第112話 仲間の行方
西方 早月は、海外出張中に、大学時代同じ研究室だった友人の訃報を聞いた。友人の名は、渥美 榮太。葬儀は親族のみで行い、早月が帰国して眠った榮太に会ったのは、四十九日の前日だった。榮太の母親と話をした際、遺骨に疑問を抱いたとのことで、早月は遺骨のDNA検査依頼を提案した。焼却した遺骨からのDNA鑑定は困難であり、虫歯や骨折、外傷などから本人ではなく、別人である可能性が発覚した。さらに、火葬場の人間を問い詰めると、その事実を認めた。しかし、見ず知らずの人物からこの事実の調査に関して、これ以上詮索するなと言う脅迫があった。それ以降は、恐ろしくて踏み込むことが出来なかった。
ある日、石郷岡を名乗る男から電話があった。声が加工されており、性別や年齢は不明。明らかに怪しかった。しかし、榮太のことをなぜか知っていた。
「なぜ……榮太のことを?」
恐る恐る聞くと、加工された声が告げる。
「榮太に会える方法がある。同じ仲間ならば、顔ぐらい見せてはどうだ? とある工場で働いていたよ」
「工場で……?」
それは生きているということだろうか。家族は死んだと思っている。家族を欺いてまで、榮太は何をするつもりなのだろうか。
そのときは、榮太が生きていて嘘をつく理由を問い詰めるつもりだった。親友とまでは行かないが、同じ研究室で過ごした仲間だ。榮太の母親は、遺骨に疑問を持ち、不安を抱いていた。もしものときは、そこまで深入りするつもりはない。……直接会話が出来ると勘違いしていたから、何気なく指定された民家へと向かった。
インターホンを鳴らすと、見知らぬ男が出てきた。その男に言われるがまま、地下へと階段を下る。所々切れた蛍光灯が照らす廊下を進み、途中で立ち止まった。廊下の先を見ると、まだ先が続いており、突き当たりを右に曲がるようだ。その先がどうなっているかは、ここからでは分からない。
扉を開くと、殺風景な部屋の中央に簡易ベッドが置かれ、布で覆い被さっている。それを見て、嫌な予感がした。ドラマやフィクションでしか見たことはないが、遺体安置室を彷彿させ、部屋に踏み込むことが出来ない。
「ショッキングだとは思うが、まずはご確認願う。運転免許証からおそらく本人だと思われるが……」
部屋の奥から若い声がした。声のする方を見ると、若そうな男が、まるでこれから手術をするかのような格好をしている。
「顔はまだ無事だった。首より下は見ない方がいい」
若い男は、頭部のうち口元まで見えるように、覆い被さった布を取る。早月は受け入れられない状況に恐怖しながらも、仲間の顔を確認した。
「確かに、渥美 榮太です……」
「ご確認感謝します」
若い男は、両手を合わせて拝んだあと、再び布をかけた。
「一体……これは? 工場で働いていたんじゃないんですか?」
電話で聞いていた話と違う。こんな姿で会うとは微塵も思いもしなかった。てっきり、偽装工作を行って、自分が死んだようにみせ、生きていると……。
「言葉の通りです。確かに、彼は工場で働いていましたよ。死体として。いえ……、はっきり申し上げるとすれば、実験台。それも大手の製薬会社の一部が利権のために、裏で行われていたことです」
若い男が話す言葉は、すべてフィクションのように聞こえる。目の前に、その被害者がいるにも関わらず、しかも自分の知っている人物だ。現実との乖離によって、容易には受け入れられない。
「さて、これ以上の詳細を話すと、あなたの身の安全を保証できず、あなたに暴動を起こされても困ります。これより先へ踏み込むのであれば、我々と共に行動して頂きたい次第です。これまでの生活がしたいのであれば、この話は聞かなかったことにして、お帰りください。今後、あなたに接触することはございませんし、あなたから来ても、我々はお答えいたしません。このタイミングで決めてください」
