第1話 神出鬼没の冒険者
この世界には2つの大陸が存在し、人族、獣人族、小人族、精霊族、これら4種族が住まうシア大陸。そして魔族、竜族が住まう魔大陸がある。
シア大陸は聖歴3千年を誇る聖都セントレルリを中心とした各国王が領地を持っておりそのまわりに市町村が点々と存在する大陸である。また彼等にはこの世を創造したとされる神【イスティア】を信仰する宗教が古くからあり、そのさほどがイスティア信者であるが中には無宗教も存在している。その筆頭が精霊族である。
一方魔大陸は魔歴1034年の大帝国エヴルヘイムが唯一の国家でありエヴルヘイムは全ての種族が共存し、そのまわりに町村が点々と存在している大陸である。彼等には神は存在しない。彼等にとって神と言うのならばそれはきっと魔大陸を統べる魔皇帝ハイドラその竜であろう。
ーエヴルヘイム帝国冒険者ギルド兼酒場ー
まだ太陽が高いところから地面を照らす時刻。帝国の【冒険者ギルド1F酒場】の一角で、木で作られた丸テーブルに肘をつきながら脚を組んで酒を片手に黄昏れている一人の青年がいた。
その容姿は少年から青年へと成長していく段階のあどけなさを残す顔立ちに、黒曜石の様な美しい黒髪と透き通るような銀色の瞳。眼は少しつり気味であるが顔立ちは整った美青年だ。
彼の名は“ルマ・ステア” Cランクの冒険者だ。どうやら彼は誰かを待っているらしい。
「お待たせ致しました。こちら、ギノーの唐揚げとアニ芋フライです。」
そう言って頭部の猫耳をピョコピョコと動かしながらお辞儀をする店員さん。中々可愛い顔だ。
「ああ、ありがとう」
程よい色合いに揚がった料理たち。ああ、なんて美味しそうなんだ……これは酒の肴にうってつけだろう。
「ルマ〜!ごめん、お待たせぇ〜!へへっ」
そう思い、運ばれてきた料理に手を伸ばしかけていたルマはその手を一旦止めると、声がした方へと顔を向けた。
そこには下に2つに結った深緑色の髪と少し暗めの金色の瞳のおっとりした少女が手を振っていた。
「ああ、ミウリヤか。」
彼女の名前はミウリヤ・ロタリア
その容姿は子供を思わせるが、上に少し伸びる尖った耳から小人族だとわかる。
「もぉ〜なによ、一週間ぶりだってのに相変わらず素っ気ないわね!」
そう言うってふてくされるミウリヤ。子供みたいだな。
「あら、ルマは元々“ああ”じゃない。気にしてたらきりがないわよ!」
その後ろからやってきたのはフワリとした白髪は腰まで伸び、赤い瞳はルビーを思わせる。キリッとした眼をした美人な彼女の名前はメアリー・ハウマズ。彼女の前頭部から突き出る2つの髪と同じ色をしたとんがりは音に反応し、ピョコピョコと動く。そして尾骶骨辺りから伸びるフサフサとした狐の様な尾から彼女が獣人族であることが見受けれるだろう。
「って、ちょっとルマ!あたし達を差し置いて一人で昼間っから楽しそうね!あたし達も混ぜなさいよ〜。うお〜!美味しいそうなもの食べてるじゃない。メアリーあたし達も食べよう!」
「そうね、一仕事したことだし。私達もお邪魔させてもらうわ。」
「ああ」
「おうおう!お前らぁ!揃ってるじゃねえかぁ、俺だけ除け者ってか?つれねえなぁ俺もまぜてくれやあ」
メアリーとミウリヤが席に着いた所で横から声がかけられた。
スキンヘッドで茶色の瞳にがっしりとした体格に焦げ茶色の肌、一見怖そうに見える彼は人族のジャン・トレイヤー。ここの酒場の亭主であり、その顔に似合わず優しい性格の持ち主だ。
「除け者にはしてないさ。入りたいなら入れよ。」
「おうおう!そうこなくっちゃな!邪魔するぜえ」
「なの言ってんのよジャン。水臭いわねぇ!あたし達はパーティメンバーじゃない。わざわざ確認なんて取る必要ないのよ。好きに入りなさいよ〜。」
「ハッハッハ!それもそうだよな。」
そう彼らは全員Cランクの冒険者であり共にクエストを行うパーティメンバーである。
「ん〜!やっぱりギノーって美味しいわねぇ」
と言いハフハフしながら食べるミウリヤ。
「ふふっ、ミウリヤったら可愛いわね。」
「もぉ褒めても何にも出ないわよ?へへっ」
「しかしルマさんよぉ、一週間ぶりじゃねえか。いつも突然現れて突然消えるよな?全く何処言ってんだかぁ?」
ジャンはそう言って俺の顔をニヤニヤと見てきた。大方、的外れな予想でもしているのだろう。全く…。
「俺はこう見えて多忙なんだ。それに俺が詮索される事が嫌いだって知っているだろう?やめてくれ。」
「そうね。ルマが何処へ行くなんていつものことじゃない。ここら一帯の人たちみんな知っていることよ。今更じゃない?」
