閑話:私と婚約者
今回は幼少期編のアイリーン嬢視点です。
私はアイリーン・フュルストと申します。実は私は転生をしたみたいです。
何を馬鹿なとお思いになるかもしれませんが事実です。
なんと私はかつて自分が好きだった同人系乙女ゲームの推しキャラの婚約者に転生したのですが、絶望しかございません。
このゲームは同人ゲームということもあり、王道エンドからネタエンドまで幅広くエンドが取り揃えてあるのですがどのエンドでも私は推しキャラのジルベスター・マーキス様から婚約破棄されてしまいます。
まだヒロインに取られるのは仕方が無いと諦めがつきますが、万が一ヒロインが選択肢を間違うとジル様が男色に走ったり、はたまた女装に芽生えるエンドもあるのです。
一つくらい許嫁とそのままくっつくエンドがあってもいいんじゃないんでしょうか……っ!!
……とはいえ無いものをいつまでも嘆いていても仕方がございません。
せめて私に出来ることはジル様が道を踏み外さぬようにヒロインとの仲を取り持つことです。
悲しいですが仕方ありませんわ……。
原作通り忠実に、ジル様の好みや嗜好を尽く否定してせいぜいわがままを言ってやりますの!
覚悟なさいませ、ジルベスター様!!
そう覚悟したのはつい最近のこと、今日はジルベスター様との婚約のための顔合わせですわ。
「はじめまして。わたくしはアイリーン・フュルストともうしますわ。」
できるだけ偉そうに、いかにも気の強そうなお嬢様を演出するために私付きのメイドのアズーラと練習したドヤ顔を披露します。どやぁ!!
ああでも、ほんとにミニジル様は可愛いですわ!
クリクリとした栗色の瞳も(ダジャレではなくってよ!)、ほんの少しくらい朝焼けのような髪も、あまり動かない表情筋も相まってミステリアスでいて可愛らしいわ!!
これからこの方を否定して物のように扱わなければならないのは心が痛みますが…不肖アイリーン・フュルスト!ジルベスター様の幸せな未来のために必ず嫌われて見せますわ!!
なんて覚悟をしていたのに、
「ジルベスター・マーキスです。アイリーンじょう、僕とけっこんしてください。」
こんな展開予想外ですの!!!!
前回は不覚を取られましたが、今度こそは負けませんわ。
確かゲームのアイリーンは婚約者の立場をいいことにマーキス侯爵家に入り浸りジルベスター様の私物を壊し、奪い、人格を否定していましたの。
そんなひどいこと、と思いますが……ジルベスター様のためだものっ!
「アズーラ!近々マーキス家に行きますわよ!!じゅんびをしてちょうだい!!」
舌っ足らずな声が憎い!いまいち迫力にかけますの。
「うふふ。お嬢様もジルベスター様のことがお気になるようですね。」
「……"も"ってどういうことなの?」
ほんの少しだけ嫌な予感がしますわ。
「本日マーキス家からお手紙が届きまして、どうやら明日ジルベスター様がいらっしゃるそうですよ。」
よかったですねなんて言ってニコニコ笑うアズーラはいつもより楽しそうですの。
やめてください。嬉しくて思わず飛び上がった私をそんな微笑ましいものを見るような目で見ないでぇぇぇええ!!!
昨日は取り乱しましたがよくよく考えてみればホームで戦う分私の方が有利ですわ。
それなのに、
「あなたにプレゼントを持ってきたのだが。」
なんて、
しかも可愛らしいクマのぬいぐるみ。
私が可愛らしいものを好きと知っての攻撃ですか?
思わず素直にお礼を言ってしまいましたわ。
嫌われなきゃいけないのに……。
その上、
「あらあら。随分仲良しねぇ。ジルベスター、お母様はフュルスト夫人とお茶を飲んでますからアイリーン様と2人でお庭でも散歩してらっしゃいな。アイリーン様もよろしいですか?」
「アイリーンじょう、よろしければどうぞ。」
なんて言って手を出す貴方が素敵過ぎて思わず、
「え、あの、おねがいいたします。」
なんて、恥ずかしくて赤くなっているであろう頬にどうか気付かないでと願うばかりですわ。
ジルベスター様に手を引かれ、私の案内でたどり着いた我が家自慢の庭園の東屋でほんの少し息をついた。
なぜかジルベスター様は私をじっと見つめていらっしゃるから少しでも視線を誤魔化したくて、
「ジルベスターさまはなにか好きなものはありますの?」
なんて聞いてしまいました。
公式設定で好きなものも興味引かれるものもないとわかっているのにっ!と後悔したのですが意外にも、
「……しいていうなら春やアーモンドの花は好きだよ。」
と答えてくださりました。
春とアーモンドの花が好きだなんて少し意外ですが、ここはジルベスター様の将来のために否定させていただきますわ!
「ま、まあ!わたくしは春はあまり好きじゃありませんの!春よりも秋の紅葉やダリアの方が華やかですてきですもの!」
言い切った!腰に手を当てドヤ顔を披露する私!
なのに、
「秋は僕の色だからそう言ってもらえるとうれしい。それにあなたの淡い髪には赤やオレンジみたいな華やかな色がにあう。」
「え!?あ、ありがとうございます……。」
ジャブを入れたつもりが思いがけないカウンターをくらってしまった。
しかもゲームでもなかなかお目にかかれない微笑み付きでしたの。
こんなの予想してない!こんな、こんな素敵な笑顔なんて直視できる訳ないじゃないっ!!と視線を彷徨わせるとまた、
「可愛い。」
「はい!?え、あの、じ、ジルベスターさま!!?」
まさかまさかそんなこと言ってもらえるなんて思っていなくて、
「ジルでいいよ。僕もアイリーンって呼ぶから。」
「あう、あ、ありがとう、ございます……ジルさま……。」
続けざまにジルベスター様、改めジル様からの精神攻撃を受けた私は確かにこの時気を抜いておりました。
だからって、
ちゅっ
ジル様の幼いながらに端正な顔が近ずいてきたと思ったら私の唇になにか暖かくしっとりしたものがほんの一瞬触れて離れていく。
ジル様が恥ずかし気に微笑んで手をご自身の口元に当てた瞬間、私はキスをされたのだとやっと理解を致しました。
「っっ!!!?!?」
声にならない声を上げ、唯でさえ赤かった顔を真っ赤に染め上げる以外に何もできるわけがないでしょうっ!!?
後日アズーラに春とアーモンドの花が私の目と髪の色だと指摘され、しばらくベッドの上で悶えたのはジル様には秘密ですっ!!!




