第113話 効果の持続期間
真帆薬品工業の大阪営業所。倉知副総監と榊原警部は、営業所の扉を見て休業日であることを知った。
「営業所は閉まっているな」
「そのようですね。ただ、営業所の駐車場には車がそこそこ止まってますね」
「営業車だとは思うが、一応交通部にナンバープレートの照合依頼を出す。被疑者の到着までまだ時間があるからな」
営業所に近い舗装された駐車場と、舗装されていない土の駐車場があり、そこそこ広い。その駐車場に25台ほど止まっていおり、社用車にしては台数が多い気がする。車体に傷のついた車もあり、おそらく社員の車と思われる。
休業日でも出勤せざるを得ず、仕事をしているのであれば説明できるが、外から見たところ営業所の電気が点いていない。ならば、外出中だろうか。
車に戻ってしばらく様子を見ていると、電気の点いていない営業所から人が出てきた。どうやらタバコを吸いに外に出てきたようだ。
「営業所の中に人はいるようだな」
「電気が点いていないのは、節電でしょうか? それとも外から見えない部屋で作業しているのかもしれませんが……」
「令状が無いからには、動けるとしてもここまでだな」
事が起これば突入もありえるが、立場上、その事を起こすわけにもいかず、大阪営業所に関するガサ入れは後日と考えられる。
待機していると、榊原警部に藍川巡査から連絡が入る。
「こちら藍川です。捜査本部から方針が決まりまして、おそらく被疑者がそちらに到着する前に確保となりそうです」
「藍川、状況を詳しく聞かせてくれ」
「まず、特課と富山県警からの連絡で西方 早月の身柄が確保されました」
「確保したのか!?」
「部屋の中で倒れていたのをホテルの清掃員が発見し、その驚いた声を聞いた小板橋さんが現場に駆けつけたそうです」
聞くと、小板橋は早月が宿泊している同じ階に部屋を取り、張り込んでいたそうだ。
「現在病院へ搬送中とのことですが、外傷は見当たらず、意識不明とのことです。鑑識が部屋を調べており、複数の携帯電話も発見されています。それと、ラベルの無い小瓶がいくつかあり、その小瓶にはオレンジ色のような液体が……」
「市販薬や飲料では」
「捜査本部では、怪奇薬品の一種と考え、薬品について調べるそうですが、いつ結果が出るか……」
「本部で示したということは、怪奇薬品だという確証が少なからずあるのか?」
「小渕参事官から聞いた話ですが……、現場に駆けつけた小板橋さんが妙なことを聞いた、と」
「妙なこと? 勿体ぶらずに簡潔に報告だけを」
「自分は別に……、勿体ぶっているつもりは無いんですが……。部屋に入った際、被疑者の意識がまだ残っており、『まだだ。成仏する前に、自分を利用した奴らへの復讐を完遂せねば』。こっちを聞いたのは、小板橋さんだけですが、もうひとつ。清掃員も聞いたのは『薬を……。榮太として、早月が起きる前に……』。”エイタ”という名前の人物は、被疑者の大学時代、同じ研究室に所属している渥美 榮太ではないかと。それで、自分が調べていますが、渥美 榮太はすでに亡くなっており、何やら奇妙な話も……」
「加賀沢さんの事件が脳裏を過るな……」
5月末ごろに発生した事件のことである。小学1年生の黒川 岳が「自分は加賀沢 蒼羅である。転生した」と発言した。次第に記憶が抜け落ちて、最終的に黒川君はその発言自体を覚えていなかった。
「榊原警部もそう思いますよね。まだ捜査途中ですが、渥美 榮太の葬儀に関してと言いますか、火葬に関して疑問を持ち、調べた人がいるそうです。まだそのぐらいしか分からないのですが……」
「渥美という人物に関しては、捜査次第か……。今後の捜査本部の方針は?」
「被疑者2名が乗った車について、指示系統が崩落したことにより、途中で降車させて、確保するそうです。被疑者が暴れないように、一気に制圧するそうですが……。捜査会議では、高速道路において無人の渋滞を発生させ、被疑者の乗った車が停車した後、大勢で押さえ込む作戦らしいです。爆発の可能性が否めないため、人的被害の少ない場所を選んで行うみたいですが、地元の京都府警と奈良県警が中心で行うそうです」
「わかった。また何かあれば連絡をくれ」
藍川巡査から捜査状況と今後の方針を一通り聞き、電話を切った。知り得た情報を報告しようと、倉知副総監の方を見ると電話中だった。電話が終わるまでの間、ここまでのことを振り返ると、やはりいくつか引っ掛かる点がある。1つは、なぜ早月さんは自分の妻を殺害したのか。妻に知られたとしても、わざわざ東京で殺害する必要があるのだろうか。もう1つは、倉庫街での爆弾。目的地がここ、真帆薬品工業だった理由は? 動機は復讐だとすれば、渥美という人物が真帆薬品工業に殺されたということだろうか? いや、待てよ……。そもそも、真帆薬品工業の信州工場へ侵入した理由は……?
「榊原、少しいいか?」
倉知副総監に呼ばれて、榊原警部は考えるのを中断した。
「なんでしょうか?」
「仮定の話だが、西方 早月が目を覚ましたとき、記憶がなかったらどうすべきだと考える?」
「その場合、精神鑑定を行って判断するしかないかと……」
「今回の事件は、怪奇薬品が使用されたという裏付けが出た」
「裏付けですか?」
「これは、ほとんどの捜査員にも伝えていないことだが、怪奇薬品を服用した場合、その効果が出ている間は、血液検査を行うと、標準値との誤差がほとんどない。過去の服用者の結果と同じ傾向になったそうだ」
「被疑者が……ですか?」
「そういうことだ。しかし、その効果が切れかかっており、この前の事件と同じなら、記憶が無くなるかもしれない。そうなると、意識が戻っても事件解決に至らないと考えられる」
「倉知副総監、まさかですけど……」
「榊原、そのまさかだ。特課からその件で電話が掛かってきた。被疑者早月に、本人が求めた薬品を投与するかどうか」
「被疑者に怪奇薬品を投与すると……?」
「ある種、貴重な機会にはなるが……。こんな未知のリスクあることは、地方の警察署にはできないだろう。特課が行うのであれば、責任は特課というよりも、指示をした上司の私が取るのがいいだろう」
「本気で……。いえ……」
本気でそう思っているんですか、と最後まで言わずに、榊原警部は撤回した。言ったところで蛇足だろうと。
「とはいえ、素人が投与できるわけがない。今、警察医に話を通している。丁度、搬送された病院に勤務しているから、話をどこまで聞いてくれるか」
警察医は、警察に属している医師のことであるが、警察署に常駐しているわけではなく、警察署が置かれている地域の外科や内科医師の中から選ばれているそうだ。
To be continued…
最近、ギリギリの予約投稿でチェックが甘いんですが、誤字とか勘違いがありそうで少し怖いですね。
機械的なチェックは通してますが、見直しができてないのが辛い。もしどこか気付いたら後日直します。
さて、先週までと打って変わり、大きく事件が進んでいます。しかし、犯人逮捕へと進んでも事件解決までは、まだまだかかりそうですね……




