攻略キャラに会いました。
俺がアイリーンに誓を捧げてからはツンデレアイリーンはなりを潜めている。休み時間の度に呼び出されることもなくなり少し寂しい。
あの日アイリーンの瞳に浮かんだ不安の色は今もゆらゆらとそこにあり続けている。
何をそこまで悩んでいるのか未だにわからないが、いつか彼女が頼ってくれた時にちゃんと役に立てるように今まで以上に勉強に打ち込んだ。
いけ好かない占星学の授業も、だ……。
この日俺はマティアスに勧められた魔法理論の本を読みに図書館に来ていた。リーンハルトとマティアスは一緒に来たがったが置いてきた。あの二人がいると周りに女子が集まってきて集中出来ない。まるで誘蛾灯のようなやつらだな。
最近はアイリーンのことでずっと悩んでいるからこういうくだらないことを考える余裕が無かったがあの二人のおかげで大分心に余裕を持つことができるようになったことだけは感謝したい。
そう思いながら今日も図書館2階の資料室前にある机に向かう。いつでも一定の生徒で賑わう図書館の中でここだけはいつも人気がない。
しかし今日は珍しくこの不人気なスペースに先客がいた。
長い黒髪で顔を隠した少年がひとり魔導書を読んでいる。
この少年は学園で知らぬものがいないほど有名な人物である。悪い意味で、だが。元々この国には黒い髪を持つ者はまれで、いたとしても魔族の取り替え子だと忌み嫌われてしまう。実際はそんな事実は存在せず、ただ強い魔力を有する者にのみ現れる特徴で、魔術適合率の高い証である。
この学園でその色を持つのはただ1人、ギデオン・バイカウント。現筆頭王宮魔道士を養父に持つ黒髪赤眼の稀代の天才、そしてこのゲームの攻略キャラのひとりだ。
「な、なんだ貴様はっ!!ここで何をしているっ!」
ついじっくりと観察していると気づかれた。ギデオンは眉を吊り上げこちらを睨めつける。
「仮にも上級生にその言い様はないだろ。ここに来たのは騒がしい生徒がいないからだ。」
攻略キャラの中で唯一年下のこいつは今年入学したばかりの一年生だ。しかし幼い頃からその特異な見た目で迫害され、優れすぎた頭脳のせいでやっかみを受けていたこいつは人に対して臆病なのだ。それを隠すために必要以上に高圧的な態度を取るのだが、1度踏み込んでしまえば言葉遣いこそ荒いものの深い愛情を見せるツンデレキャラだった。
俺は密かにハリネズミボーイと読んでいた。
あとツンデレキャラはアイリーンで十分だ。むしろそっちの方がいい。
俺に何か言おうと口を開いたのを無視してハリネズミの斜め前の定位置を陣取る。
「な、おい!何勝手に座ってるんだ!」
「図書館はすべての生徒に平等に使う権利がある。」
「ぼ、僕が先に使っていた!」
「お前の席はとってないだろ。騒ぐなら出ていけ、そうじゃなきゃ黙って続けろ。」
そう言って開いたままハリネズミの席に置いてある分厚い魔導書を指さす。
ハリネズミは俺の反応が以外だったのか口ごもりしばらく迷ったあと大人しく席についた。
「俺が、気持ち悪くないのか…?」
不意にそう聞いてきたハリネズミは背中の針をふよふよさせこちらを伺う、ように警戒しながらこちらを見ている。
「……動物は自分よりも圧倒的な力を持つものを本能的に怖がる。」
今のお前みたいにな。俺の精神力を見習うといいぞ。
「それに黒い髪は魔力の強い証っていうだけだろう。危険思想を持っているならまだしもバイカウント筆頭魔道士を尊敬しているお前がそんな思想持っているとは思えんな。」
そう言うとギデオンは今度こそ黙って魔導書を読み進める。ぱたぱたと魔導書に落ちる水滴は気付かないふりをしてやるのが定石だろう。だが、
「おいこら、涙で本がダメになるだろう。」
この世界で紙は高級品なのでそんなお約束は破らせてもらうっ!
濡らすなら紙じゃなくてこっちにしておけとハンカチを渡したらダムが決壊した。
ヤセイ ノ ハリネズミ ニ ナツカレタ!




