私が愛した人。
あの日以降、私はカール様をちゃんと見ていないのに嫌っていたことに気が付き、考えを改めた。
よく見てみると、ジルベルトさんはあくあまでカールさんのお付きのスタンスを崩してはおらず、弟や妹の世話をしてくれているのはカール様だった。
そして、私が落ち込んでいるのに気が付いてくれるのも。
「おい!ヘレン!なにを沈んだ顔をしてるんだ!この俺様がいるのにそんな表情をするな!」
「んむっ!!?ちょっと!カールさん!頬っぺた挟まないでください!」
「ふんっ!貴様はちょっとむくれてるくらいのほうがいい。」
仕事でミスをして落ち込んでいるときにはいつも真っ先に気が付いて私を励ましてくれる。
励まし方は乱暴だけど、その乱暴さに助けられている自分もいる。
彼を知れば知るほどに、ジルベルトさんではなくカールさんに心が惹かれてしまうのだ。
私の頬を挟んで楽しそうにむにむに揉んでくるカールさんの両手の上から手を重ねる。
「私だって女の子なんですから、もっと丁寧に扱ってくださいっ!」
そう言うと、カールさんは目をぱちくりとさせて、それから少し拗ねたように赤みを帯びた顔を背けて私の頬から手を離した。
「……………あの、カールさん?」
私の頬から手を離したカールさんは、代わりにカールさんの手に重ねていた私の手を握っている。
そのまま動かないカールさんに声をかけると、赤らんだ表情でちょっと不機嫌そうに眉根を寄せてこちらを見てくる。
「………………貴様を女扱いしていなかったら、惚れただのなんだのというわけがないだろう。」
「ふぇっ!?あ、ぇ………。そ、そう、ですか………。」」
なんとなく恥ずかしくなり顔を伏せると、手を離されて再び頬を掴まれて上を向かされた。
「ふっ!なんだ、ようやく俺様を好きになったか?」
「は、はぁ!!?そんなことないです!!」
「ふ、ふはっ!!はははっ!!どうかな?…………ヘレン。嫌なら、俺様を殴れ。」
そう言ってカールさんの端正な顔が近づいてくる。
緊張で体が固まり、自由になった手でカールさんの胸にすがった。
カールさんの顔を見ていることができず、ぎゅっと目をつむってカールさんのなすが儘になる。
キスをされる、そう思ってたのに、一向に自分の想像していた感触はない。
「カール、さん?」
沈黙に耐えかねて目を開いてカールさんをうかがいみると、にやりと笑った彼がいる。
「ヘレン、俺様を見ろ。」
「へ?んぅっ!!」
私が目を開いたのを見計らってカールさんは私にキスをした。
何度も何度も、角度を変えて私の唇をついばむ。
「ん、ふっ。」
頬に添えられていた手が離れ、片方は腰を引き寄せてきてカールさんの体とより密着し、もう一方の手は私の頭の後ろに回されてもう逃げられない。
「ヘレン………っ。頼む、嫌なら、早く拒否してくれ………っ!」
「…………嫌じゃ、ない、です。」
不思議と嫌悪感はない。
むしろ、もっともっとと求めている自分がいる。
「ヘレン。お前が、好きだ。」
「私も、カールさんのことが………っ!んぅっ!」
言い切る前に再びキスをされた。
どうして、何も言わせてくれないのか。
ただただカールさんに翻弄されながら、頭の中にはぐるぐると答えの出ない疑問だけが渦巻いていた。
それからも、カールさんは家に来るたびに私を物陰に引っ張ってキスをするようになった。
軽く触れあうだけのキスだが、私に優しく触れる指も、愛をささやく声も、すべてが私の心を惹きつける。
しかし、一度も私から告白だけはさせてくれなかった。
「カールさん…………?」
そんなある日、いつもは昼にくるカールさんが雨の中、夜中に一人で家に来た。
「ど、どうしたんですか!?ジルベルトさんは?一人で来たんですか?」
玄関先で、雨に打たれながら何も言わずにたたずむカールさん腕を取り家の中に招き入れようと引いてみるが、するりと腕は私の手から引き抜かれた。
「カールさん?ど、どうしたんですか?風邪ひきますよ?」
「……………ヘレン。すまない。俺のことは忘れてくれ。」
「え………………?」
「今日は、それだけを言いに来た。」
それだけ言って踵を返すカールさんの腕を掴んで引き留める。
どうしてそんなことを言うのかが理解できない。
「ヘレン…………っ。頼む、泣いてくれるなっ。」
気づけば目から涙が零れ落ちていた。
それをカールさんは指で拭ってくれる。
その指の優しさだけは、普段と変わらない。
「ヘレン、頼む。俺のことを忘れてくれ。」
「むり、ですよぉっ!こんなに、こんなに人を好きにさせておいて!!今更なんで、忘れろなんて、言うんですかっっ!!?」
今更カールさんを忘れることなんてできない。できる気もしない。
「あなたを愛してるんです。」
「…………俺も、お前を愛してる。」
一瞬触れるだけのキスをされる。
雨で冷え切ったカールさんの唇は冷たかった。
「ねえちゃん…………。今日もカール兄ちゃんとジル兄ちゃん来ないの?」
「う、うん………。」
「さみしぃねぇ………。」
「………そう、だね。」
それからカールさんも、ジルベルトさんも本当に家に来なくなった。
妹や弟たちはしょんぼりと目に見えて元気がなくなった。
そんな私たちとは裏腹に、街の中は賑やかだ。
なんでもこの国の王子が隣国のお姫様をお嫁さんにもらうらしい。
あまりにも落ち込む私に、気晴らしにお姫様を迎えるパレードに行くことを勧められ見に来たパレードで、
「カー、ルさん…………?」
隣国のお姫様の隣に並ぶのは、ほかでもないカールさんだった。
「ひどい………。ひどいですよ、カールさん。こんなに好きにさせておいて、」
つっと涙が頬を滑り落ちた。




