第115話 冷静さを取り戻しつつ
「あなたが指示をしていた人物は、全員確保されました」
鐃警は、西方 早月被疑者ではなく、渥美 榮太に向かって話している。目の前にいるのは、早月だが意識は榮太に乗っ取られている。そんなフィクションみたいな状況を、現場も捜査会議も否定しない。あり得ないことが起こっている。
「飛ばし携帯も押収しており、榮太さん、今のあなたには外部への連絡手段はないですよ」
「この姿で西方とは呼ばないんだな」
「あくまでも、僕が話しているのは渥美 榮太さんですから。さて、薬の投与により、あなたがこの世界にいられるのも時間の問題です。話していただけませんか?」
「話を? 何の?」
「あなたの身に何があったのか。警察としてできる限りのことはしますよ? すでに榮太さんが目的地としていた大阪営業所には、待機中の警察官もいます」
「警察を頼れって? 今更? 俺は自分の手で復讐するつもりだ」
「自分の手で? あなたは、指示を出していただけですよね? 直接とは言い難い」
「文句あるのか」
反論できず、榮太は苛ついたようだ。
「警察に指示はできないですが、協力はできます。何せ、ここ最近妙な薬品が流通しており、証言を得られずに手を拱いていましたから……」
榮太が黙り込んだため、鐃警はそれ以上言わずに、反応を待った。ここで暴れても分が悪い。富山から大阪までの移動もあり、そもそも警察から追われる身である。自分が、あとどのくらいここにいられるかも分からない。
「日本の大企業……、逮捕できるのか?」
「証言と証拠が揃えば、ですが」
「……俺の証言なんて、役に立つのか? 証言者が死んでいる時点で……」
「死人の証言どころか、守り神とか妖怪を送検したこともありますし、今更ですね」
五月雨島の事件や台田市場の守り神の騒動で、明らかに人ではない被疑者を送検している。なにも知らない人に言えば、与太話だと言われるだろう。
「それに、目の前にいる僕の姿を見て、不思議に思いませんか? 僕、こう見えてロボットなんですよ。今の現代技術で説明つかないこともありますし、妙な薬品のせいで、多くの人の人生に影響を及ぼしています」
「警察の聴取って、もっと乱暴だと思ったが……」
鐃警は、その問いには答えなかった。逮捕して勾留期間は10日間。薬の効果が切れるまで黙秘されてしまうと、それ以上捜査はできない。ある程度泳がしてでも、事件の真相を探るつもりだったが、榮太の諦めはかなり早かった。
「死んだのは、完全に自分の所為だ。それは別で、死んだ後に自分の身に何があったのかは、西方に乗り移ってから知った。実験台にされてたそうだ。本来ならば火葬されるはずが、火葬場で盗まれた。工場で培養液か何かで、臓器だけを取り出し、連中が何をする気だったのかは分からない」
「火葬場で誘拐されたときのことは、覚えてませんか?」
「死んでるんだから、覚えてるわけないだろ」
「お化けとなって、自分の葬儀を見たりとかは?」
「警察は、それを本気で言ってるのか……? 呆れた」
「分かりました。死んでから西方さんに憑依するまでは、記憶が無いと」
「いや……えっ……」
淡々と鐃警が話を進めるので、榮太は困惑した表情を浮かべる。
「言い忘れましたが、この会話は、すべて捜査の供述録取書となります。渥美さんが西方さんに憑依した後、その話を誰から聞いたんですか?」
鐃警が質問した内容よりも、憑依という言葉にツッコミがなく、ここで話したことが供述になると言われ、理解が追いつかない。榮太は、混乱しつつも
「本名かどうかは分かりませんが、桐澤と名乗っていた男から、情報を聞きました。目の前に、自分の死体を見せられて……」
「”キリサワ”という男性について、風貌は?」
「30代とかの痩せてもなく太ってもない、170センチぐらいの男でしたね。話を聞くのに必死で、顔をそこまで注意して見てはいないので、それ以上のことは……」
「癖やなにか特徴的なこと、覚えていませんか?」
鐃警の問いに、榮太は首を横に振った。少し俯きながら
「死んだ自分の身に、耳を疑うようなことがあり、それどころでは……。西方の家族を巻き込んだのも、成り行きだった。今、やっと冷静になった気がします。西方に取り憑いてから、真帆薬品工業が違法に取り引きをしている場所が、あの港だった。取り引きがあると噂された日、軽く騒動を起こすつもりだった。負傷者が出たのは、誤算だった。それがキッカケで、取り返しがつかないと思い込み、ますますリスキーな方法に手を出すようになった。死んだ自分が法に縛られることもない。桐澤から爆薬を受け取り、大阪営業所を爆破して、発散するつもりだった。西方の奥さんに、他人が乗り移っているのではないかと疑われ、爆破の計画に邪魔だと思い、殺害した。それで、さらに引き返せなくなった。富山から大阪までの移動……、無茶は承知だったし、稚拙な作戦だと思ってはいた。けれど、もう戻れなかった」
「西方さんだけではなく、賴永を巻き込んだのは?」
「西方の娘に実行させるのに躊躇した結果、誰でもいい無関係な人物と、娘の彼氏に実行させればいいと思ったから……。当時、自分がどうしてそんな馬鹿げたことを考えたのか……」
榮太は、だんだんと力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「それでは、渥美 榮太さん。西方 郁子さんの殺害関与と、西方家への犯行指示、真帆薬品工業の大阪営業所への爆破未遂。全て認めますね?」
「はい……」
榮太は、素直に犯行を認めた。冷静になり、悔いている。しかし、犯した罪は消えない。
「それで、あなたのご遺体はどこに?」
分かってはいるが、”あなたのご遺体はどこに”というインパクトの強い表現だが、誰も笑わずに話が進む。
「自分の死体……ですか?」
自分の死体。おそらく、というよりも絶対に使わない表現だ。
「あくまでも、主犯は渥美さんです。主犯について、被疑者死亡で送検し、西方さんは共犯ということになるでしょうね」
榮太は自分の死体に関して、その後どうなったかは知らないと答えた。桐澤が処分したかもしれない、と。鐃警に桐澤の居場所を聞かれても、連絡先を知らず、最後に会話したのは爆薬を受け取ったときらしい。それも、直接ではなく場所指定で受け取っており、そのときの電話連絡が最後だった。相手から一方的に非通知で連絡を受け取り、会話しただけで、最初に会った場所は取り壊しが始まって、どうなったのか分からないそうだ。
桐澤という男を除き、事件に関係する人物は全員確保した。G20サミット開催前に、爆発も起きずに終熄し、事件は幕を閉じた。
結局、大阪営業所に何かある訳ではなく、榮太はそこをターゲットにしただけで、大阪営業所へ乗り込む証言は得られなかった。怪奇薬品の謎は残ったまま……
To be continued…
4月になりましたね、早い。
さて、事件がやっと終幕です。当初のスタートしたときの予定と全然違う方向に進みつつも、区切りが何とか。校正チェックで、「今の現代技術で」ってセリフが引っ掛かりましたが、話し言葉なのでわざとそのままにしました。深い意味は無いですが。




