第104話 黒部ダム
前回の第103話は、1/10(土)と1/13(水)に加筆修正しました。
都内某所の河川敷で発生した爆破事故について、合同捜査本部が設置された。富山県で事件は発生していないのだが、合同捜査本部となった。指揮は参事官の小渕 創哉警視正が執る。
被害者の身元については、小渕参事官が報告を読み上げる。
「被害女性は、西方 郁子さん。死因は爆風に巻き込まれ、後頭部強打による脳振盪。近くには爆発したと思われるスプレー缶があった。科捜研からの報告で、スプレー缶の破片の飛散状況から試算したところ、スプレー缶だけではなく、爆発物が別に存在した可能性もある。それが現場で発見された電線である。で、今回富山県警との合同捜査になった理由は、2つある。では、まずは順番に現場近辺の聞き込みに関して」
榊原警部は右手を挙げてから、立ち上がる。
「現場近辺には、ホームレスが点々としており、事件発生前、被害女性1人しか見かけなかったと証言しています。電話をしていたという証言もあり、被害者は何者かに誘導されて、あの場所に向かったことも考えられます」
「爆発物を目撃した人はいなかったのか?」
「事件発生前に現場付近を立ち寄った人物は、残念ながら……。あの場所は、近づいてはいけない場所だと、だれもが言っていました。なんでも過去に近づいたホームレスが、遺体で発見されたという噂があるそうです。実際には、そのような事件は発生していません」
次に同じ捜査一課の立川警部が、被害女性の身元について報告する。
「被害者は、富山県内のスーパーにパートで勤めていますが、ここ1週間以上無断欠勤をしていたそうです。店から電話をしても、携帯電話の電源が切られていて、連絡が一切つかなかったそうです。自宅の郵便受けには、1週間分の新聞や郵便が溜まっており、自宅を開けていたようです。ただ、1つ気がかりなことが」
「気がかり?」
「はい。自宅の玄関は、鍵かかかっておらず、部屋が荒らされていました」
「鑑識による捜査は?」
「鑑識による捜査は、現在進行中で、早ければこの捜査会議中に分かるかもしれません。報告を続けます。被害女性には、娘と夫がいます。夫の西方 早月さんは、同じく富山県で町工場に勤めていますが、こちらも一週間前から連絡がつかず、無断欠勤をしているそうです。娘は鐘 査代子さん。結婚して鐘という名字になっています。早月さんと同じく、査代子さんも現在連絡がつかない状態です」
次に拝島鑑識からの現場報告になったが、
「鑑識課から報告します。まず重要なこととして、現場から携帯電話が見つかっておりません」
それを聞いた捜査員がざわつく。目撃証言では、電話をしながら現場に近づいたと言われていた。しかし、事件現場には携帯電話がなかった。
「被害者の携帯電話は、発見されておらず、1週間以上電源が入っていません。これは、被害者家族も同じ状況です」
榊原警部が補足説明として割り込むように
「すみません。被害者家族の携帯電話に関して補足しますと……、キャリアに問い合わせたところ、契約は継続しており、解約は一切していないそうです。以上です」
拝島鑑識は、手元の資料をめくり次の報告へ。
「現場にて使用された爆発物ですが、先日、日本海側で発生した爆発事件と、同型のものが使用されている可能性があります。破片が回収されている点が、気がかりですが……」
「鑑識課で、同型が使用されていると言える、確証があるということか?」
「被害者の衣服に、爆発物の破片が残っており、科捜研に依頼して照合を行いました。偶然同じ部品の残骸だったようで、同型を否定するような結果は出ておらず、同型でも十分考えられます」
鑑識や他の捜査官からも報告が続き、小渕参事官は
「事故の可能性はまだ残っているが、被害者の夫と娘が音信不通というのは非常に気になる。捜査員は、両名を重要参考人として捜索せよ。夫と娘が、被害者を殺害したことも十分に考えられる。それと、長谷警部補。両名が東京に来たかどうかは分かったのか?」
「新幹線と飛行機については、該当なしです」
「車は?」
「自宅に自家用車が残されており、被害者家族が所有する車では移動はできないかと」
「タクシーとバスは?」
「タクシーについては、タクシー会社を順番に当たっており、まだ見つかっていません。バスも同様です。それと、被害者が富山県から移動した形跡もまだ見つかっていません……」
被害者はどうやって東京に来たのだろうか……。
*
富山県中新川郡立山町。立山町には、国内最大級の黒部ダムがある。長野県側から黒部ダムへ向かう道中として、昨年、扇沢駅と黒部ダム駅間を走っていたトロリーバスが廃線となり、今年から電気バスに置き換わった。富山県側から向かう道中は、立山ケーブルカー、高原バス、立山トンネルトロリーバス、立山ロープウェイ、そして黒部ケーブルカーを経由する。これほど乗り継いで到着した黒部ダムで、特課の悠夏と鐃警はある人物の行動を注視していた。
賴永 兼鹿は、周囲の観光客を掻き分け階段を下る。今日は6月22日で、放水量はあまり多くない。黒部ダムは6月26日から10月ごろまで観光放水を行っており、決まった時間帯は毎秒10トン以上の水が放水される。
黒部ダムには展望台が何カ所かあるが、賴永さんが向かった先は、階段を一番下まで降りた展望広場だった。ダムが見える範囲には、観光客が多く、周囲に紛れることが出来たが、そのまま人気の少ない建物の裏へと移動した。
「どうしますか?」
悠夏は、念のため警察であることを悟られないために、敢えて最初に”警部”と呼びかけなかった。
「そうですね……。物陰で怪しげな取り引き現場を目撃して、背後から近づいてくるもう1人の男がいたら、大変ですし……」
「後ろから頭を殴打されて、毒薬を飲まされるかもしれませんね……」
鐃警の発言に乗りつつ、冗談を交えながらも、建物の裏手を覗く。賴永さんと、もう1人男がいた。50代、あるいは60代だろうか。会話の内容はダムの音が大きくて、全く聞こえない。悠夏は、スマホのカメラでそっと写真を撮り、倉知副総監へ写真を送信した。このまま聞こえない取り引きを見ていて、気付かれると危険なため、建物の壁に凭れて、休憩している観光客のフリをする。取り引き現場は10分ほど続き、小板橋 寿光がサイダーを片手にやってきた。
「上でサイダー、売ってたぞ」
もちろん、観光客を装っている演技だ。たぶん。
「名物なんですか?」
「破砕帯の湧き水で作ったサイダーらしい。飲むなら買ってくるぞ?」
「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
悠夏はアルコールが飲めず、炭酸飲料も飲めない。過去に何度か挑戦したが、結局、炭酸飲料の刺激に慣れず、敬遠している。
「今日は放水量が少ないらしい。1週間後とかに来れば、観光放水で迫力があるそうだ」
「そうなんですね。個人的には、階段や移動が多くてクタクタで……」
悠夏は疲れているフリをして、ペットボトルのお茶を飲む。取り引き現場に大きな動きは無いが、長話をしている。悠夏はスマホの画面を確認すると、倉知副総監からメッセージが届いていた。
「確認が異様に早い……」
そう呟きつつ、内容を確認すると写真の男性に関する情報が書かれていた。名前は、西方 早月さん。
To be continued…
富山県だからどこか観光地で話を進めようと考えた結果、黒部ダムへ。
悠夏たちの捜査する事件と一課が捜査する事件、どうやら繋がりそうです。
今回の事件は6話目になりますが、結構続きそうな予感ですね。




