第114話 怪奇薬品の投与
賴永 兼鹿と鐘 宏一郎が乗ったワゴン車が、高速道路を走行している。ここまでスムーズに進めていたいが、先の方に赤いテールランプの列が見えてきた。
「こんなところで渋滞か……」
宏一郎はアクセルから足を離し、後方を確認して追突防止のハザードランプを焚き、徐々にブレーキをかける。後方の車がハザードランプを付けたことを確認して、ハザードランプを切ると深いため息をついた。ここまで、賴永とほとんど喋っていない。気まずい空気の中、車が完全に停止した。
賴永は携帯電話を取り出して、何度か電話をするが
「ダメだ。繋がらない」
「何処に電話をしている?」
「指示を出していた女性にかけたが、出なかった」
賴永は指示を仰ぐつもりだったが、連絡相手は警察に保護されている。状況報告だけでもできればと考えたが、ショートメールや留守番サービスは使えなかった。冷静に考えれば、そういう類いの物は、証拠がはっきりと残るため、犯人グループは毛嫌いするだろう。
車が完全に止まってから5分。全く進まない。宏一郎も嫌気が差し、携帯電話を取りだして電話をする。しかし、こちらも繋がらない。連絡相手は、意識不明である。繋がるはずがない。
電話をかけ続けていると、前方から2人が歩いている。一台ずつ、車の運転席の窓に近づいている。宏一郎のところにもやってきて
「すみません。よろしいですか?」
宏一郎は窓を半分まで下げて
「何ですか?」
「実は、この先事故が発生してまして……。しばらく時間がかかりそうなんですね」
「事故ですか……。1時間ぐらいで片付きそうですか?」
「今のところ、分からないですね」
2人で会話している中、もう1人の男はワゴンを一周して助手席の方へ。
賴永は窓を7割近く開けて、
「なんでしょうか?」
「ちょっといいですか? 車の後ろなんですが……」
男の言い方がより一層不安を煽るようで、賴永は気になってシートベルトを外し、ドアを開けて外に出る。すでにかなり後ろの見えないところまで車が詰まっており、轢かれる心配はなさそうだ。
「なんですか?」
「後ろの扉部分から、液体か何かが漏れていて」
男に言われるがまま、指を差された部分を見ると、確かに黒い液体がワゴンのバックドアの隙間から少し漏れている。
賴永はバックドアに手をかけたが、ロックされており、宏一郎に対して
「おい、ロックを開けてくれ」
宏一郎は賴永が焦るような言い方をしており、運転席のロックを解除する。すると、全ての扉が解錠され、賴永はバックドアを開いた。すると
「えっ……どこから漏れてるんだ?」
液体は扉で途切れており、木箱からではない。賴永が木箱を開けようとすると、
「失礼。確認させて頂いても?」
賴永が止める間もなく、男が容赦なく木箱の中を開け、
「これはなんですか?」
木箱の中には、パソコンや家庭用とは思えないような電子機器と、薬剤らしきものが包まれて配線されている。
宏一郎が声を荒らげ「おい! 何やってるんだ」と叫ぶと、ドアが開き先程会話していた男が手首を掴んできた。
「何だよ!?」
すると、男は内ポケットから警察手帳を取り出して
「奈良県警です。不審なものをお持ちのようで? 御同行願いますか? 鐘 宏一郎さん」
警察に名前を言われると、宏一郎は先程までの勢いが段々と尻窄みし、ついには黙ってしまった。
「賴永 兼鹿さんも御同行願いますね」
渋滞を発生させた車を一台一台移動させる。50台以上を使った大規模な封鎖であり、運転席や助手席に座らせたダミー人形を後部座席に投げ込み、車を走らせる。これから一台ずつ、返却の手続きを行うことになる。
運転席や助手席、ときには後部座席などに人形を置いたのは、車に人が乗っていないと気付かれないようにするためだ。テールランプは、配線を変更する時間が無く、ブレーキペダルに重しをおいて、押さえ込んで光らせていた。限られた時間の中で、被害が出ぬように即興で整えたそうだ。
ワゴン車の後方に液体が垂れていたのは、作戦だった。予め用意した液体を垂らし、不安を煽って犯人にバックドアを開けさせ、不審物を発見することで、現行犯もしくは任意で署まで同行させる。
*
同じ頃。警察医の呉羽医師は、意識不明の西方 早月に対して、怪奇薬品の投与を行っていた。小瓶の液体を少しずつ投与すると、早月の心拍数が上がり始め、段々と呼吸が速くなる。投与を終えると、不思議とすぐに平常の心拍数に戻った。この投与で合っているのかは、この場にいる誰も判断がつかない。効果が現れるまで時間がかかると思われたが、早月が飛び起き、体に付けていた器具が床に落下する。
早月は周囲を確認するや否や、すぐに立ち上がって扉の方へと歩く。呉羽医師がそれを抑止しようとすると、早月はその手を振り払い、駆け出す。
「おい待て!」
鐃警が扉の前へ立ち、出口を塞ぐ。
「西方 早月さん……ですよね?」
鐃警の問いに、早月は一切反応せず、力尽くで外へ出ようとする。意地でも通さぬと張り合い、
「すでに事件関係者は確保されています。もう終わったんですよ。何があったか話してください」
「どうせ警察は信じないし、邪魔だよ。どけよ」
早月は、周囲に武器になりそうな物がないか周囲を見るが、先程までいた医師が医療機器を持って姿を消していた。代わりに、反対側にはスーツ姿の男が6名ほど。警察官だろう。医師が避難した先は、その後ろにある扉だろう。
「早月さん……、ここで暴れると公務執行妨害で罪を重ねることになりますよ」
「一回死んだ身なんだ。どうなっても構いやしない!」
「……たとえ、言いたくないですけどね、あなたが良くても、早月さんが全てを被ることになるんですよ!? それを承知の上で」
「西方は研究室が一緒だっただけだ。自分はどうでもいい」
ようやく証言を得た。感情的になる男を目の前に、鐃警は相手と同じように声を荒らげるわけではなく、冷静にはっきりと
「やはり、渥美 榮太さんですね」
「だから? それを証明できないだろ、警察には」
「さぁ、どうでしょう? 1つ言うとすれば、こんなケース、今回が初めてじゃないですからね」
早月、いや榮太は、鐃警の言葉をどうせはったりだろうと、受け取らなかった。しかし、自分が指示して動く手足となる人物や連絡手段は封じられている。
To be continued…
3月ももう終わりって、マジか。年度が終わりますね。次回は4月か。ストックギリギリで年度を超すのか。今のままだと、このまま停滞しそうだなぁ。他の作品とかも描きたいけれど、1つずつ片付けていこうか。エトメデはいつまでも終わらないけれど。
さて、鐃警にスポットが当たるのは久しぶりですかね。怪奇薬品の投与効果を危惧して、鐃警を指名したと考えられますが、警察医は早々に、犯人にとって武器になりそうな医療機器といいますか器具を持って避難し、出口を大勢で防いでいるので、逃げ場なしですね。次回は被疑者榮太の供述ですかね。やっと今回の話の終わりが見えてきました。




