カール=ハインツという男
ストウハーフェン王国第一王子。それが俺の肩書だ。
父は国王としては素晴らし人だと思う。しかし、父親としてどうかと言われれば、首をかしげるだろう。
母は王妃としても素晴らしい人だとは思わないが、母親としてはもっとふさわしくない人だとも思う。
父は国の繁栄を、母は俺を次期国王にすることだけしか考えていない。
父から寵愛を受ける側室に嫉妬し、仮にも王族の血を引く異母兄弟の弟を虐げる。
弟のリーンハルトは貴族としての教育は受けさせてもらえても、王族としての、次期国王となるための教育はろくに受けさせてもらえていなかった。
母は、自分の自尊心のためだけに俺を国王にしたいのだ。
たとえそれが国の発展を妨げることになったとしても。
俺よりも才能があるものの、その生まれのためだけに国王になることができない哀れな弟。
しかし、あいつのそばには友人がいた。
共に支えあい、時にはぶつかり、意見を言い合える友人が、だ。
「この案件はこのまま進める。意見はあるか?」
「はぁんっ!カール様の意見に反対意見を唱える奴なんておりませんよ!」
自分の発言の後に会議室に広がるのは決まって賛同の声、もしくは沈黙のみだ。
「そうか。ではそのまま進めろ。次の案件を言え。」
俺の周りあるのは、いつも俺の意見におびえる家臣の沈黙か、次期国王たる俺に媚を売る賛同のみだ。
だから、あの男に初めて会った時純粋にうれしかったのだ。
「ジルベスター。貴様、俺のものになれ。」
「……………お断りします。」
はじめは、純粋な興味だった。
あの弟が学園で手に入れたという優秀な騎士。
魔王討伐にも一躍買ったと聞き、興味本位で誘ったが、むべもなく断られた。
表情を一つも動かさず、ただ淡々と断ったのだ。
「ほぉ?この状況でそう言うのか?」
自分よりも身長の高いこいつを逃がさないために、ジルベスターを壁際に追い詰め、その顔の横に腕をついて逃げ出せないようにする。
その様子をいつも俺の後ろをついて歩くピーホッグ公爵子息とブロスカ公爵子息が見ているが、別段いつものことなので気にする必要もないだろう。
「私の何が気に喰わんのだ?あの弟よりもよっぽどいい待遇をしてやろう。」
こういえば、たいていの者たちは俺のそばについたし、そうでなくとも少しくらいは悩むそぶりを見せるといういうものだ。
しかし、帰ってきたのは思いもよらない言葉だった。
「いえ、私はただ妻と子供たちと暮らせればいいので。そのポストは真に望むものにお与えください。」
「………どうしても、俺のものにはならんと、そう言うのか?」
「………私の主は後にも先にも妻一人です。カール=ハインツ様の望むようなことができません。」
その言葉に、思わず眉をしかめる。
それと同時に、そこまで思われるそいつの妻とやらがうらやましくなる。
いや、妻と言ってはいるが、その実こいつが本当に忠誠を誓っているのは俺の弟なのではないのか?
