。2人も願い事を書いたの?」
「今年も書きましたよ」
遙華が答え、遙真は黙ったままだ。
「君も?」
女性に直接聞かれ、遙真は
「今年は、もう書くことが決まってたからな……」
「どんな願いなのかな?」
「んー。多分、信じてもらえないと思うんだけど……。一緒に遊んでいたはずの友達のことが、どうしても思い出せなくて、不思議なことに全く。再会しても、まるで初めて会ったかのような。全然思い出すことが出来なくて。それでも友達として遊びたい。だから、友達のことについて、忘れた記憶を取り戻せますようにって」
遙真の言う友達とは、もちろん毛利 貴之のことである。廃忘薬による喪失があっても、瀬名が思い出したからもう一度友達になれた。忘れてももう一回楽しい思い出を作れば良いよと、なんだか格好いいようなことを思いつつも、思い出せないでいる自分が悲しかった。なんで瀬名は思い出せて、自分たちは思い出せないのか。悔しいと思うのは、遙真だけではなく、遙華や奈那塚もそうだ。できるなら、思い出を取り戻したい。写真は残っているのに、どうして記憶には残っていないのか。
「この大きな笹の木は、街で一番願いが叶いやすいっていう噂があるんです。どうしてかは分かりませんが……」
遙華は大きな笹を見上げて、そのまま空を見ると、天の川が見える。去年より前の七夕フェアの記憶は曖昧だけれど、毎年天の川が綺麗に見えたような気がした。奇跡的に雲の少ない年が続いているのだろう。
「いた!」
後ろから男性の声が聞こえた。どうやら女性が探していた人のようだ。2人は駆け寄って、抱きしめ合う。あまりにも大胆な行動に、遙華と遙真は視線を逸らしたが、不思議なことに気付いた。誰もこのカップルのことを見ていない。1人ぐらい視線があってもおかしくないのに。
「良かったですね。彼氏さんが見つかって」
「彼氏? もしかしてそう言ったのかい?」
男性が女性に聞くと、何も言わなかった。男性は察して
「すでに夫婦なんだ」
「そうだったんですか」
既婚者だった。遙華が2人と話すなか、遙真は周囲を見ている。なんか視線が変だ。遙華は改めて、名前を聞くと女性は答えなかったが、男性は自分を指差して
「牽牛。妻は、織女」
すると、遙華は首を傾げた。どこかで聞いたような……。すると、遙真が
「まさかとは思うけど……、織姫と彦星……?」
自分であり得ないとは思いつつも、そう聞くと、2人が頷いた。
「道理で周囲の視線が……」
「遙真。どういうこと?」
「多分、2人の姿は他の人に見えてないかもしれない……。明らかに、自分達を変な目で見てる。傍から見たら、あの2人は何をやってんだって……」
あり得ないことが起こっている。でも、それで辻褄があう。織姫と彦星と思われる2人は、その問いには答えなかった。別れ際に
「ありがとう。ふたりのおかげで会えたから、きっと願いは叶うはず」
2人は光に包まれ、その眩しさに視線を外すと、いつの間にか姿が無かった。
遙真は首を激しく横に振って、
「夢だな。うん。夢だ」
遙華は、そんな遙真の頬を抓り
「痛いって。遙華、何するんだよ」
「夢じゃないみたい」
「痛かったんだけど……。自分で試せよ」
願いが叶う日は、近いのかもしれない……
To be continued…
一話完結を書こうとすると、その中で終わらせないといけないので、コスパが少し高いんですよね……。
今回は、なかなかスポットライトが当たらなかった悠夏の弟妹を主軸に書いてみました。
姉に似て、洞察力が高そうな双子。




