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8話 14日前

「どうしたの急に会いたいだなんて?

いつもあってるじゃん」

美咲のにやけ顔に心臓がドキッとする。


光は美咲を呼び出した。

春には桜が咲き誇る川沿いの公園。

正確には咲き誇っていた。

2年前に最後の桜が枯れて以来、この場所は春でも冬でもまったく同じような景観を保っている。

美咲に真意を伝えるならずっとここにしようと考えていた。

2人は広い公園の片隅ベンチにちょこんと座る。


「うん、でもいつもと違うんだ」


「いつもと違う?」



心臓がより一層ドクドクと動きだす。

喉が渇き、目の前が真っ白になる。

だが、もう覚悟を決めた光にはそんなこと大したことではない。

グッと唾を飲み込み口を開く。


「おれ、美咲のこと好きだ

ずっと好きだったんだ」


美咲は目を丸めて光を見た。

時が止まったような感覚に襲われる。

一呼吸置いて、口から息を吐き出すように笑うと、

「そんなことわかってたことじゃん

私たちずっと好きだったでしょ」

と言った。


「違う。

ずっと美咲に好きって言えなかったんだ」


「うん」


「だから、これが本当の気持ちだ。

俺は美咲のことが大好きだ」


美咲は下を向いてその冷たくなった両手をゴシゴシと擦り合わせる。

光がその横顔をじっと見つめると、そこには確かに微笑みがあった。


「すごく嬉しいよ、光。

私も光のこと大好きだよ」

彼女は光の顔の近くで満面の笑みを浮かべた。


やっと美咲に好きと言うことができた。

肩の荷が下りたように脱力する。


光はずっと怖がっていた。

好きという言葉を使った瞬間、目の前の愛する人間がこのまま消えてしまうのではないかと思っていた。


それは、今まで経験から生み出された無意識の恐怖に近いものだった。

それでも光が愛の言葉を言うことができたのは、恐怖の壁を乗り越えることができたからだ。



ふと父親の顔を思い出した。

父を優しい人だと思いつつも何かいつも他の人とは違うものを見ているような人だと思っていた。


彼は地球で生まれたものは地球で死ぬべきだと考えている。

だから地球に残った。

地球に残って最後をこの目に焼き付けようとした。

母は父が大学時代に知り合った人である。

父の他の人とは違う考えに惹かれた人間なのだから地球に残るのにも反対しなかった。


そんな父と母を光は愛していた。

しかし、時を重ねるごとにその愛に疑問を持つようになったのも事実である。


なぜ自分を産んだのかということ。

これは大きな問題だった。

惑星の人たちが生きることを自分たちで掴み取り、そして生を謳歌しているのに、

かたや自分は何者なんだと思った。

それが光の怒りとなり、結果昨日の出来事へと繋がった。


光は悔しかった。

美咲ともっと一緒にいたかった。

美咲の笑顔をもっとみたかった。




美咲のことが好き。

ずっと美咲と一緒にいたい。

しかし残り数日でどちらも消えて無くなってしまうことが怖い。




気がつくとすでに、昨日父に怒ったことを美咲に打ち明けていた。

こんな話をしようと思っていたわけでもないのに自分の感情がとめどなく溢れ出して制御が効かなくなっていた。




「怖いよ美咲。お前だってそうだろ。 」


美咲は答えるのに少しの時間を開けた。


「そりゃ怖いよ」


そりゃそうだと同意を込めて頷く。


「実はね、私も昔怒ったことがあるの。

お父さんとお母さんに。

なんで私なんか産んだんだって、すごい形相で。

そしたらお母さんなんて言ったと思う?

だってできちゃったんだもん、だって。

馬鹿みたいだよね。こんな地球が終わるって時になんでできちゃったのって話だよね」


「でもね、わたしそれでも嬉しかったんだよ。できちゃったって簡単に言ってるけど。そんな簡単なことでこの18年すごく楽しい経験をしたの。お父さん、お母さんはちょっとバカだけどわたしを愛していることはわかる。

あと光に出会えたのが一番嬉しい。もしも光に出会えてなかったら、私はこの人生何を楽しみに生きてたのかなって本気で思うんだ」


そんなことを言われたのは初めてだった。

心の深い部分からとても熱い気持ちが湧き上がってくる感覚がする。

美咲と話すと心が落ち着いてくる。

しかし今はそんな気持ちじゃなくてもっとそわそわした、それでいてもっと暖かな感情に包み込まれているようだった。


「そりゃ、できちゃったんなら仕方ないよな」


ちょっと笑ってそう答えると、美咲もうつむいてぎこちない笑みを浮かべる。


「そうだよね。」


「私もね。やっぱりね。恨んだよ。親も惑星に行っちゃった人たちも地球も太陽も。

でもね、やっぱりそれでも私はいろんな人に愛されて、それで私もみんなを愛してるんだって気がついたの。

それでね、私はやっぱり光のことが大好きだって、そう思ったの。一緒にいたいなって。この地球がなくなっちゃうまでずっと」


お互いの気持ちは伝わっている。

伝わっているがそれもあと少しで終わりだと考えると怖い。

しかしそれを美咲に言うことはやめた。

なぜならそんなことわかってるはずだから。

美咲とこの地球が終わるまで、その直前までちょっとでも長くいたいと思った。


「美咲、俺たち一緒にいよう。もうこの地球はなくってしまうけど、それでもお前の顔をずっと近くで見ていたい」


「うん」と答える美咲には、やはり自分と一緒の気持ちなんだと思えるような、そんな瞳の中の強い意志のようなものを感じ見ることができた。


「美咲、最後の最後まで、この地球で生きよう」

「最後の最後まで生きて、地球で最後の最後一緒死のう。俺はそうしたい」


「私も光とずっといたい。

この地球がなくなっちゃうまでずっと、たとえあなたとの記憶が全てなくなってしまっても。それでもずっとあなたの近くにいたい。

私はあなたと一緒にいる。この地球の最後の最後まで、あなたの横でそれでずっとずっと」


美咲の泣き顔は見たくなかった。

美咲を悲しませることはしたくなかった。


それでも美咲の泣いてる姿がすごく美しいと思った。

この気持ちをずっとあと数十年持ち続けてそれで一緒に老いて、一緒に抱きしめあって死んで生きたい。


しかし光たちに

そんなことは出来ない。


泣いている美咲を抱きしめて、一緒に泣いた。

すごく辛いことだった。

しかしその時今までで一番繋がっていられるような気持ちになることができた。

それが嬉しかった。


「美咲、いつまでもずっといよう

この地球がなくなっても。俺たちがなくなっても」


そう言って光は美咲を強く抱きしめた。


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