第八幕 古代図書館の最上階から
流れの緩やかな小川には佳麗な小魚が楚々として泳いでいる。
強烈な一対の太陽の日差しも落ち着き、心地よい風に吹かれながら三人は数百メートル先に見える古代図書館へ向かって足を運んでいた。
「あの建物、しかしちと遠いのう。あれが古代図書館か?」
「はい。キャサリンの時空間移動によって大陸の地形が変わってしまったのでしょう。距離がありますね。」
「フィオナ様!あれが古代……っととと、図書館です。」
「キャサリン。その馬は……。」
「あははっ、一緒に付いてきちゃったみたいー。」
キャサリンがまたがっていたのは、ムドー民族が放牧していた毛むくじゃらの子馬だった。
「あらら、ケーティですか。移動に巻き込まれてしまったのですね。」
「ケーティ?この馬はケーティと言うのか。」
「はい、地上の生物で例えるならば、馬というよりはビクーニャ属のアルパカと同系統の生物でしょう。」
「ケーティ!あなたケーティって言うのね!よろしくねケーティ!」
「キャサリンよ、ケーティは分類の名称じゃ。人間に向かって『あなた人間って言うのね』って言ってるようなもんじゃぞ。」
「そうなんだー。じゃあ名前を付けないとね。うーん、うーん。閃きません!ケーティでいいよねっ!ケーティ!」
ケーティはキャサリンにとても懐いているようだった。
そんな会話をしながら小川に沿って道を進み、古代図書館まで辿り着いた。
見上げるほどの建物の外壁部分まで書物で覆い尽くされ、地面には本の切れ端が散乱していた。
散らかった本の切れ端を拾い集める小柄な生き物がいた。
紫色の羽毛を身にまとった梟だった。
「ケーティとはまた珍しい。遊牧民の方々ですかな。ようこそ古代図書館へ。」
拾い集めた切れ端を手慣れたように束ね、手早く項目ごとに並べ替える。
「なんじゃこのフクロウ。喋れるのか。」
「こないだ来た時はいなかったねー。」
「フクロウは英知の象徴であり、知恵の神の使いとも言われていますからね、ここレムリアでは不思議なことではないでしょう。」
「知恵の神は存じ上げませんが。初めまして、私は名もなき梟。この図書館の司書を務めております。何かお探しですか?」
キャサリンがジャンヌに何やら耳打ちをしている。
(お姉ちゃん、ミネルヴァ様の使いのフクロウさんにそっくりだね。)
(私もそう思いました。後の時代にミネルヴァ様の使いとなるのやもしれませんね。)
「何をこそこそ話しておるのじゃ?金ピカの賢者の石について調べに来たのじゃろう?」
「ふむふむ、賢者の石ですね。ご案内いたしましょう。」
壮大なスケールの階段は幾段にも連なり、吹き抜けの最上階にまでびっしりと本は並んでいた。
そして館内の一角へ案内された。
埃の匂いと古紙の匂いが混ざり、薄暗い空間で様々な生き物が本を手に取り読み耽る様は、何とも異様な雰囲気を醸し出していた。
現代人では解読不能な古代文字が連なる書物を手に取り、ジャンヌはうんうんと頷いた。
片や手の空いた二人は館内を散策し、騒ぎ立てるキャサリンとケーティをよそに、フィオナは一冊の本を手に取った。
「ほう、これは……。……。……。……。」
「フィオナ様ー!何か面白い本見つかりましたかー?」
「うむ、実に興味深い本を見つけたぞ。主には読めぬじゃろうがな。フフッ……。」
「お二人とも、図書館内では静粛にお願いしますね。」
「主が保護者であろう。きちんと監視しておらぬから。」
そう言い残し、フィオナは本を読みながら図書館の最上階へと消えて行った。
ジャンヌたちはアヌビス神の居場所を把握したようで、本の束をそれぞれの本棚に戻しフィオナの後を追った。
フィオナは古代アトランティスの言葉で綴られた書物を熱心に読み進めていた。
なぜ古代アトランティスの言葉を読み解くことができたのか。
プルグヴィンギルの実により能力を開放され、深層心理に眠るアトランティスの血が目覚めたことにほかならなかった。
「ジャンヌよ。」
「何でしょう?フィオナ様。」
「この本の内容、全て欲しいのじゃが。覚えられるか?」
「申し訳ございませんフィオナ様。こちらの文字は私にも読み解くことができかねますので、今すぐこの内容を記憶することは難しいかと思われます。」
「うーむ、どうしたものかのう。」
「お姉ちゃんみたいに借りてきたらどうですかっ?」
「なんじゃと。借りれるのか!古代図書って借りても良いものなのか?じゃがほれ、これ全部じゃ。」
床に並べられた本の束はフィオナの背丈を超えるほどの高さに積まれ、周囲の注目の的になっていた。
その中の一人がフィオナの肩をトンと叩いた。
振り返ると、トカゲの姿をした獣人が立っていた。
「その本が読めるということは、あなたはアトランティス人ですか?」
「ん。リザードマンか。いかにも我は」
「失礼します、この方はレムリアの重鎮フィオナ博士にございます。この古代図書館であらゆる事柄を学んでおられる考古学者様です。ご存知ありませんか?」
「はーい!私たちはその秘書ですっ!」
「フィオナ博士?そうですか……。何か証明できる物はありますか?ないのであれば……。」
「ないのであれば、何だと」
「ございます。」
ジャンヌは空を掴みフランス軍の国旗をかざした。
キャサリンは指を鳴らしフィオナとケーティと共に吹き抜けの宙を舞った。
転落する最中、フィオナが咄嗟に出現させた大鎌の上に着地した。
「ぶわっ、危ないのう。ここが何階だと思っておる。落ちたら死んでしまうぞ。」
「御覧ください、レムリアに伝わる空中浮遊の魔法にございます。もちろん五次元移動も可能です。アトランティスの民には不可能なことでしょう。」
この時代に魔法と呼ばれ始めたものを扱えるのは純粋なレムリア人のみだった。
様々な次元を渡り、様々な人種を受け入れ、ムー大陸と同様に人種のるつぼとされていたレムリア大国での魔法は非常に珍しいことから、周囲から歓声が沸き起こった。
「皆さんお静かに。オホン、失礼いたしました。ではどうぞごゆっくり。」
「う、うむ。こちらこそ何やら失礼したのう。」
(え、これって魔法なのか?)
(わかりません!でも拍手されてます!)
(この時代には理想郷はおろか天界がまだ存在しておりません。五次元移動と回復能力、テレキネシス以外の能力は魔法と呼ばれております。)
「へえ、随分派手にやってるじゃないですか。考古学者さんたち。」
突如目の前に現れたその男は、口を開くことなく直接脳内に語りかけてきた。
そう、純粋なレムリア人には言葉の概念が存在しない。
ジャンヌたちの企ては、この男には全てまるっと筒抜けだったのである。