第100話 あやふやな情報元
前回の第99話は、12/12(土)に加筆修正しました。
都内某所の居酒屋個室で、元捜査一課所属の小板橋 寿光と特課所属の佐倉 悠夏が、事件に関連する話をしていた。
「これから話す内容は、確証や証拠が明確にあるわけではない。状況証拠や推測から導き出したものだ。小型爆弾を仕掛けたのは、石郷岡の傘下と思われる」
「それは、小板橋の推理ですか?」
「情報元とは、警察時代からの付き合いがある。タレコミだな」
小板橋は、情報元について話さないので、悠夏はこれ以上追求はせずに、石郷岡に関して確認する。
「石郷岡って、伊上の事件に関与していた人物でしょうか?」
当時、伊上 彰代の動機になり得る事柄に関与していた人物である。そして、なにより
「あんたがどの人物を想像しているかは分からんが、例の薬品を所持していることは分かっている」
例の薬品とは、怪奇薬品の一種、”廃忘薬”のことである。当時を簡単に振り返ると……
伊上は、石郷岡から自分の父親が事故ではなく殺害されたと、嘘を吹き込まれた。山口県警の捜査結果により、他殺ではなく事故であった。しかし、伊上はそれを信じ込み、犯罪に手を染めた。
「あんたが関わった事件は、石郷岡が暗示をしただけにすぎないだろう……。ヤツは、かなり根が深いところにいる。公安が総力を挙げても、尻尾が掴めない。本名や国籍、性別、年齢。何一つ分かっていない。どこまで本当か分からないが、指示を出しているのは、本人ではなく側近や部下という話もある。表には一度も出ていない。個人情報の1つぐらい、どこかから漏れてもおかしくはないが……」
小板橋はビールをぐびぐびと飲み、忽ちジョッキが空になった。果たして、何杯目だろうか?
「今回の実行犯は、あんたが関わった事件と同じパターンと考えた方がいい。石郷岡との直接的な関係性は無く、嘘を吹き込まれて、犯罪に手を染めている。爆破事件からの捜査は、県警が担当するだろう。こっちはこっちで、別のアプローチをする」
「別のアプローチとは、何でしょう?」
悠夏は話を聞きながら、焼き鳥を箸で串から外し、バラバラにして食べる。小板橋は、その食べ方に何か言いたげそうな顔をしていたが、質問に答える。
「これだよ」
鞄から雑誌を取り出す。2冊を片手で持ち、
「あんた、机の上の、食ってもらってええか?」
雑誌が置けないから、焼き鳥とたこ焼きを食ってスペースを空けるように促された。焼き鳥は残り1本なので、自分のお皿の上に取り、たこ焼きは1個を頬張り、残りをお皿に避ける。思ったより、たこ焼きの中が熱く、冷めていなかった。口の中が火傷しそうで、烏龍茶を流す。
空になったお皿を積み重ね、雑誌を置くスペースを確保。当然ながら、汚れていたテーブルの上は拭いた。
2冊の雑誌は、どちらも出版社が異なる。1冊目は、週刊セグメント。風刺が強く、セグメントプリント加工社が発行していた。既に廃刊になっており、発行会社が破綻している。2冊目は、月刊震霆。霆社が出版している。こちらは現在も続いている。
「こっちのセグメントプリントは、経営破綻で倒産したが、当時働いていた記者が何人か、こっちの霆社で働いている。そのうちの1人から情報提供を受けている。ある人物について」
「それ、情報次第では県警や一課が動けないんですか?」
「情報元があやふやだから、それは無理だな」
「あやふや……なんですか?」
「本当にあやふやなら、情報はもらわないさ」
「……どういうことですか?」
「それ以上は、詮索不要。明日の朝7時。東京駅の敦賀行きに乗る。例の警部も同行すればいい」
そう言って、小板橋は電話番号のメモをテーブルにおいて、席を立つ。
「敦賀行きって、新幹線ですか?」
「そうだ。北陸新幹線な。降りる駅は、当日連絡する」
悠夏はスマホのスケジュールにメモする。てっきり、トイレで席を立つのかと思ったら、小板橋は鞄を手に取り
「あんた、領収書、忘れんようにな」
スマホのスケジュールを入力していたため、状況を把握するのに時間がかかり、
「……えっ、小板橋さん!?」
気付いたときには、小板橋は店を出ていた。これは経費で落ちるのだろうか……。
*
2019年6月20日、午前10時。富山県越中市。
鐃警と悠夏は、小板橋とタクシーで移動している。段々と日本海から離れ、山道を走る。田畑と民家がポツポツと見えてきたあたりで、小板橋がタクシーを止めた。
タクシー代も特課が支払うことになり、タクシーの中で揉めるわけにもいかず、渋々支払った。
「越中市の住所、この辺りだな」
小板橋は、くしゃくしゃのメモをポケットにしまう。おそらく住所が書かれているのだろう。ここに着くまでも、何度か確認していた。その度にポケットに突っ込むため、皺が増えていった。
「たれ込みがあった人物は、この地区に住んでいる男性。名前は、賴永 兼鹿。数年前に、事故で両親を亡くしている。1週間前になって、突然再捜査依頼を県警に出したそうだ。『なんとしてでも再捜査して欲しい』と焦っているようだったと、当時話を聞いた相ノ木警部が言っていた」
「タレコミって、どこ情報ですか?」
事情を知らない鐃警が小板橋に聞くと、
「敏腕記者からの情報、とだけ」
「それで、ここまで来て何を調べるんですか?」
鐃警が捜査内容を聞くと、小板橋は
「なぜ、今になって突然、賴永が再捜査依頼をしたのか。検察や弁護士でもなく、直接担当刑事に直談判した。理由を聞いても、『まさかと思って』としか答えず、具体的な理由は何も言わなかったそうだ。おかしいとは思わないか?」
「確かに、その話だと賴永さんが何らかのキッカケで、事件性を疑いだしたと考えるのが筋ですね」
鐃警も疑うには十分だと考えるが、確証は無い。空振りの可能性もある。
「警部。賴永さんが再捜査依頼を頼み込んだとしても、事件と関わるかどうかは分からないですよ」
「あんたはどう思う? 正直に言って」
悠夏は、小板橋に乗せられるように
「深読みかもしれないですが、気にはなりますよ」
ただそれは、と悠夏が否定する前に、小板橋が「やはり気になるだろ?」と、話を進める。
「今日から、賴永を24時間交代制で監視する。石郷岡に関係する人物の接触を確認する」
ここまで言い切ると言うことは、可能性が高いのだろう。情報源が謎のままだが、現状では警察は動けない。特課は動いているが……
To be continued…
今回でめでたく100話となりました。今後もよろしくお願いします。
100話だから何かしようかと思いつつも、そもそもギリギリに書き上がったので、そんな余裕も無く……。なんとかいつも通りを維持で。
作中に出てきた石郷岡って、本編に数回名前が出ただけの人物ですね。個人的には、もっと名前が出ていたと思っていたんですが、実際は少なかったですね。




