第110話 主犯の目的(前編)
午前4時過ぎ。悠夏の持つ仕事用スマホに、鐃警から着信が入った。
「もしもし、悠夏です」
「警察ですか? こちらは富山きときと空港です。緊急通報をお繋ぎします」
鐃警の芝居じみた言い方で察して、悠夏はすぐに切り替える。
少しして、重要参考人の鐘 査代子と思われる女性の声で
「もしもし?」
「はい。こちらは警察ですが、事故ですか? 通報ですか?」
悠夏は、通信指令センターのやりとりがうろ覚えのため、それっぽい言葉を並べて対応する。
「あの……助けてください」
「わかりました。すでに場所はこちらに出ておりますので、すぐに警察官を向かわせます。2名ほど向かいますので、電話を切らずに詳しくお聞かせください」
「はい……」
悠夏はスマホのマイクを覆って、聞こえないように
「猪谷警部。警官2名。保護へ向かってください」
猪谷警部は頷いて、携帯電話を取りだして部下へ通達する。
「猪谷だ。現在、鐘 査代子さんから助けを呼ぶ通報があり、保護へ向かってくれ。なお、交番の警察官または巡回中の警察官として、接触するように。また、名前は本人から確認するように」
猪谷警部が指示を出している間も、悠夏と査代子との通話は続く。悠夏は名前や詳細を聞くために
「まず、お名前をお伺いしたいのですが」
「はい。鐘 査代子です。漢字は、お寺の”かね”に、検査の”さ”、人偏の”かわる”、子どもの”こ”です」
「鐘さんですね。今、最寄りの警察官が向かっています。あなたが逃げている、人物について、付近にいますか?」
「今は……いません。電話でしか話したことがないので……」
「誰かから指示されていたということですか?」
「家族を人質にされて……。母が殺され、父も……もしかすると……」
「鐘さん。落ち着いてください。もうすぐ、到着しますので」
そうは言われても、査代子の呼吸はますます乱れ、不安で押しつぶされそうだ。その場にゆっくりとしゃがみ込み、それからは悠夏の質問に答えることができなかった。猪谷警部の指示で駆けつけた2名は警察手帳を見せて、富山空港警察署へ。
午前4時半、富山空港警察署。聴取は会議室で行われていた。査代子さんから話を伺うのは、佐倉巡査に一任された。
「先程、通報の電話対応を行った、佐倉です。少し落ち着きましたか?」
「はい……」
査代子から自主的に話すことは出来なさそうだ。悠夏はまず通報の内容を確認するように
「先程、鐘さんは家族を人質にされていると?」
「はい……。私の夫が組織的な何かと手を組んで、両親を連れて行き、……母が殺されて……。このままだと、お父さんの命も」
声を震わせながら、査代子は自分の身に起きたことを、悠夏に聞かれてひとつひとつ答える。両親の名前や夫の名前、組織の名前など、すでに知ってはいるがこちらから喋るのはあまりにも不自然になる。得た情報から、改めて推理を組み立てるとこちらの考えていた状況と異なることが1つある。
査代子の夫、宏一郎については現在の捜査では、まだ分かっていないことが多い。しかし、父親の西方 早月は、黒部ダムで賴永 兼鹿との取引現場を目撃している。それどころか、渋浜ホテルに宿泊している。脅迫されて指示を受けているのだろうか。
悠夏が査代子の聞き込みを行っている中、その会議室前で待機していた猪谷警部。握っていた携帯電話が震えて連絡が入る。
「こちら猪谷だが」
「新保です。警部にご報告が。先程、ホテルに設置した基地局から、飛ばし携帯の発信を確認しました」
「どっちのホテルだ?」
「渋浜ホテルで、主犯と思われる番号から」
「号室まで特定出来そうか?」
「階数とおおよそまでは……」
小型基地局を配置し、
「宿泊客として潜入中のメンバーからの連絡待ちで……」
新保巡査は「少々お待ちください」と断ったあと、後ろで何か会話をして
「今、報告がありました。西方 早月さんが宿泊している階で、潜入班からは、ほぼ確定だと報告がありました」
「ちなみに発信先は?」
「発信先は、査代子さんに連絡していた飛ばし携帯です。持ち主がまだ分かっていない携帯電話のようです」
「単純に考えると、早月からその何者かを経由し、査代子へ指示を出して、末端の賴永が実行犯ということか。さらに、真帆薬品工業の事件にも関与していた」
「おそらく、警部の推測通り、主犯は早月でしょう。早月と査代子の間は、宏一郎もしくは別の人物のどちらかと」
宏一郎の場合、指示系統は家族のみとなり、末端の賴永が赤の他人だ。もしくは、間に他人を挟んでいる場合、早月は査代子が巻き込まれていることを承知の上か、もしくは全く知らないかもしれない。
宏一郎の立ち位置がどこにあるのか。ここまでの捜査でも、その点について、まだ分かっていない。聴取中の査代子は、主犯が自分の父親であることを、おそらく知らないだろう。では、早月は、妻が亡くなったことを知っているのだろうか。主犯ならば、自らが指示して殺害したと考えざるを得ないだろう。そうなると、動機に関して深掘りする必要も出てきた。
猪谷警部は、いくつかのパターンを考えるも
「ただ、主犯の目的が不透明だな。何も考えているのか……」
*
渋浜ホテルに宿泊中の西方 早月は、指示連絡を終えると、次の番号へと電話する。ワンコールで相手が出ると
「準備は出来ているか?」
「ワゴンはカメラの無い駐車場に止めています。サミットが近いため、会場方面は警戒態勢ですが、目的地は同じ大阪でも南ですし、奈良経由で向かう予定です」
「ホテルに宿泊している男には、すでに指示を出している。裏手で合流して、目的地に向かえ。逆らったらどうなるか、分かっているだろ?」
「これが終わったら、許してもらえますか?」
「それは、君の働き次第だよ。宏一郎くん」
電話の相手は、婿の鐘 宏一郎だった。
「君には直接指示を出しているんだ。期待しているよ」
「……わかりました。真帆薬品の大阪営業所に着いたら、またご連絡します」
「呉々も気をつけるようにな。運搬中に事故でも起こせば、ワゴンに乗せた爆弾とともに帰らぬ人となるからな」
To be continued…
あったはずのストックが1週で消え去りました。再び、ギリギリのスケジュールですが、なんとか毎週更新を2年間は継続できました。気付けば2年。早いですね。
『エトワール・メディシン』で「前編」を使うのは、初めてなのかな。タイトル回収が次回に跨ぐので、前編表記にしてみました。物語の展開が、当初の想定からかなり変わっているので、どうなることやら。製薬会社がここまでからむつもりはなかったんですが。
さて、次回の更新ですが……。いつもどおり来週木曜日かと思われます。今年の2月28日更新は、執筆が間に合わないかなぁと。2話分プラス人物まとめは、かなり作業多いので……。今のところ、分からないです。