だとしたら、いったい俺とあいつとの違いは何なのだ。
俺の周りにいるのは、俺を持ち上げ甘い汁を吸おうとするハイエナばかりなのに。
なぜ、あいつはそこまで思ってもらえるような家臣に出会うことができたのだ。
「ふむ………では、例えあの弟が王位継承戦で負けることになっても構わぬと、そう言うのか?」
「むしろ、リーンハルトは王位につくことは望んでいないのでカール=ハインツ様が次期国王でよろしいかと。」
俺の問いに間髪入れずそう返ってきた。
本当にそう思っているのだろうか。
まああの頭のいい弟のことだ。
もし自分が王座を目指したとして起こる諍いを見越して諦めたのだろう。
なんとなく面白くない。
俺さえいなければ、あの頭のいい弟が王になれたのだろうか。
すべてを与えられてきた俺と、すべてを拾ってきた弟。
そんな弟がうらやましかった。
俺が拾い上げたいものはいつだって俺の周りから遠ざけられてきたのだ。
今まではそれもしょうがないと思っていた。
でも今はそうじゃない。
「ふむ。だが俺はお前が欲しい。あの弟が王位に興味があるかないかは別として、お前は必ず俺がいただく。覚悟していろ。」
俺に媚びない面白い男。
初めて自分から欲しいと思った。
たとえこの先王として君臨し、二度と自分の望むものを手に入れることができなくなったとしても、そばにこいつがいれば面白いと思ったのだ。
その時の心底面倒くさそうなジルベスターの顔は俺にとってもいい思い出だ。
だからこそジルベスターの妻のアイリーンに、仲のいい友人だと言われてうれしかったのだ。
地位にも頓着しない。
むしろそれを煩わしいとさえ思っている。
そんなあいつだからこそ、本音で話しあえた。
あいつの妻も地位をあまり気にしない質のようで、俺とジルベスターが一緒にいるのを見ても、ただの友人として扱ってくれる。
それはひどく心地が良かった。
だからこそ、ヘレンのこともあいつに相談しようと思ったのだ。
人目を忍んで平民街へと視察に出掛けた際、曲がり角で俺にぶつかった子供の姉を名乗る女。
確かに、俺自身も真新しことばかりできょろきょろしていたことは認めよう。
だが、少なくとも貴族である俺に対して『あなたの不注意でもあるんですよ!』なんて、そんなことを言うとは思わないだろう?
ぎゅっと弟を守るように抱きしめ、必死に俺から守ろうとする。
きっとこの娘は親の愛情を受けて育ったのだろう。
この世界に悪意など一つもないと思っているんだろう。
でなければ、貴族にいちゃもんをつけられてその純潔を散らされてもおかしくはないぞ。
陽だまりのような家族だと思った。
自分の家族とは似ても似つかない。
広いだけの王宮は冷たく、使用人の他人行儀な所作。
大きなダイニングテーブルで一人とる食事はどこか味気ない。
家族のふれあいなどゼロに等しい。
そんな自分とはきっと正反対の暖かな家族。
そういえばジルの家も貴族としては珍しく家族のふれあいが多かったな。
貴族にしては小さな屋敷に最低限の使用人。
ヴィルもソフィアもきっと人格者に育つだろう。
実際にジルの計らいでヘレンと再会し、彼女の生活を知ったとき、自分の考えは間違っていなかったのだと理解する。
弟や妹たちを愛し愛され、愚直なまでに素直で、愛おしい。
ヘレンと出会ったことで、俺は王族として学ぶことができなかった様々なことを知ったのだ。
家族の暖かさを知った。
孤独の辛さを知った。
失恋の痛みを知り、人に愛してもらえることの尊さを知った。
そのすべてがなんてことはない小さなもので、また壊れやすく儚いものだと知った。
そこまで思い返して、閉じていた目を開く。
「カール=ハインツ様。」
「なんだ。」
自分の従者の声に答える。
「カール=ハインツ様にお会いしたいと、ジルベスター様がお越しです。」
「……………通せ。」
相手がジルならば、体裁を整える必要もないだろう。
あいつはそんなことを気にするようなやつではないのは今までの付き合いからも重々承知だ。
「おい、カール。話がある。」
ほら。仮にもこの国の王太子がソファに沈んでいるのも気にしない。
「ふん。俺様になんのようだ。」
「さっきヘレンに会いに行った。どういうつもりだ。」
きっとそれは昨日ヘレンに別れを告げたことを意味しているのだろう。
「どういうこともんなにも、隣国からこの国の時期王妃になるべく姫が来る。俺の妻になる。姫がこの国につけば大々的に婚約パレードが催される。パレードに出れば否応なしに俺の正体がばれるだろう。その前に、夢は終わらせるべきだ。」
「諦めるのか。」
「諦めるしかあるまい。」
そう、諦めるしかない。
ああ、なのに…………。
なぜこんなにも心臓が痛むのだ………っ。
「カール。涙を流すくらいなら俺の作戦に乗らないか?」




