従者の記録:ミシェリアの学園生活
ミシェリアが学園に通い始めた。正直もう10年以上そばでミシェリアを見守り続けた俺としてはミシェリアに変な虫がついても嫌なので本当は行ってほしくない。でもミシェリアが学園に行く数日前できるだけ俺と一緒にいたいと言ってくれたのだ。
正直10も年下のミシェリアの一言で一喜一憂する自分が情けないと思うこともあるが、それ以上にミシェリアの我儘とか俺に対する反応とかが可愛くて仕方がない。
俺は従者としてしかミシェリアのそばにいることができないが、少しでもミシェリアが俺を見てくれればいいのにと思う。だからミシェリアにはさりげなく触ったり、俺の気持ちを都度伝えているつもりだったのだが……。
「ちょっとテオ聞いて!!今日ペアを組んだ男子生徒がいたんだけど、その人ずっと自分の婚約者を気にしてたのよ!!素敵じゃない!?」
興奮冷めやらぬ様子で俺にそう言ってきたのだ。興奮からほんのり頬を染めるミシェリアはいつもより子供っぽくて可愛い。
「…お嬢はそういうのが好きなのか?」
「そりゃね!もうあれだけわかりやすく愛してもらえたら幸せだよねー。」
赤く染まった頬に手を当てうっとりそういうミシェリア。…俺も割とわかりやすく愛情を表現しているほうだと思ったのだがまだ足りないのか……。
「あー私もどうせならかっこいい人じゃなくていいからあんな風に愛してほしいなー。」
よし来た任せろ。ミシェリアが俺の愛に答えてくれるなら全力でミシェリアを愛してやろう。
………まあ身分差的に無理があるんだけどな…。
男爵は金で買える地位でもあるから貴族社会の中ではほとんど平民扱いだ。それに比べミシェリアは伯爵家のご令嬢。俺が望んでも届かない人物なのだ。それでも、それでもせめてミシェリアに婚約者ができるまでの間くらい夢を見ていたいんだ。
「そういえばね、今日すごくかっこいい人に会ったんだけど。」
「!?ど、どこで会ったんだ!?」
思わず肩をがっしりつかんで聞いてしまう。
「え?ああ、塔の階段を上るときにね、足を滑らせたのを助けてくれた人がいたのよ。」
「な!?だ、大丈夫だったのか!?」
まさか俺がいないときにそんな危険な状態になっているなんて思っていなかったので怪我がないかくまなくチェックする。
「テオは心配性だなー。助けてもらったから大丈夫だったよー。落ちる私を抱き寄せてくれたんだけどね。」
「だきよせ……。」
「その人がすっごくかっこよかったのよ。」
「かっこいい………。」
まさか、ミシェリアはそいつを好きになってしまったのだろうか…この学園に通っているということは少なくとも俺よりも社会的地位は高い奴だ。もし、もしミシェリアがその男を好きだというのなら、俺はどうしようもなくなる……。だめだ、耐えられない。いっそ捕まえて逃したくなくなってしまう。
「でもね、なんでかドキドキしなかったのよね。なんか既視感っていうの?懐かしい感じはしたんだけど、異性として見れないかんじ?」
思わずほっと息を吐いて安心してしまう。いつの間にか手にこもっていた力を抜いて眉間にしわを寄せるミシェリアの頬を俺の手で包み込む。
「お嬢。何も感じなかったのならもうそいつについて考える必要はないだろ?」
そうだ、異性に見れないなら俺のことを見ればいい。今だけでいいから、俺だけを見ていてほしい。そう思い触れたミシェリアのこちらを向いた顔がみるみる赤く染まっていき、
「も、もう!!テオはすぐそういうことする!!もう子供じゃないんだからやめてよね!ほら、次のクラス行くよ!!」
そういって俺から素早く距離をとり次の講義へと向かう。顔を赤く染めるってことは、少しは脈があるって思ってもいいのだろうか?とほんの少しミシェリアの反応をうれしく思ってしまう。
その後の魔法理論応用学の授業は普通講義室での授業なので授業中は教室のすぐそばでミシェリアを待つ。
先ほどの占星学の時と違いすぐそばでミシェリアを待つことができる。
しかし問題は授業の後におこった、待てども待てどもミシェリアが教室から出てこないのだ。
ひょいと教室の中をのぞいて見ると銀髪の男、マティアス・デュークと何事かを話している。どうやら先ほどの授業の内容のようだが…。
「今日見たところ全く理解できていないでしょう?私が勉強を教えて、」
「お嬢!!」
気づいたときはそう叫んでいた。あのデューク公爵家の子息ともし勉強などしたらきっと二人の距離は近づいてしまう気がして、もう二度とミシェリアの隣を望むことすらできない気がしたのだ。
「お嬢。もう次の講義のお時間ですよ。早くいきましょう。」
次の授業なんてないのについそんな嘘をついてしまう。こんな嘘をついてまでミシェリアのそばにほかの男を寄せ付けたくないのかと自分自身に呆れてしまう。
「わ、わかった!そ、それじゃあマティアス様今日はありがとうございました!」
そういってミシェリアはすぐに会話を切り上げて俺の手を取りかけていく。
あのデューク公爵子息よりも男爵家の五男なんて言うなんの地位もない俺を優先して選んでくれたのがうれしくて思わず笑顔があふれてしまう。
「テオ!次の授業ってなんだっけ?」
しばらく歩いたところでふとミシェリアがそう問いかけてくる。
「何もないよ。お嬢が困っていそうだったから連れ出しただけだ。迷惑だったか?」
つながれたままの手をそっと握りこむ。すると目に見えて焦り始める、というよりは照れているのか?顔を赤く染めるミシェリアが可愛い。
「め、迷惑じゃないけど…。」
「で?何を話してたんだ?」
視線をさまよわせるミシェリアの頬をもう一方の手で固定して俺に視線を向けさせる。
「お嬢。人と話すときは目をちゃんと合わせなさい。」
「あ、う。ごめん…。」
恥ずかしいのか視線をそらそうとしてまた俺に視線を戻し顔を一層赤くする。
「あ、の、さっきの授業で、わからないことがあって、勉強のお話しをしてたの。」
よほど恥ずかしいのか目に涙が溜まっている。初心なミシェリアにはちょっと意地悪が過ぎたのかもしれない。これで嫌われたら本末転倒だと手を放し少し距離をとるとあからさまにほっと意気をついた。
………それはそれで傷つくなぁ。
「…わからないなら俺が教えてやろうか?一応学園にいたときは魔法理論勉強したから基礎知識くらいなら教えられる。」
「っ!お、おねがい、します…。」
少し恥ずかし気にお願いするミシェリアに快く返事をして図書室に移動する。
その後初めて学ぶ魔法理論に対して真摯に取り組むミシェリアを隙あらば褒めて甘やかすと嬉しそうに笑うミシェリアに調子に乗って必要以上に褒めたのだがそのたびにミシェリアがやる気を出してくれて思った以上に勉強ははかどった。
テオさんは常に自分とミシェリアの身分差に悩んでいます。