このまま帰ったところで、今聞いた話を忘れることができようか。中途半端に知ってしまって、知りたいという欲求が湧いてくる。現実との乖離から、早月は夢を見ているを思い込むことで、後のことを一切考えずに、了承してしまった。甘い考えだった。安全の保証がないとはいいつつ、自分は大丈夫だという謎の自信でいた。未経験の事態に直面したとき、自分は大丈夫だと思うことを、心理学では正常性バイアスというらしい。
早月をここまで案内して部屋の隅で待機していた男は、若い男と目配せして、退室する。退室の際、これまで開いていた扉を閉めて、廊下で待機する。
「では、これより詳細をお話しします。その前に、私のことは桐澤とでも呼んでください。ただ、ここでは偽名を使っていますので悪しからず」
前置きをしつつ、榮太の発見に至るプロセスから話し始めた。
「我々は、秘密裡に真帆薬品工業の信州工場へ調査を行いました。国内に流通する薬品を明らかにするためです。工場の照明が落ちている中、夜な夜な工場を出入りする人影がありました。その1人を問いただすと、地下で実験が行われているそうです。それも動物実験どころか人体実験まで。臨床試験などと呼ばれるものとは違い、国の認可を受けていないと。証拠がない以上、警察は動けません。我々が動いて、証拠となる薬品を取り押さえました。その際、発見したのがこの方でした。身元を証明するものは何も持っておらず、お手上げでしたが……。捕まえた1人が、ある火葬場から連れてきたと白状し、調べればあなたが火葬場に問い合わせをしていた」
火葬場に遺骨について問いただしたことで、自分に連絡が来たのだろう。親族よりも自分に聞いたのは、熱心に調べようと活動していたからだろうか。
ここまでの話を聞いて、早月は最初のショックで忘れているが、この桐澤という男は最初「運転免許証からおそらく本人だと思われるが」と証言していた。先程と話が違う。運転免許証での確認など、行っていない。早月が本人だと証言するまで、名前だけで本人かどうかは不明確だった。
「さて、彼の姿を見る見ないはお任せしますが、見たあとにここで嘔吐はしないでくださいね」
「それほど酷い痕だったってことですか?」
早月の疑問に桐澤は首を横に振った。
「傷や痣などの話ではありません。無いんですよ」
「えっ……?」
「気分を害さない程度で簡単に説明しますと、私も医者ですけど理解しがたい現象が発生していました……。臓器以外が消滅していたんですよ」
桐澤の話を理解するのには時間がかかった。血の気の引く話だ。
「頭部は薬品を使用していないため、先程ご覧になったように残ってはいますが……」
頭部以外は、お風呂に浸かったように薬品に晒されたそうだ。
「臓器だけが綺麗に残っていたので、目的は臓器売買かと。あくまでも私の推測ですが。もしかすると、もっと大変なことをやっているかもしれません」
「大変なこと……ですか」
「それこそ、クローン人間とか。いや、飛躍しすぎですね。まるで映画のような世界を見てしまった影響で、整理がついておりません……」
桐澤が現実を疑う以上に、早月も耳を疑った。どんなに飛躍した冗談でも、今は嘘だと見極められる自信が無い。
桐澤から、今後について一通りの説明を受けた後、携帯電話を渡された。飛ばし携帯である。扉のノブを回して、部屋の外に出ようとすると、桐澤が一言
「それでは歓迎いたします」
そう呟いたあと、早月の意識が遠のく。何かを注射されたと気付いたときには、すでに床に倒れていた……
To be continued…
昨夜予約投稿しようとしたところ、メンテナンスに入って後書きが反映できず、当日に急いで予約だけしたので、投稿時は後書きが無い状態でした。当時の文章は消えたのでもう一回書きます……。
当初、爆弾だけのはずが製薬会社が大きく絡み出して、ストーリーが長くなっています。一応、この次の話をどうするか考えていますが、3月中にこの話に区切りがつくのだろうか。
あと、今回 製薬会社の設定とか後戻りできない情報が増えており、今後の展開にも影響が出そうです。




