第12話 エルシーズ
警視庁のとある会議室。ここに入るのは初めてだ。今回、同席を初めて許可された。円形でドーナツのようなテーブル。イスは数少なく、多くはモニターが置かれている。この場に全員が集まらず、電話会議だろうか。
「そこへ」
田口 啓正警視正の指示に従い、「失礼します」と、着席する。周りはモニターばかりで、自分の正面にマイクとカメラがあった。これに話しかければ良いのだろうか。
田口警視正も着席し、お昼なのに薄暗い会議室。そういえば、窓が見当たらない。蛍光灯も中抜きして、かなり暗い。もしもディスプレイがついたら、その光で目が悪くなりそうだ。
「こちらは準備が完了したぞ」
田口警視正が警察手帳を開き、右手でペンを回す。しばらくすると、ディスプレイが2枚ほど反応したが、まさかの「SOUND ONLY」と言う文字が。
しかも、凄くフォントを寄せている。本物とはちょっと違う。まさか、この会議室はそういうことなのか? ツッコミを入れたい衝動を抑え、始まるのを待つ。
「本日、5名です。議事録の担当は……。議事録、必要ですか?」
ディスプレイ7枚のうち、表示されているのは3枚だけのようだ。自分から見て、一番右のディスプレイから、女性の声で議事録について聞こえた。
「議事録は不要だ。機密事項につき、残さない方が良いだろう」
今度は、向かって中央のディスプレイからだ。
「進めてくれ」
左のディスプレイの声は聞いたことがある。おそらく、紅 右嶋警視長だ。小渕参事官では無く、なぜここにいるのは自分なんだろう。
田口警視正が、手元の警察手帳を見ながら
「さて、大晦日の事件は”エルシーズ”とは無関係だった。犯人も無事に逮捕でき、幕を閉じた。結局、”エルシーズ”は2018年も進展なしだ」
右端のディスプレイから、女性の声で
「やはり、上層部の人間だけでは、捜査まで手が回らないのが現状ね」
「捜査して、情報をつかめるのであれば、人手を投入しても良いが、そう簡単に結果が出ない上に、原価が掛かる。それなら、上の人間が動いた方がいい」
「結局、紅警視長がその結論に至るから、人を増やせないんですよ? それと、原価じゃなくて、人件費って言ってください」
女性の声と紅警視長のやりとり。確かに、原価だと意味合いは違うが、早く本題に入ろうと、田口警視正が動く。
「そこでだ。捜査一課から1名、榊原警部に来てもらった」
いきなり名前を言われたので、軽く自己紹介。
「捜査一課、榊原 岾人です。よろしくお願いします」
「今日の会議は、3点。榊原警部の活動内容の決定と、エルシーズに関して。そして、唯一の被害者だと思われる彼についてだ。戻ったら、先月の報告資料作成があるから、早く進めて欲しい。流石に、毎週のように徹夜するのは勘弁して欲しい」
「田口警視正の午後の予定はさておき、簡潔に進めますか」
中央のディスプレイからだ。男性の声だが、まだ誰か分からない。おそらく、上層部の人間だろう。
「では、榊原警部は初めて聞くであろうエルシーズに関して、簡単に説明を」
その男性が他の人に話を振ると、右端のディスプレイ、女性の声で
「エルシーズは、正確な発生時期は不明です。しかし、通常の略取誘拐罪や拉致に当てはめることが困難で、行方不明とも異なります。信じられませんが、過去実際にあったことで……、被害者の存在が、過去を遡っても消えるという事件です。詳しく言うと、2010年12月1日。被害者A君は、学校からの帰り道に行方不明。しかし、行方不明の捜索願は無く、12月4日の別件で、容疑者となった父親について捜査した際に発覚。しかし、当時は両親はおろか、学校さえもA君のことを覚えていないかったのです。近所の人も友達も。残っているのは、A君が家にいた痕跡と書類に書かれた名前だけでした」
軽くホラーであるが、一晩で人々の記憶から消え去ったと言うことなのか? 田口警視正がさらに説明として
「A君の両親は、記憶に無い子どもの写真や物があり、12月2日の朝から、精神的な恐怖でノイローゼになっていた。8年経過した現在も病院で入院中だ」
そういえば、その事件、覚えている。
「確か、覚えてます。当時、自分も担当した”渚区連続発火事件”ですか……?」
「そうだ。その事件で、3箇所目の発火箇所に近かったため、その父親に聞き込み調査をしたが、挙動不審だった。ただ、エルシーズが関係していると分かって、捜査一課からは手を引いてもらった」
「そんなことがあったんですね……」
榊原警部も当時のことは覚えている。捜査会議である日から、被疑者のリストから消え、不思議に思った。しかし、すぐに犯人を逮捕したこともあり、そのことをいつの間にか忘れていた。
紅警視長が、エルシーズについてまとめ。
「エルシーズは、”失われた子ども達”という意味で、そう呼んでいる。田口警視正、リストを榊原警部に」
榊原警部は田口警視正から、リストを貰うと子どもの名前と性別、年齢、住所、失踪推定日時が記載されたリストを3枚貰った。
「この中に、エルシーズ以外の子どもが含まれている可能性もある。エルシーズでなければ、通常捜査に切り替え、エルシーズである可能性が高い場合は、隠密に捜査を願いたい。すでに明確になっている子どもは、そのリストの左にチェックを付けている」
「エルシーズは、誰にも覚えられていない傾向が多いということは……。つまり、自分は行方不明者の捜索として、子ども達の捜査を行い、エルシーズでなければ、虐待や略取誘拐、死体遺棄などの容疑で事件化し、捜査一課を動かすという認識で、合ってますか?」
自分の質問には、田口警視正がペンを回しながら回答した。
「凶悪な誘拐事件に巻き込まれている可能性もあり、すぐに事件化するかは、おそらくケースバイケースだがな。それと、一課以外にも、協力を要請しても構わない。二課や三課、交通課や広報課、そして、特課。警察署に協力要請するときだけは、こちらに一言声をかけてくれ。先に話を通しておく」
中央のディスプレイから男性の声で、
「さて、最後の報告だが……」
「サイバーセキュリティ課の報告を読み上げる。Dの件は、新たな情報は無し」
「今月も情報無しか……」
「まだ1ヶ月だ。当初の予定通り、4月までは様子を見る」
「すみません。”ディー”というのは……?」
話について行けないため、聞いてみると、紅警視長が
「彼のイニシャルだよ。エルシーズの被害者のひとり……」
1ヶ月。イニシャルがD。そう言われて、ひとり当てはまる人物を思い浮かべたが
「待ってください。彼は人間じゃないですよね……」
「”今は”、という表現が正しいだろう。彼が一番それを不思議に思っていたよ。あり得ないことが起こっている。もはや、昔のように当たり前だと思っていたことが通じなくなっている。それは、ここ最近の事件もそうだ。犯人や被害者が人間では無いこともある。冗談などでは無い。現実に起こっている。だから、それをまずは認めるしか無いだろう。問題は、その先にある」
会議は、その後まとめに入って終わった。捜査一課、榊原警部が本日1月4日付けで、エルシーズの極秘捜査に加わった。
To be continued…
エルシーズ。アルファベットで書くならば、”LCs”
ロストチルドレンの事件が複数あることから、複数形になっている模様。
ちなみに、だれが命名したのかは分からず。会議で決まったのかな?
追記。一部、誤字を発見したので修正しました。




