想い人に会いに行くそうです。
「ですから!なんども来られても困ります!!」
「なっ!!?この俺様がきてやったのにっ!?」
「カール、そういう態度やめろ。…………悪いな。」
びしっとカールの頭にチョップを叩きこみ先ほどカールに詰め寄られていた女性、ヘレン・ベルガモットに謝罪をする。
「あ、そんな。ジルベルトさんは何も悪くないですよ。」
慌てたように目のまえで手を振り、柔らかい笑顔を浮かべるその少女と、
「~~~~~っっ!!何をするんだ、ジルっ!!!」
俺がチョップしたところを抑え、睨みつけてくるカールの精神的な年齢差に辟易とする。
なんなんだ。
第一王子のくせにやたらと行動やら発言やらが幼くないか?
思わず深いため息を吐いて、カールの首に腕を回して引き寄せる。
「前も言ったが、あくまで低貴族位のお忍びなんだぞ。もっとらしく振舞え。それと、好きなら高圧的な態度はやめろ、この阿呆。」
まあ当たり前なんだが、俺みたいな侯爵、さらには国の第一王子という立場のカールがお忍びとはいえ一人の平民の女性に会うために街におりていると知られるのはまずい。
それでも、俺の嫁と子供をさらった輩を処罰した恩もあるので一緒に城下におりてきている訳なんだが……。
「下位貴族の振る舞いなんてわかるかけがないだろう。」
こいつは立場を理解しているのかと問いただしたいレベルで好き勝手振る舞いやがる。
せっかく考えた偽名も、結局カールが俺をジルと呼んだせいでジルベスターからジルベルトという似たような名前に変えただけになったし、カールに至っては本名を名乗ろうとしたのを必死に止めた次第だ。
このヘレンという少女にあった時も、初っ端から高級レストランに食事に行こうやら、オペラを見ようやら、明らかに少女が気疲れしそうな場所に誘いまくっていた。
その都度頭をぶん殴っているのだが、それでも生まれてからの習慣や価値観は抜けないようで度々やらかしている。
「もう!私は弟達の世話があるって言いましたよね!?それに、いくら騎士団の部下だからと言ってジルベルトさんに負担をかけるような人嫌いです!」
「な!?こ、この俺様がわざわざっ!!?」
「だから態度を改めろっ!!!」
懲りずに地位を笠に着るカールを沈めてから、ヘレン・ベルガモットに向きなおる。
「悪い……。この男は今までまともに人と対等に接する機会がなくてな……。ところでそろそろ仕事の時間じゃなかったか?俺が責任をもってこいつと、お前の弟妹の世話をしよう。」
「いつもすみません……。あの、それでは、弟達をお願いします。」
申し訳なさそうにしながらもパタパタと駆けて行った少女の後ろ姿を見送り、何度目かわからないため息を吐く。
十人姉弟の長女というヘレン・ベルガモットの両親は数年前に事故に巻き込まれ他界しているらしく、ヘレンはたった一人で9人の弟妹を養っている。
裕福ではなく、いつもギリギリの生活を送っている彼女からすれば何の苦労もなくのうのうと生きているように見えるカールは苦手とするタイプの人種なのだろう。
一方のカールは、時期国王として期待を一身に背負って生きてきた。
それ故に家族としての繋がりは希薄らしく、そんな自分とは違い家族同士で絆が強いヘレンに心惹かれたらしい。
「なあ!今日も兄ちゃんたちが遊んでくれんの!?」
たっと駆け寄ってきたヘレン・ベルガモットの弟の一人が俺とカールのズボンのすそをぎゅっと握って期待を込めた瞳で見上げてくる。
「む……。そうだな。どうせヘレンがいないんならやることもないから特別に構ってやってもいいぞ。」
「なんだよー!カール兄ちゃんなんてどうせ姉ちゃんに相手にされてないくせに!!」
「なんだと!?」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人につられて家から一人、また一人とヘレン・ベルガモットの弟妹たちが姿を表した。
「あー!!カール兄ちゃん!!俺とも遊べー!!」
「カールお兄ちゃん、いらっしゃいませ!」
「おい!!貴様ら、俺に登るなっ!!!」
「にいちゃーん!!今日なにするの?」
精神年齢が近いのかヘレンの時とは違いすぐに子供たちに懐かれたカールは今ではもはや子供たちのいいアスレチックになっている。
身長のあるカールの腕に身体にしがみつき登る子供や、鍛えている逞しい腕にぶら下がりキャッキャッと身体を揺らす子供。
見た目は非常にいいので、女の子達からは王子様みたいだと言われてべったり懐かれている。
まあ、本物の王子様なんだがな。
カール自身それを嫌っている様子もなく、利益とか損得勘定を抜きにした純粋な好意をむしろ快く思っているようだ。
口ではぎゃーぎゃー文句を言ったり高圧的なことを言う割には1度も子供を振り払ったこともなく、むしろ好きにさせている。
その気遣いの10分の1でも自分の想い人に発揮できたのなら、と残念な気持ちになる。
「ジルおにいちゃん……、おしっこ……。」
「…………カール。トイレに連れて行ってくる。」
俺のそばに寄ってきてもじもじと服の裾を掴みながらそういう幼子の膀胱を刺激しないようにだき抱えてカールにそういうと、今まで子供とはしゃいでいたカールが動きを止めて他の子供たちを見る。
「む、そうか。おい!貴様らトイレは大丈夫か?少しでも行きたいなら今のうちにさっさとジルと一緒に行ってこい。さもなくば、このあと遊んでり途中で行きたくなっても俺様は知らんぞ!」
「じゃー俺行ってくる!!」
「わたしもーっ!!」
カールの一言で今度は俺の方にわらわらとよってきた子供たちに苦笑いを浮かべながらトイレの方向へと先導していく。
今まで子供たちだけでヘレンがいない時間を過ごしていた時は自分たちの限界を忘れて漏らしたり怪我をすることも少なくなかったらしいが、俺やカールと一緒にいる時はその心配がなくて助かるとヘレンから礼を言われたことがある。
実際にはそういうことに気付くのはいつもカールなのだから、この男が子供たちに向ける一種の愛情は流石としか言いようがないのだが……。
いかんせんヘレン本人に対しての対応が残念すぎてそんなカールのいいところは本人に伝わっていなかったりする。
ほんとにこの気遣いの100分の1でいいからあの少女に向けてさっさとくっつけばいいのに。
というかどうせ子供と遊ぶのなら自分の子供に構ってやりたい。
さっさとくっつけ。
そして俺を家に帰らせろ。
そんなことを思いつつできるだけ表情に出さないように、今日も今日とても保育士に徹することにする。




