第109話 被疑者の確保へ
榊原警部のもとに、藍川巡査から電話がかかってきた。
「被害者を殺害した犯人。分かりましたよ」
「藍川、確証はあるのか?」
「榊原警部。まずは褒めてくださいよ。夜通し調べたんですからね」
「それで、被疑者は?」
「あの、聞いてます?」
「それは、こちらの話だ。確証はあるのかと聞いたが、答えなかったからな」
「なんで、榊原警部も長谷警部補も、冷たいんですか……?」
「藍川、切るぞ?」
「ちょっと待ってください。話しますから」
藍川巡査は、咳払いをしてお巫山戯モードから真面目モードに切り替える。
「栗生 銀藏。”蛇菰”という自称組員の幹部のひとりらしいです。聴取は戻ってからになります。被害者との面識は一切なし。指示に従って行動したが、自分の作った爆弾が殺人に使われるとは思っていなかった、と自白しました」
「その組織というのは?」
「なんでも、ネットで知り合ったメンバーのグループ名らしいです」
「ちなみに、その被疑者は今どこに?」
「パトカーで連行中ですよ。サイバーセキュリティ課から送られてきた飛ばし携帯の発信履歴から、事件現場からほど近いネットカフェからの発信だと分かり、その時間の防犯カメラの映像を見て、電話をかけていたのが、ひとりだけだったので。携帯電話を回収したと思われる時間に、店から出てましたし」
「よくその店だって当てたな」
「その店に小型基地局があって、むしろ範囲がそこしか無かったんですよ」
携帯電話の電波が届きにくい場所において、小型基地局を設置して改善させる方法がある。そのお店は、どうやら電波状況が悪く、フェムトセル基地局を設置することでカバーしていたようだ。
「栗生被疑者は、ネットで知り合った人物から大金とともに指示通りに動くように言われたそうです。飛ばし携帯は、鍵の隠し場所を教えられて、駅のロッカーで受け取ったそうです」
「駅のロッカーなら、携帯を入れた人物が映っている可能性があるな」
「日時と場所を聴取できれば、そうですね」
「今、聞けないのか?」
「急に黙り込んで、しばらくは難しいかと……」
「他に情報は?」
「携帯は、被害者が持っていた飛ばし携帯と一緒にロッカーに入れて、受けとったときと同じようにして、返したそうです。それと、組織のメンバーは匿名で、本名は分からないそうです。他に情報が分かれば、また連絡します」
「わかった」
藍川巡査からの報告を一通り聞いて、榊原警部は電話を切った。運転席に座る倉知副総監は、電話の内容に関して
「藍川巡査からの報告か?」
「はい。河川敷の爆破事故の被疑者を逮捕しました。藍川からの報告では、”蛇菰”はネットで知り合ったメンバーのグループ名と言っていました」
「残念ながら、それは嘘だな」
「嘘?」
倉知副総監が断言した理由が分からず、見落としがないか捜査資料に目を落とす。しかし、蛇菰は捜査資料のどこにもない。
「榊原が特課と電話をしている最中、組対五課から連絡があった。真帆薬品工業の信州工場で、過去に盗難事件があったそうだ。例のオレンジ色の薬品に関する追加捜査で明らかになった。盗難に遭ったが、被害届が出せないブツだったらしく、三課が捜査を進めている。こっちに急ぎで報告があった理由は、発着履歴に同じ電話番号があったそうだ」
「今回の飛ばし携帯と同じ番号ですか?」
「まだ持ち主が分かっていない番号だと聞いている。薬品盗難事件と連続爆発事件は、指示する人物が同じだが、実行犯はそれぞれ別と考えるべきだろうな。当の本人は高みの見物で、何かあれば下っ端の実行犯を切り捨てる。主犯は、数人の指示者を経由して、実行犯を操っていると考えれば、これだけ多くの飛ばし携帯を使っているのも理解できる」
*
同日、午前3時過ぎ。警視庁刑事部捜査三課。是政 修景警部補のもとに、捜査中の薬品盗難事件に関する情報が入ってくる。連絡があったのは、地域部の交番からだった。
公務執行妨害の容疑で逮捕した人物が、市場に出回っていない真帆薬品の製品を所持していたそうだ。
是政警部は、目の前にいた小川巡査を呼び
「報告によると、昨日午後10時に、新宿駅前で酔った勢いで暴行事件を起こし、止めに入った警察官を殴ったそうだ。公妨で逮捕し、持ち物を検査した結果、我々が捜査中のブツが出てきた。被疑者はまだ酔っており、酔いが覚めるまでは聴取は困難だが。状況を吸い上げるために、小川巡査は被疑者のもとへ向かってくれないか? 報告のあった交番は、これに印字されている」
小川巡査は、A4サイズ1枚の資料を受け取り
「是政警部。被疑者の名前や特徴は?」
「被疑者は、吉木 安須と聞いている。これまで捜査に名前が出ていない人物だ。事件の関係者なのか、誰かから受け取ったのか。確認すべきことは多々あるな」
「分かりました。今から向かいます」
「被疑者に関して、身元はこっちでも調べてみる。分かり次第、そちらに情報を送るから、そっちも分かった情報があれば、逐一報告してくれ」
*
午前4時。ホテル前を張り込んでいた小板橋から、待機中の悠夏に電話が入った。悠夏はすぐに通話ボタンをタップし、耳に近づけるやいなや
「蒼穹ホテルから、鐘 査代子と思われる人物が出てきた」
「重要参考人の、ですか?」
「そうだ。周囲を警戒しているのか、キョロキョロしながら空港に向かっている」
「分かりました。空港で待機している警部に伝えます」
悠夏は電話を切って、すぐに鐃警へと連絡がする。
「警部。重要参考人の査代子さんが、そちらに向かっています」
「こちらの準備は出来てます。接近します」
この時間、空港のロビーはまだ閉まっている。鐃警は外のロータリーでぽつんと待機。遠目でも分かりやすいようにしていた。
すると、事件資料の顔写真で見たことのある女性、査代子が息を切らして走ってきた。鞄や荷物を持っていない。
鐃警の横を通り過ぎて、空港のドア前に立ち止まるが、施錠されており、自動ドアは開かない。
鐃警は、自分がロボットであることを利用して、空港の案内ロボットを装って近づき
「富山きときと空港へようこそ。お困りでしょうか? きときと君がご案内します」
きときと君は余計だったかと思いつつも、査代子はそこに触れず
「警察はどこ?」
「緊急でしょうか? お繋ぎしますね」
「お願い」
査代子に言われて、鐃警は携帯電話を取りだし、悠夏に繋がる電話番号を入力し、淡々と
「警察ですか? こちらは富山きときと空港です。緊急通報をお繋ぎします」
査代子はきょとんとして、鐃警から携帯電話を受け取った。まさか、ロボットがアナログな方法で携帯を差し出してくるとは思いもしなかった。
To be continued…
まるで忘れてたかのように、鐃警のロボット要素を出した感が微妙に出てますかね……? ロボットであること、結構触れていなかったので、普通の人はこんな反応になるのかな、と。
複数の部署や場所で大きく物語が進んでいます。そろそろ、主犯の目的が見えてくるのでしょうか。