「神出鬼没の冒険者って言われるくらい有名だもんな!」
ジャンはそう言ってこっちをまた見てきたので、いい加減黙れと言う意味を込めて睨んでやった。
「あ〜、わりぃわりぃ!なぁそう怒るなって!」
「ジャン。アンタが悪いのよ〜。30歳にもなって16歳のいたいけな少年をいじめるなんて、なんて大人気ないかしらぁ〜?」
「グフッ!」
全くだ。ミウリヤの言う通り、いい歳こいて精神年齢はガキのようだ。まあ実際ジャンより俺の方が……まあそんなこと思っても仕方ないだろう。
「ねえ、みんな!ルマもいる事だし。討伐クエストいかない?」
「あら。いいわね!最近採取ばかりだったし、討伐クエスト久しぶりにやりたいわ!」
「皆がそれでいいなら、任せるよ。」
「ええ」
「おう」
「ありがとうみんな!」
「じゃあ食べ終わったら2Fの受付へ行きましょう」
「そうだな!」
ルマ達4人は机の上の料理を片付けるとクエストへ早速向かったのであった。
「あーツッカれたぁ〜!」
「たいしたことなかったな!まあ、下級クラスのゴブリン風情じゃあ当たり前かぁ!もっと強ぇ敵と戦いたいもんだぜ!」
「さあ日も暮れたし帰りましょう」
「そうだな、俺もそろそろ帰らないと」
「ルマァ〜次いつ来るのぉ?また一週間後とかじゃないでしょうねぇ?」
「あらミウリヤ、一週間後じゃなくて一ヶ月後かもしれないわよ?」
「!?ルマ!!そんなに来なかったら許さないんだからぁ!」
「最長一ヶ月来なかった時あったもんな!ハッハッハ!」
「も、もう!メアリーもジャンも縁起でもないこと言わないでよ〜!」
「気が向いたらまたくるさ。」
「絶対きてよ!すぐよ!!」
「ああ。まあ一生の別れじゃないんだ。また会えるさ。」
こうして彼らはそれぞれの帰路へと向かうのであった。
所変わって………
ー魔城エシュルー
暗黒色に不気味に輝気を放ち静かにそびえ立つ城。ここは魔皇帝の住まう魔城エシュルの裏側だ。一見何もない城壁に見える一角に立っている彼は、昼間の呑気な雰囲気とはどこか別の空気を纏っているように感じる。
サクッ
彼が一歩進むとその一角に波動が起こった。彼はそのままその波動の中に入っていった。
波動の内側へ入ると城壁の一角に人が一人通れるくらいの穴が空いていた。彼はその穴通っていきそこを潜り抜けるとそこには草木が生え花が踊るように咲く、美しい庭があった。その庭の真ん中には木で作られた小さな家が一軒立っており彼はそこを更に通り抜け、城内へと繋がっている先程の穴と同じ大きさの穴を通り抜けていった。
抜けた先には机に積み上がる文字の如く、山の様な書類が積み上げられ、壁際には本のぎっしりと詰まった本棚が一面に広がっている。どうやら法務室らしい。
そして真正面には20Mはありそうな存在感のある巨大な扉があり、その方扉、左側には人一人が通れる一般的なサイズの扉がついている。
「……」
疲れたな。思わず法務室にきてしまったが、戻って休むとするか…
コンコンッ
「お仕事中失礼致します。わたくし、エマでございます。料理長より本日大変希少な食材を入手した。是非、陛下に召し上がって頂きたい。とのお話がございまして、こちらへ参ったのですが…如何なさいますか。」
扉の向こうから聴こえてきたのは、メイドの済ました声と、料理の話だった。一々部屋に入って来られると擬態しなければならない、何故ならこの姿を知っている者は城内には存在しないからだ。面倒だな…それに今日は疲れている。ここは断るの一択だろう。すまないな料理長、そして食材俺は寝るぞ。
「料理長に伝えよ。我は疲れている。その珍品とやらはそなたたちで食すが良い。」
「かしこまりました。そのようにお伝え致します。失礼致しました。」
よし、行ったな。さあ我が家に帰るとしよう!
そうして彼は先程来た道へ戻って行った。法務室の裏庭に立つ小さな一軒家。ここが彼の拠点である。
ガチャ バタンッ! ドサリ
帰るなりベッドに仰向けに転がった。
「ふぁぁ〜、あー起きたら書類片付けなきゃ……まず一眠りしよう。」
おやすみ世界。おやすみ俺……
そう、表向きはただの冒険者であるが、彼の真の姿はこのエヴルヘイム帝国を納める魔皇帝だ。彼の名は“ルマステア・ハイドラ・エヴルヘイム” 悠久の時を生きる竜。これはそんな彼の少しばかり非現実的な日常生活を描いた物語なのだ。
ギノー:白身魚。その身はプリッとしており、唐揚げや煮付けに向いている。
アニ芋:煮ても焼いても、揚げても蒸しても美味しい。ごくごく一般的な芋