第11話 もち
2019年の正月。悠夏は休暇で地元の四国に帰省していた。四国を横断するリニア四国横断新幹線。大阪府から淡路島を経由し、徳島県と愛媛県を横断して、福岡県を結ぶ。ちなみに、岡山県からは瀬戸大橋を経由し、香川県と高知県に縦断する四国縦断新幹線があり、リニアとは西阿波市駅が乗換駅である。
今回はリニアで西阿波市に帰省したが、他なら通常の新幹線や夜行バスがある。フェリーや飛行機だと、西阿波市から港や飛行場が遠いので、あまり使わない。昔は飛行機や夜行バスしか、選択肢がなかったらしいが。そういえば、東京駅と高松駅間を結ぶ夜行列車もある。半分は出雲市行きだけど。
結局、1日の夕方に帰ってきて、夕飯を食べるともう1日が終わる。その日は疲れ切っていたので、お風呂に入ってそのまま自分の部屋で寝た。上京しても、自分の部屋はまだ残っている。そのうち、妹と弟に取られるかもしれないが。妹と弟は、中学の友達と初詣に行っているらしく、帰りは遅いらしい。悠夏は20時頃に布団に入って就寝した。
*
「佐倉さん、起きてください」
急に聞いたことのある声がした。セキュリティ課の瀧元くんだ。鐃警のヘルスチェックをしている。
どうやら、いつの間にか正月休みが終わったのだろうか? 正直、疲れていたから覚えてない。悠夏はデスクに頭を伏せていたが、ある人の顔が視界に入って飛び起き、
「失礼しました」
「暢気ね。特課は。そんなんじゃ、うちの課が作ったポスターや記事、不祥事でズタズタにされるんだけど」
広報課の上原 和花さん。たぶん、同い年だと思われ。もしかしたら、見た目が若いのかもしれないが、判断できぬ。
「まぁ、いいわ。あなたにお仕事持ってきたわ。正月の死亡事故として多いもの、その注意喚起・啓発活動を。内容は、ある会社にお話に行くのと、注意喚起のビラ配り。でも、気をつけて。取材班のカメラも同行するからね。場所は神奈川県の足柄下にあるから、早く準備して」
そう言われて、悠夏と鐃警は急いで支度をして、上原の運転する車で移動する。シルバーのSUVである。ちなみに、SUVは、スポーツ・ユーティリティ・ビークルの略だが、スポーツやアウトドアなどの様々なシーンで利用できる車って意味らしい。
警視庁のある千代田区から、高速を利用して箱根に着くと、そこにはある会社があった。
「今日の協力会社さん」
「”株式会社もちのネバーランド”?」
思わず鐃警と悠夏がハモった。建物は3階建てのビルである。工場は別にあるのだろうか?
1階の受付で、会議室へ案内された。
会議室で、取材班が脚立とカメラを準備する。正月のニュースで流れるのだろうか。多分、1分にも満たないニュースかもしれない。悠夏は、車の中で渡された資料で、流れをイメージする。車の中で読もうと思ったが、酔いそうで読めなかった。
女性社長が会議室に入ってくると、カメラのシャッターが何度も光る。社長の隣にいる男性は、秘書である。
「警視庁広報課の上原 和花と申します。本日は、ご協力頂き感謝いたします」
「株式会社もちのネバーランド、代表取締役社長、望月 沙矢香と申します」
挨拶とともに名刺交換が始まる。
悠夏も続けて
「警視庁特課の佐倉 悠夏です」
「望月 沙矢香です。本日は、どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。頂戴いたします」
名刺交換は慣れない。やっぱり緊張する。
「佐倉 悠夏です」
「秘書の久佐望 ズィーファです」
名刺を確認したが、名前はカタカナだった。日本人ではなく、海外の方だろうか?
