第102話 女性からの電話
少し遡り、6月上旬の晴れた日。賴永 兼鹿は、田畑の草刈りをしていた。自分が手塩にかけた野菜やお米は、選別して道の駅で販売している。もともと、自分の将来について、深くは考えていなかった。親の仕事を継ぎ、今の生活に慣れているし、特段やりたいことは思いつかない。流れに身を任せていた。
草刈りのタイミングとしては、雑草がある程度伸びたときに刈ることで効率がいいことは教えられたが、ちょっとしたことでも目についてしまうと、とことんやってしまう性格から、まだ短い雑草も刈っていた。ご近所さんには、「もっと伸びた後にしたほうがいいよ」とアドバイスされるが、気になってしまうと無視できない。やりきらないと気がすまないのだ。
折りたたみの椅子に腰掛けると、汗をタオルで拭き、水筒に入れたお茶を飲む。体を動かしていると、余計なことを考えずにすみ、賴永にとっては、この時間は嫌いでは無かった。お昼でおにぎりを食べていると、携帯電話が鳴る。7年間ずっと続けて使用している携帯電話。周りのご年配の方も何人かがスマホに変えているが、自分はそもそも機種変を一度もしたことが無い。これで十分だからだ。壊れるまでは、使い続けるだろう。
着信は知らない番号だった。どこからの連絡だろうか? 電話に出ると、女性の声で
「賴永さんですか?」
と、名字で聞かれた。道の駅で販売する商品には、自分の名前と電話番号を書いており、購入者だと思い
「そうです。どうされましたか?」
「道の駅でお野菜を見かけまして」
「それは、ありがとうございます」
やはり、購入者だった。購入者から電話を受けると、商品に関する質問や感想をいただくことがある。例えば、「どんな農薬を使っていますか?」や「他にどんな野菜や果物をされていますか?」とか。珍しいときは、小学生が自由研究のしたいという理由で、畑に行きたいと言われたこともあった。そのときは、大人の人と一緒なら大丈夫ですよと快諾した。自営業で喫茶店をされている方から、地元の食材を使用したいから、是非仕入れたいという話もあった。ただ、嬉しい話だけでは無い。やはり、商品を提供しているからには、クレームもある。クレーム内容は多岐にわたり、こちらが原因ではない理不尽なこともあった。ただ、それは仕方の無いことだと割り切っている。さて、今回はどんな内容だろうか。
「実は、私……知ってるんです」
「何を……でしょうか?」
一体、何の話だろうか。思い当たる節は無いが、意味深な言い方に、思わず身構えた。やってもいないことを言われるのではないかとか、トラブルに巻き込まれるのではないかと。しかし、女性は自分が全く想定していなかったことを話し始めた。
「ご両親の事故ですが……、あれは殺されたんです」
「えっ?」
思わず声が出て立ち上がった。女性の言葉が理解できない。勢いよく立ち上がったため、折りたたみの椅子が後ろに転げた。
「私の両親もその人に狙われていて……。だけど、警察の人はそんなことを信じてくれなくて……」
この人は、自分になにを求めているのだろうか。いや、それよりもあれは事故だった。事件については、地元の新聞にも小さく載って、知っていることは不思議では無い。ただ、何を根拠に殺人だと言い切れるのだろうか。
「同じように事故に見せかけて、犯人が殺そうとしているんです。お願いです。助けてください」
女性は必死に訴えるが、自分に何を? 救いを求めるにしても……
「あの、それなら探偵とか相談相手はいくらでもいると思いますよ? なんで私なんですか?」
「もう相談相手はいます。その結果、人手が必要なんです。ですが……、誰も協力してくれなくて……」
協力者が現れないのは、当然だろう。殺人鬼を相手にするからには、それ相応のリスクがある。知り合いもしくは、他人の両親を救うために、自らの命を危険に晒してまで協力できる人が、この世に何人いるだろうか。さらに、殺人鬼に狙われるのは、協力した本人の知り合いや親戚にまで及ぶ危険もある。よほど正義感の強い人物か、そこまで考えが及んでいない人物だろうか。
「非常に申し上げにくいんですが……」
自分は断るつもりだ。一種の詐欺ではないかと、強く疑っている。今のところ、信じられることは何一つなく、薄っぺらい話だと言えば、それで終わりだ。
「あなたのお話が、本当かどうかも分からないですし、私の両親は事故ですので」
「助けてくれないんですか?」
「本当に助けが必要なら、警察に頼んでください」
「その警察が助けてくれないんですよ」
電話番号と名前を公開しているが故に、困った電話はこれまでにもあった。今回は、少し度が過ぎている。そもそも、農家に何を頼もうとしているのだろうか。一度、詳しい話を聞いてしまうと、断りづらい。ただ、さらに厄介なことがある。
「なんでですか? 犯人を捕まえて、あなたの両親の事件も明らかにしたくないんですか? 私の両親を見殺しにするんですか?」
面倒なことになった。さっさと断って、電話を切るべきだった。終いには、恐れていたことが起こった。
「協力してくれなかったって、SNSで拡散しますよ? あなたの野菜が売れなくなってもいいんですか?」
脅迫だ。脅して協力させようとしている。今の時代、一度炎上すると、その真偽はどうであれ、回復するのは困難である。特に、自営業の場合は。考えられる対応として、名誉毀損で訴えるにもお金がかかるし、勝訴しても一度傷ついたものを回復するには時間もかかるし、完全回復はしないだろう。
「今日21時に、今から言う住所に来てください。証拠を見せます」
女性は有無を言わせず、淡々と住所を喋る。こちらの意見など聞く気もなく、勝手に喋り倒して、そのまま切ってしまった。
その日、無視して言われたところに行かなければ良かったと、酷く後悔した。自分の手を汚すことになるとは……
*
悠夏の持つタブレットに通知が届いた。サイバーセキュリティ課の瀧元くんから資料が送られてきた。封筒を渡したバイクの人物に関する情報だ。Nシステムから、その後を追跡し、コンビニのカメラ映像と思われる画像が添付されており、ヘルメットを外して顔が分かる。短髪の女性で、煙草を購入する際に、店員に言われて、免許証を提示している。未成年と言われても信じるような小顔で、整っていた。
女性の名前は、鐘 査代子。資料には、査代子さんに関する情報が書かれているが、一番気になったのは
「祖父母が事故で亡くなっているそうです」
To be continued…
2020年最後の更新になります。
12月の更新は特にドタバタとしましたが、今年も1年間ありがとうございました。
さて、ほとんど主人公の出る幕のない回でしたが、次回より特課と事件が動くのかなと。
次の回を書いていないので、まだこの先については変わるかもしれないので、断言はできないですが……。
作中ではまだ2019年6月ですが、来年の2021年もよろしくお願いします。




