第108話 飛ばし携帯
リークは、匿名通報から始まった。警視庁ではなく、警察庁が運用している匿名通報システム。そこに、長谷警部補宛で情報が送られた。その後は、長文ではなく警視庁の通信指令センターを経由して、短い情報を伝達していた。
通信指令センターへの1回目の通報があった後、録音された音声を聞いて、通報者が誰かすぐに分かった。川喜多元巡査だった。
*
渋浜ホテルから200メートルほど離れた位置に、有料の駐車場があった。約20台駐車できる広さで、車は3台だけ。そのなかの1台、ワゴン車はカーテンで外からの視界を遮っていた。
ワゴン車に1人近づくと、周囲を見て静かに車内へ。ドアの開閉で、悠夏は目を覚ました。後部座席で仮眠を取っていた。
「猪谷警部?」
悠夏は目を擦りながら、欠伸を噛みしめる。
「おや、起こしてしまったか?」
「すみません。今、何時でしょうか?」
「3時だ。これといった動きはない」
まだ明けない夜が続く。富山県警捜査一課の猪谷警部は、暗い車内で資料を確認する。
「警視庁から新しい情報が出た。彼らの所有する携帯電話を特定したそうだ。通話履歴から、続々と新情報が出て、こっちもこんな時間に、総動員することになった」
捜査に進展があったということは、連絡があったかもしれないと思い、悠夏はタブレットと仕事用のスマホを確認する。すると、不在着信と通知が来ていた。悠夏は着信履歴から発信し、
「もしもし、佐倉です。すみません。電話をいただいて」
「いや、起こしてしまったか?」
「あれ? 榊原警部ですか? 私、間違えて……?」
電話の相手は、榊原警部だった。ただ、発信したのは……
「いや、この電話は倉知副総監の携帯だ。取り込み中で、代わりに出た」
「なるほど、そうですか。それで、ご用件は?」
「すでに捜査情報を展開していると思うが、事件関係者が使用している携帯電話が割れた」
「電話番号が分かったってことですか?」
「そうだ。交通捜査部から、鐘被疑者の位置をNシステムから調べて、その情報をもとに、捜査員が根気よく調べていたら、電話をかけている様子が監視カメラの映像に映っていた。その映像から、場所と時間の情報が分かって、サイバーセキュリティ課が周囲で発着信のあった電話番号を絞った。その電話番号のリストをもとに、契約者でフィルターして、捜査員が総当たりで調べた結果、飛ばし携帯が見つかった。そこからは、通話履歴を調べて事件関係者が芋づる式に分かったわけだな」
どのくらいの労力と時間をかけたのだろうか。1つをキッカケに複数の部署に跨がって、特定に至ったようだ。
「事件関係者は、全員、携帯電話の電源を切っている。死亡した西方 郁子さんは、殺害される直前、飛ばし携帯を持っていた。通話は、飛ばし携帯同士で行われていたようだ。これについては、藍川が調べている最中だ。次に、娘の鐘 査代子が持つ飛ばし携帯は、主に2つの電話番号にかけられていた。1つは、特課が捜査中の賴永 兼鹿が持つ携帯電話だ。これも飛ばし携帯だろうな。賴永本人の携帯電話は、ここ最近、電源が入っていない。GPSは自宅を最後に途切れている。他にも飛ばし携帯の電話番号が3つある。時期に判明するかと」
「査代子さんの家族が全員、事件関係者ということですか?」
「そういうことになるな。西方さんの家を訪れた捜査員からの情報で、家の中が荒らされていたそうだ。郵便受けに溜まっていた新聞の日付から、携帯電話の電源を切った日はおおよそ一致している。捜査資料にも記載されているが、荒らされたと思われる日は、被害者の誕生日だった」
榊原警部からの捜査情報を聞きながら、悠夏はタブレットで捜査資料を開く。資料には、今聞いた内容が記載されており、全員の写真も表示されている。
*
サイバーセキュリティ課。午前3時過ぎにも関わらず、伊與田 武章と瀧元 瀧一がデータを集めていた。
「やっと終わった……。これで、自動化プログラムができたから、あとは飛ばし携帯の通話履歴を紐付けて、地図にマッピングができるな」
「伊與田さん。インプットのデータ整形が終わったので、これを使ってください」
「お、ありがとう。あとはパソコンに任せて、一旦休憩だな。もう3時かよ」
時計を見た後、伊與田は背伸びをする。6時間以上、座りっぱなしで作業をしていた。腕や肩を動かして立ち上がる。休憩を終えれば、結果が出ているかもしれない。そう思って、部屋を出ようとすると、瀧元が画面を見て
「伊與田さん、処理が止まりましたよ」
「止まった?」
「オーバーフローしてますよ?」
「あー。あー。どこだ、エラー吐いてるのは?」
伊與田は休憩せずに再びパソコンの前に座り、動作状況を記録したログの内容を確認する。瀧元は、伊與田が「あーあー」言いながら画面と睨めっこする姿を気遣い
「伊與田さん、飲み物は何がいいですか? 買ってきますよ」
「瀧元、すまん。お茶と、それと缶コーヒーと」
「分かりました」
瀧元は自分のスマホを持って、休憩所の自販機へと向かう。
スマホの電子決済で自分の飲み物と、伊與田から頼まれた飲み物を買い、欠伸をしながら戻る。集中が切れて、眠気が急に襲ってきた。
サイバーセキュリティ課に戻ると、伊與田が満足げな顔をしていて待っていた。
「修正して結果が出たぞ」
「本当ですかっ」
瀧元は、伊與田の操作するモニターを覗き込むと、東日本の地図が表示され、赤色や黄色といった単色のマーカーがいくつも表示されている。
「同じ色は、同じ電話番号。これを見る限り、富山と長野、あとは事件現場付近だな」
「河川敷の爆破殺人と日本海側の小規模爆発事件の近くですね。日付も事件発生時みたいですし」
「あとは、これを時系列に並べて、捜一が足取りを調べればはっきりするだろうな」
それぞれの場所、誰がどの飛ばし携帯を持っていたかで行動が明らかになるだろう。
「これを捜査本部に渡して、今日は引き上げるか。頼まれ事は区切りがついたからな」
To be continued…
前回から話が進みつつ、段々と犯人グループへと捜査が近づいてそうです。
個人的に、ドラマとかで見た知識ですが、飛ばし携帯だと捜査が難しそうなイメージです。
逆探知のように、現実とは違うドラマの演出とかもあるので、実際はどうなんでしょうか。