「すみません。久佐望さんって、ご出身はどちらなんですか?」
「地元はここですが、所謂帰国子女ってやつですね」
久佐望さんは、父親がアメリカ人で、母親が日本人らしく、生まれてまもなく海外で過ごしたため、名前もハーフらしい。
それぞれ席について、最初の写真撮影が始まる。基本的には、記者やカメラマンの要求に多少は応えるぐらいで、フラッシュを我慢する必要がある。眩しくて、すごく瞼を閉じたい。警部は小声で
「なんで、帰国子女っていうんですかね?」
「言葉の話?」
「そうです」
「たしか、帰国子女の、”子”が息子で、”女”が娘って意味じゃなかったかな? だから、帰国した息子や娘っていう意味で使われてるから、別に女の子って意味ではないですよ。勘違いされやすいんですが。一応、後で調べてみてくださいね」
でも、そういうときって、きっと後から調べることはないんだろうな。十中八九、忘れるから。
予定通りの進行で、無事に終わった。ちなみに、工場は北海道にあるらしい。工場視察は予定にないので、今日はこれで終わりだ。
「何事もなく、無事に終わりましたね」
鐃警がそんなことを言うから、取材班が撤収した会議室に従業員が慌てて
「社長! 倉庫が!」
望月社長と久佐望秘書が倉庫へと駆け出す。悠夏と鐃警、上原はそれ追いかける。
倉庫の扉を開けると、棚からダンボールがいくつも落ちており、梱包された餅が床にばらまかれ、荒らされている。
「棚から牡丹餅……」
鐃警が何か言ったけど、みんなそれどころじゃない。これは事件かもしれない。奥で物音がする。犯人はまだここにいる。
悠夏と鐃警は、ラックがいくつも並ぶ列をひとつひとつ慎重に確認する。物音を立てずに、ゆっくりと。しかし、鐃警は思いのほかダンボールを避けるのが難しいみたいで、苦戦を強いられている。
そして、最後の列を見ると……、白い大きな物体が蠢く。着ぐるみか? 少なくとも、確認してからだ。
「警察です! 何をやってるんですか!?」
「ざいこせーり」
「在庫整理? 職員ですか?」
「うーん、職員かどうかは微妙だなぁ。かといって、無関係でもないし」
この喋る白い物体は、何を言っているんだろうか。鐃警がやっと、白い物体を見られる位置に移動して早速、
「なんか、幽霊をバスターする映画とか、海外の大手タイヤメーカーのキャラに似てません?」
「警部。あの……」
悠夏は言葉が見つからない。相手の機嫌を損ねたらどうするんですかって言いたかったが、自分も感じていたので、真剣な表情を保つのに精一杯だ。
「そこの餅さん、お話をきいてもいいですか?」
鐃警がさらに刺激するような発言をする。
「麻呂のことを餅って言うなぁ!」
「まずいですよ、警部。あの人はキャラが濃いです」
「まずいって言うな!」
白い怪物が、立ち上がってこっちを見る。
「麻呂は、マツュマロなり。好き勝手言いやがって。くらえ! 必殺!餅投げ!」
「やっぱ、餅じゃん!」
「餅って言うなぁ!」
自称マツュマロがさらに餅投げ!
「なんなのこのキャラ。着ぐるみ……だよね?」
悠夏は戸惑う。本当に人が入っているのか? すると、鐃警は
「やつは、怪人です。説明は省きますが、早く変身してあの怪人の怒りを抑えましょう」
鐃警が変身のポーズを決める。悠夏は戸惑ったが、ある答えにたどり着く。
「これ、夢か」
このとき、明晰夢に切り替わる。そうなれば、自分のやりたいことがそのまま具現化できるだろう。
「てか、これが今年の初夢?」
車の移動中に富士山は見た。鷹と茄子はまだ出てきていない。ならば、夢ならば茄子と鷹を出して……
すると、マツュマロが巨大化して、悠夏を押しつぶす!
そこで目が覚めた。悠夏の体の上には、白い猫が乗っている。最近、小太りになってきて、重い。カーテンからは朝日が差し込む。
「マシュ、そこどいて。起き上がれないよ」
実家の猫はマシュという名前である。言わずもがな、マシュマロから命名されている。命名したのは、妹と弟だ。二卵性双生児で産まれ、結構考えてることが2人とも、被ることが多い。
「……二度寝しようかな」
マシュが動かないので、時計を見てもう少し寝ることにした。だけど、夢の続きは見えなかった。
8時にリビングに行くと、ダンボールがひとつ届いていた。母親によると、悠夏宛てらしい。悠夏は、瞼を擦りながら伝票を確認する。すると、そこには
「送り主は……、”株式会社もちのネバーランド”。……あれ?」
ダンボールの中には、梱包された餅が半分ほど詰められていた。
「あれ? 夢? ……あれ?」
どこまでが、夢だったのだろうか……。それとも……
To be continued…
令和元年への切り替わり、作中では年越しして1月。
そのうち、新元号の話が作中でも出てくるかと。
”もちのネバーランド”って会社名は、ちょっとだけ気に入ってる。
仲間内で見せた別作品で登場させたのを逆輸入。ちなみに、キャラも。
『エトワール・メディシン』は、結構、自分の別作品のキャラが登場することがあるので
今後も、出てくるはずです。おそらく、『紅頭巾』や『黒雲の剱』とかからも。
でも、かなり先だと思うな。