雨宿りしました。
最近の俺はすこぶる機嫌が悪い。
理由はわかっている。あの占星学の講義以来アイリーンの様子がおかしいからだ。ただおかしいだけなら俺もそこまで気にしないのだが、いつも何か言いたげにこちらを見るくせに、目が合うと泣きそうな顔で顔を背けるのだ。
そして最近はそうでもなかったのにまた俺の好みの否定や行動の制限を始めた。……まるで原作に出てくる"アイリーン・フュルスト"のように。
その度に抱きしめて愛を囁くのだがここ数日はそれも拒否される。
正直、アイリーンが何に悩んでいるのか本当にわからない。
俺を頼ってくれればいいのに、そうしたらアイリーンを煩わせるもの全て俺が取り除いてやるのに。
アイリーンに、ではなくアイリーンに頼ってもらえない自分が心底嫌になる。
こんな思考をできるだけ振り払おうと中庭でひたすら鍛錬を続ける。
剣を振り、体を動かし、筋肉を酷使すればほんの少し、そんな陰鬱とした気が晴れる気がするのだ。
無心になって剣を振っていたからかいつの間にか雨が降っていたのにも気が付かなかった。
「何をやっているんだ、俺は……。」
「いや、ほんとに何やってんのよ!!!」
「は?」
「こんなに濡れるまで気づかなかったの!?風邪ひくよ!!」
よほど思考を飛ばしていたのか声をかけられるまでヒロインが俺のそばに来ていたことに気が付かなかった。
廊下から雨の中鍛錬を続ける俺を見て思わず飛び出してきたようで、傘をさしていないヒロインも俺と同じ濡れ鼠になっている。
「ほら!とりあえずそこの東屋行くよ!!」
ヒロインは俺の腕を強引に引っ張り、そばにある東屋に入る。
普段は生徒達が簡単なお茶会ができるように整えられた東屋には長椅子とテーブルがあり、そこには俺が鍛錬の前に置いていた荷物がある。
「こんな雨の日に何やってるのよ!いくらジルベスターのスペック高いっていっても風邪ひいちゃうよ!」
濡れた髪をそのままに俺の心配をするヒロインが前世の姉に重なった。
よくよく見るとヒロインの服は濡れて体に張り付いて冷たくなっており寒そうに見える。
「とりあえずこれでも着ておけ。」
そう言って鍛錬の邪魔になるからと脱いで東屋に置いていたジャケットを渡す。
「え、でも貴方だって濡れてるじゃない。」
「俺よりあなたの方が貧弱そうだからな。」
「あ、ありが、とう……。」
今までの気の強さはどこに行ったのか急にしおらしくなったヒロインが面白くて思わず笑ってしまう。
「っ!!あ、あなた笑えるんですね。ふ、普段から笑っていた方がいいと思いますよ。」
「俺が笑うのを嫌がるやつがいるからな。」
「それって、アイリーンさんの、ことですか?その、変な事聞くけど、無理やりとかじゃない、よね?」
「無理矢理じゃないよ。俺がアイリーンを好きだから、できるだけ彼女のために動きたいだけ。」
そう言うと彼女はびっくりした顔をしたあとに、よかったねと小さく笑った。
「ところで、ゲームのヒロインになった気分はどうなんだ?」
「……え、?」
あえてとびっきりの笑顔でそう質問してやると面白いくらいに顔をひきつらせる。原作ではこの雨宿りのスチルイベントでジルベスターは自ら自分の行動がアイリーンによって無理矢理制限されていることを語るのに、このオレンジは誰とも言っていないのに真っ先にアイリーンの名前を出した。しかも強制されていないかまで聞いてきたのだ。普通に考えて仮にも婚約者が相手の行動を無理矢理制限しているなんて考えないだろ。事実学園のほかの生徒達は俺のことをただの無口で堅物な男だと思っている。
それにこのオレンジはゲームのセリフのところだけどもる。どんなに普通の会話でもそれがゲームに出てくる内容なら緊張した面持ちで、少し恥の混ざった顔で喋るのだ。直前まで淀みなく話していたのに、原作と同じ展開になったとたん片言になるのは正直言ってかなり不自然な態度だ。
それにスペックなんて言葉を英語がないこの世界で知っているなんてありえない、転生者以外は。まあ、それでも確率的には微妙だったが、カマをかけてみたら見事に引っかかった。
「ああそれと、セリフと地の言葉遣いは統一した方がいいぞ?」
とりあえず、話し合いの結果オレンジのバッドエンド回避を手伝う代わりに、アイリーンと俺が一緒に居続けられるように手助けする同盟を組むことにした。
「協力してくれないか?」
「断ったら…?」
「まあバッドエンドに進みたいならそれでもいいと思うぞ。」
「き、協力しますっ!!」




