第106話 事件の関係性
黒部ダムで取引をしていたのは、賴永 兼鹿と西方 早月だった。取引を終えたふたりは、それぞれ別れて観光客を装い、人だかりの中へ。特課のふたりは、賴永さんをマークして、小板橋は西方をマークする。
特課は、まだ西方 早月の妻が死亡したことを知らない。さらに、娘が賴永に指示していることは、捜査一課も特課、どちらも知らない。特課としては、両方の名前を知っているが、名字が異なるため、父と娘の関係には気付いていなかった。まだこのときは……。
2019年6月22日、午後9時。富山県富山市にある富山きときと空港。2013年、富山空港の開港50周年と置県130年を迎える記念事業の1つとして、その前年となる2012年11月にその愛称が決まったそうだ。”きときと”とは、富山弁で新鮮という意味であり、空港の愛称に方言を採用したのは全国で初だった。また、全国で唯一ここだけが河川敷にある空港である。
賴永さんは、自宅には帰らず、富山きときと空港の最寄りである富山蒼穹ホテルへと入っていった。チェックインを遠目から確認し、悠夏と鐃警はホテル側に宿泊客に関して訊いたが、お答えできないと拒否されてしまった。ホテルの対応としては、至極当然であるが。
蒼穹ホテルから外に出て、鐃警と悠夏は、このあとについて考える。
「さて、警部。我々はどうしましょうか?」
「出入り口を見張るにしても、夜間は人が少なくて、目立ちそうですし、ホテル側からクレームが来ることも考えられます」
「斜向かいのホテルから見張りますか」
全国展開する蒼穹ホテルの斜向かいにあるのは、同じく全国展開する渋浜ホテル。空港に近いため、ホテルの名称は、渋浜ホテル富山空港となっていた。ロビーに入ると、黒部ダムで別れたはずの小板橋がおり、向こうもこちらに気付いた。
「あれ? お久しぶりです……」
「話は外で聞く」
小板橋がふたりを外へ連れ出すと、
「ここに西方が宿泊している。で、そっちは?」
「賴永さんが、あっちに」
みなまで言わずとも、小板橋は察した。富山蒼穹ホテルに、賴永が宿泊しており、渋浜ホテル富山空港に西方が宿泊している。明け方にでも合流して、飛行機でどこかへ向かうのだろうか。
悠夏はタブレットを取り出して、飛行機のフライトを調べる。
「富山空港からは、東京と札幌が航行してます。あとは、台北やソウル、上海など」
「定期便以外、明日の臨時便は?」
小板橋に臨時便の有無を問われ、悠夏は明日の日付を指定してフライト表を調べる。
「臨時便……。無いですね」
フライトは定期便のみで、他に予定はなさそうだ。空港近くまで移動したことから、飛行機の使用を考えた。しかし、容易に足がつく。
様々な可能性を考えつつ、待機場所を探す。2軒隣の個室居酒屋が開いているようだが、ホテルの出入り口の確認は難しい。他のホテルは、ここから離れたところにあり、先程の2軒に泊まるしかないだろう。その場合、相手に気付かれる危険もある。
どうするか悩んでいると、悠夏のタブレットに通知が届いた。
「倉知副総監から、捜査資料に関する情報が来ました。サーバーに接続して確認してみます」
悠夏はタブレットを操作して、捜査資料を閲覧する。
「河川敷で発生した爆発事件? 被害者は、西方 郁子さん」
「西方?」
小板橋が名字に気付いて、悠夏のタブレットを覗き込む。
「早月さんの奥さんみたいですね」
「ということは……、西方の奥さんが東京で殺害された。一方、夫は賴永さんと黒部ダムで取引をしていた」
小板橋はタブレットから離れて考え込むが、悠夏はさらに重要な情報を言う。
「被害者の娘が鐘 査代子さん。査代子さんって、バイクで賴永さんに受け渡しをしていた人ですかね?」
「1つの家族が、2つの事件に関与している。そういうことか。しかし、2つの事件が繋がらないな」
登場人物の名前と関係性は分かったが、事件の関連は不明だ。強いて言うなら、鐃警が分かっていることではあるが敢えて
「関連性となれば、爆発ってところですか?」
*
富山蒼穹ホテルに宿泊した賴永は、フロントで渡された鍵を右手に持ち、601号室へ向かう。エレベーターで6階まで上がると、廊下に女が立っていた。その女は、エレベーターから降りた賴永に縋るようにして、泣き出した。
賴永は困惑しつつ、今の状態を周りに見られる訳にもいかず、半ば強引に振り払うようにして、601号室へ向かう。解錠して扉を閉めようとすると、女が強引に入り込んできた。
顔を上げると、涙でぐしょぐしょになっている。顔を見て、女がバイクに乗っていた人物であり、同時に電話口の女であることが分かった。査代子は、声を震わせ
「私の……母親が……」
全てを言わずとも、状況を察した。捉えられていた母親が、亡くなったのだろう。彼女に指示を出す人物から聞いたのか、ネットニュースやテレビで知ったのかは分からないが。
「このままだと、私の父も……」
かなりパニックになっているようだ。賴永は冷蔵庫の中を開き、有料の飲み物を取り出す。
「お茶でもジュースでも、飲んで落ち着け」
ペットボトル飲料差し出して渡すと、査代子は呼吸を整える。躊躇無くキャップを開けて、飲んで自分を落ち着かせる。
しばらくして、落ち着きを取り戻すと
「どうして……」
それでも、自分から順序立てて話すことはできなさそうだ。賴永は、ポットで紅茶を淹れて話を聞くことにした。これまで上から指示をされていたが、もはやここまでくると放ってはおけない。
「順番に話してくれないか? 最初の日から」
「でも……」
査代子は警戒するように部屋の周囲を見渡す。
「心配するな。部屋は変えてるし、盗聴の類いはないだろう」
「変えてる?」
「フロントで最初に渡されたのは、逆方向の622号室だった。そこからわざとごねて、無理矢理部屋を変えてもらった」
2回変更すれば、仕掛けのある部屋を回避できるだろうと考えた結果だった。そもそも、全国展開するホテルのため、盗聴器などの仕掛けは設置が難しいと思われるが……。考えすぎかもしれないが。念には念を。部屋を変えたことは、早々に気付かれたかもしれない。それは仕方ない。
「あの日から、家族の生活が急変して……。それまでは、至って普通の、平和な毎日でした」
鐘 査代子は、自分の家族と犯人との邂逅について、語り始めた。
To be continued…
今回、富山空港に関して調べて色々と知ったので、少しばかり本編にて説明してみました。ただ、物語に直接は関係はしないかと。
蒼穹ホテルと渋浜ホテルは、全国展開しているので、今後も登場するのかな。
犯人側の目的や指示系統、関係性といった不明確な部分について、次回から大きく動きそうです。




