第119話 憑依薬
怪奇薬品。公表すれば、社会的影響は絶大であり、犯罪組織側の思う壺になると考え、その名称と効果は警視庁や事件関係者の一部のみぞ知る。現在命名されている怪奇薬品は2種類。
1つは、廃忘薬。製造元が不明であり、現物は手に入っていない。廃忘薬を服用すると、服用者に関わる記憶が、服用者以外から抹消される。実際に服用した人から聞いた話だと、効果は半永久的である。しかし、何かがキッカケになるか分からないが、消された記憶を思い出すことがある。しかし、全員が全員ではなく、思い出した人と全く思い出せない人がいる。
もうひとつが、憑依薬。製造元として、真帆薬品工業が関わっているとの情報がある。しかし、それを裏付けるような証拠はなく、踏み込めない。現物があり、小さな瓶に入ったオレンジ色の液体である。服用後の効果には時間制限があり、すでに憑依した人物に投与すると、その憑依を延長することが出来る。最初にどうやって憑依させるかは不明。
特課の佐倉 悠夏と鐃警は、デスクでこれまでの事件に関する資料をまとめていた。
「不思議な事件が続きますね。そのまま書くかどうか悩んでいた時期が、懐かしいです」
「ありのまま書くだけですよ。どんなにファンタジーな世界観でも、それが事実ならそのまま書くしかないので。そのまま書きすぎて、上から事実確認が少なくとも5回は入った報告書もありましたし」
「5回? 警部、それってどんな事件なんですか?」
「え? あぁ、僕も捜査に参加した事件ですけど、生活安全部所属時代に」
以前、悠夏が「警部って、もともとはどこの所属だったんですか」と聞いた際に、「生活安全部から、特課に異動になったんですよ」と答えていた。
「そのときの担当は、少年事件課だったと思います。最初は、生活安全総務課が関わってような気もしますが……。それはよくて」
どうやら記憶は曖昧なようだ。悠夏は、手を休めずに作業をしながら聞いているが、鐃警は完全に手が止まっている。
「最終的に、報告書の内容がどうなったかは分からないんですが、途中の報告書だと……。一部省きつつ……。少年が宇宙人と一緒に」
「いや、ちょっと待ってくださいっ!」
唐突に出てきたワードに、悠夏は作業どころではなくなり、ツッコミを入れた。
「え? 宇宙人?」
「はい。それで、上からはどこの星の宇宙人か分からないって、事実確認しろという通達があり」
「いや、警部。そこじゃないです」
「ただ、その宇宙人はすでに国内逃亡と言いますか、地球外逃亡したため、分からないんですよね。一緒にいた少年に聞いても、出身や現住所は分からない、と。そこで、報告書では住所不定・職業不詳の宇宙人という表記になり」
「えっと……」
どこから触れるべきか分からず、鐃警の話が進む。
「すると、上から宇宙人という裏付けはとったのかと聞かれ、また報告書を書き換えて、少年と一緒にいた住所不定・職業不詳の自称宇宙人が、暴走していたトラックに対して、力を加えて進行方向を変更し、トラックは不使用の電柱に衝突した。トラックの運転手は、酸欠により意識を失っており、危うく少年のいる横断歩道へ突入するところであった。自称宇宙人は、友人の少年を救うべく、力を加え、被害を最小限に抑えた」
「力を加え?」
「そこも、もともとは未知なる力とか、ハンドパワーとか書いてましたが、流石に上から表現を変更しろと言われたそうです。実際の現場は見てないんですが、宇宙人の念力とかですかね?」
トラックがぶつかった電柱は、新しい電柱への交換を行っており、あとは撤去するだけの状態だった。そのため、停電も起きていない。
「結局、トラックの物損事故として扱われ、酸欠の原因は窓や換気をずっとしていなかったそうです。本人は、エアコンを付けていたつもりだったとのことですが、オフで長時間運転してたみたいです。詳しく知りたければ、過去の事件データを見て頂ければ」
「そーなんですか……」
宇宙人というワードがずっと引っかかり、話が入ってこず、テキトーな相槌になった。不思議な事件と言ったのは自分だが、想定を超えた漫画みたいな話で、エイプリルフールかと疑った。今日は7月4日木曜である。
話をもう少し聞くかどうか悩んでいると、特課の扉がノックされ
「捜査一課の藍川です。いるのは分かってるんですよ」
まるで取り立てのようなセリフを言い、扉を開く。
「どうも。藍川お弁当デリバリーです」
藍川巡査はビニール袋に入ったお弁当を持ってきた。
「ありがとうございます」
頼んだのは悠夏である。お昼のお弁当が用意できず、鐃警から捜査会議で頼んだお弁当が余っていると聞いて、お願いしたのだ。そのとき、「取りに行かなくてもいいですよ」と鐃警に言われて、藍川巡査が届けてくれた。
「配達料は300円です」
「えっ、お金取るんですか? しかも、妙にリアルな金額ですけど……」
「榊原警部からもいただいたんで、これ以上の値下げは出来ません」
と言う藍川巡査に対して、鐃警は低いトーンで
「副業に当たらないんですか? 重い処分が待ってますよ」
「いや、飲み物を奢って貰ってるだけだし」
「そうやって、だんだん見境がなくなって、やっちゃいけないアルバイトとかをして、さよならするんですよね?」
「なんてこと言うんですかっ! もういいです……。AIに虐められたって言いますから」
コントというか即興の茶番を見せられているような気分になったが、悠夏は邪魔をしてはいけないと思い黙った。
茶番が終わってすぐ、藍川巡査は急に真面目モードになり
「そういえば、例の薬品、当たりだったみたいですよ。さっき長谷警部補が話しているのを偶然聞きました」
本当に偶然なのかどうか気になるが、そこには触れずに
「と言うことは、阿木神は偽物の中に本物も持っていたということですか?」
先月時点では、偽物だけで本物は無かった。
「どうも、共犯の木野村が本物を隠して、阿木神に偽物を渡していたんではないかという疑いが出てきたみたいで、検察はどたばたしてるみたいですよ」
「彼女が隠したってことですか? 排水溝に」
「そのあたりは、検察のお仕事です。結果を待つしかないですよ。では」
藍川巡査が退室したあと、事件に関して気がかりではあるが、一先ず正式な報告を待つことにして、お昼ご飯だ。
袋からお弁当を出すと、生姜焼き弁当だった。「いただきます」と、食べようとすると
「あれ? お肉が塊になってる」
普通は1枚1枚バラバラのはずが、くっついて塊になっている。
それを見た鐃警は
「当たりですかね。いつもより少し量が多いんじゃないですか?」
「確かに、バラしてみると1.5倍ぐらいありそう」
味や焼き加減はいつもと変わらず。単純にくっついて固まっていただけだった。
To be continued…
お弁当のお肉が塊になっていて、いつもより多いことがあったのはノンフィクションです。生姜焼きだったかどうかは、あまり覚えてませんが……。
身柄は検察に渡っており、警察としては再捜査などの話がない限りは、検察が動くのかな。特課なら検察と一緒に捜査できそうな気もしますが、いやできないのかな?
さて、今月は2話完結を続けて2本お送りしました。次から5月ですね。劇中では2019年7月ですが。次回は七夕。舞台はつるぎ西商店街。




