閑話:私とジル様
私はこの日ほど自分の運のなさを呪った日はございませんわ。その日は何の変哲もない普通の日でした、テオドール様とジル様の声を聞くまでは。
「マーキス様。はっきりして頂いてよろしいですか。」
「……なんの話だ。」
そんな声が聞こえてきた時立ち去ればよかったのよ。でも私は思わずもの陰に隠れて立ち聞きなんてはしたない真似を致しました。きっとそんな真似をした私に罰が当たったんですわ。
「……あんたにはフュルスト侯爵令嬢がいるだろ。お嬢を、ミシェリアをどうするつもりなんだ。」
その言葉を聞いて愕然と致しました。だって、それはゲームのイベントと同じセリフだたんですもの。
攻略キャラの1人が別の攻略キャラに嫉妬をするイベント。両方の好感度が高くなければ起こりえない。
そのイベントにジル様がいるということは、
「しらばっくれるな!!侯爵令嬢がいるのにお嬢に気をかけているのは知っている!」
ジル様がミシェリア様と懇意にしている証拠ですわ。
「お嬢を幸せにする気がないなら、これ以上あいつを惑わせるな。」
そう言ってテオドール様は行ってしまわれました。私は思わず手足の力が抜け座り込んでしまう。
カタカタと身体が震えているのがわかります。きっと私はひどい顔をしていることでしょう。きっとジル様がたまたまここにいただけよ。大丈夫、彼は私を愛してくれていると言い聞かせる。早く、早くここを立ち去らないと、そう思うのに身体が鉛のようですわ。何か悪い予感がした。
「ジル?」
ついで聞こえてきたのはリーンハルト王子の声。
「いや、ちょうど君を探していたんだ。……その、ジルは、どう思っているんだい?」
ああなんて酷い。テオドール様だけなら偶然だって思い込めたかもしれないのに……。どうしてこのような事を私が聞かなくてはなりませんの……。
ポロポロと音もなく目から涙がこぼれ落ちる。
「とぼけないでくれ、ミシェリア嬢のことだ。君も少なからずあの子の事を思っているんだろう?」
「……俺には婚約者がいる。」
「アイリーン嬢か……。いや、俺はジルがどのような選択をしても友人であり続けるつもりだよ……。」
私の存在がジル様の思いに枷をつけてしまっている。
頭が正常に動かない。どうすればいい。今ここで出ていってジル様に問いただしてみる?私を愛してほしいとわがままを言ってみる?でもそんなことをして何になるというの。もう既にジル様のお心はミシェリア様に向いているかもしれないのに。
「……とりあえずミシェリアを探すか。」
ああなんて酷いの。私の心はこんなにも貴方を思って悲鳴をあげているのに貴方は私よりもヒロインを選ぶのね。どこかで私が低く呟いた。
そこからはあまり覚えていませんわ。気づいたらミシェリア様を探して、ちょうど女子生徒に囲まれていた彼女がいたから、私が何かを言って、ミシェリア様が何かを言った。
それがなんだったのか、あまりにも曖昧ですけどついカッとなって、
「私のジル様に手を出さないでくださいませ、この泥棒猫っ!!!!」
気づいた時には思いっきりミシェリア様の頬を叩いたあとでしたわ。
ゲームのアイリーンはミシェリア嬢への嫌がらせを原因で婚約を破棄されている。どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう。
顔が青ざめる。正気じゃ無かったなんて言い訳通用しない。ジル様に捨てられる。
ジル様に、
「アイリーン……。」
心臓が凍ったような心地がする。
何かに耐えるようなジル様の声に私はそちらを見ることができません。視界の端でジル様が一歩こちらに踏み出したのを見て思わずその場から逃げてしまいましたの。
まあ次期騎士のジル様に勝てるはずがありませんわよね。
すぐに捕まって転移ですぐ側の教室に飛びましたわ。
そしてすぐに抱きしめられる。まだ、まだ愛されていると嬉しくなってジル様に手をまわそうとしたその時、私を抱きしめるジル様の身体がほんの少し震えているのに気づきましたの。
何を勘違いしていたのかしら。私にはもう、自分から手を伸ばす資格なんてありませんのに……。
「……アイリーン?」
何も答えない私を不審に思ったのかジル様がそっと体を離して私を伺う。ちゃんと、話さないと。せめて最後くらいはジル様の婚約者としてふさわしい態度を取らなければという思いだけが私を突き動かす。
「……先程、ミシェリア様の従者の方やリーンハルト王子とお話なさっていたのを聞きましたわ。ジル様が、ミシェリア様のこと少なからず思っているだなんて気が付きませんでしたわ。」
思わず自嘲的な笑いがこみ上げてくる。ほんとに滑稽ね。
「違う、違うっ!誤解だアイリーンっ!!」
「ごめんなさい。貴方が私の婚約者であるうちに、貴方は私の騎士なのよって言ってみたかったんです。」
「アイリーン、聞いてくれ、誤解だ。俺はアイリーンのことが好きなんだっ!」
こんな私にもまだそんな事を言ってくださるのね。
でも、甘えてはいけませんわ。ジル様は底抜けに優しい方ですもの、いい加減私のわがままから解放して差し上げなくてわなりませんわ。
大丈夫、ずっと昔に決意したじゃない。原作通りに嫌われて、ジル様のためにヒロインとくっつく手助けをするって。大丈夫、私は大丈夫。
「私は大丈夫ですわ。貴方にたくさん思い出も、感情もいただきましたもの。……騎士の誓は、お返しいたしますわ。」
そう言ってジル様から一歩離れる。もう甘えない、甘えてはいけない……。
「アイリーンっ!!!」
私を捕らえようとジル様が手を伸ばす。きっと今離れなければ2度と離してあげられない。そう思いジル様から距離をとる。
一歩、また一歩とジル様から距離をとる。教室の扉に手をかけた私にジル様はまだ呼びかけてくれる。
ああ、本当にとっても優しくて、同じくらいひどい人。離れがたくなるじゃないの……。
「もし、もしね。貴方の卒業パーティーが終わったあとも私を愛していると言ってくださるなら。その時はまた私に誓いをくださいませ。」
そう言って今度こそ教室を後にした。
確かにそう言いましたわ。確かにそう言いましたけれども、まさか本当にパーティーのパートナーをお願いされるとは思っていませんでしたわよ!!?
まるでデビュタントのような白いドレスを身にまといジル様の元に向かいます。ジル様も私と同じように白い騎士服を身にまとっていらっしゃいます。惚れ惚れするくらいかっこいいですわ!!
思わず興奮してしまうほど、本当にかっこいいんですの……。例えそれが私を断罪する為だったとしても……。
「アイリーン・フュルスト。前に来たまえ。」
リーンハルト王子に名前を呼ばれダンスフロアに歩み出す。
「アイリーン。貴女に話がある。」
「……覚悟、しておりますわ。」
覚悟は出来ている。例え貴方に婚約を破棄されたとしても、絶対涙を見せて優しい貴方を困らせたりなんていたしませんわ。最後くらい貴方にふさわしい女性でいたいから……。
そして私は痛いほどの沈黙の中、貴方の言葉を待ちますの。
ジル様が甘いのはアイリーンに対してだけだってことにアイリーンは気づいてませんね。
もしミシェリアとかがわがまま言ったり煩わせたりしたらジル様は確実に威圧するか頭ペシって叩いて「甘えんな。」って言います。




