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第一章 堕天使の誘惑 【2】

 翌朝、村長に案内されて、シェリイはそのほこらとやらに向かった。

 霧の立ち込める、実に寒さの染みる朝だ。まだ氷が張るほどではないにしても、寒いものは寒いのだからどうしようもない。

 持ってきた分厚い外套を羽織ってきて本当に良かった、とシェリイは思った。

 

 村は、どこにでもあるような一般的なつくりで、集落と畑が分かれて、近くに流れる川には水車小屋と、鍛冶場がある。ほこらは、そんな村の中でも、畑の隅っこにぽつん、と立っていた。白い石で作られていて、風雨にさらされたためか、かなり削れている。

 形は巨大な石の上に、小さな石碑が突っ立っていて、だれがやっているのか不明だが、花が添えられている。

「あれです」

 言われなくてもすぐに分かったが、村長がそう言ったので、シェリイは頷いた。


 沈黙が舞い降りて、シェリイは誰にも分からないくらい小さく、眉をひそめた。


 誰も動かない。

 よほど恐ろしいのだろう。

 仕方なく、シェリイはひとり、ほこらに近づく。一歩、また一歩と近づいて行くごとに、邪気のようなものが肌にびしびし伝わってくる。

 これは……すごい。

 はたして、自分などにこのほこらの中に封じられたものを消すことなどできるだろうか。

 

 ずっと、すべては努力であがなえると思っていた頃なら別だけれど、今は、自分の実力が、中の上程度であることは痛いほど分かっている。

 それでも、父の面影を追って、ずっと戦ってきた。

 父は、優れた悪魔祓い士だった。

 その上、見眼よく人望にも篤いひとだった。


 でも、死んだ。


 戦いでの傷がもとで。彼は最後に、シェリイに言ったのだ。自分たちの故郷を滅ぼした者たちに、負けてはならないと。

 だから、シェリイはいま、ここにいる。


 すっ、と手をのばして、石に触れる。

 後ろから、村人たちのどよめきが起こった。祈りの声も交じっている。なんとかしなければならない。彼らの生活に、安定と安心をもたらすことこそ、自分の使命なのだ。

 

 風が突然吹いて、足もとから、赤黒い霧が発生する。

 それを見て、シェリイは絶句した。


 堕天使!


 とてもではないが、かなう相手ではない。

 一旦本部に戻って、グライナス師クラスの人間を連れてこなければ、到底。

「……くっ、あっ!」

 霧が皮膚に触れて、びりびりとした電撃を放つ。

 

 村人たちのほうを見やると、まるですがるような眼差しがシェリイを貫く。

 どうして、私にはこの程度の力しかないのだろう?


 そう思うと、するり、と甘くて低い声が脳裏に滑り込んできた。

『ならば、我と契約を結べ』

「嫌だ」

『力なら、ここにある。忌まわしくとも、強い力だ。代わりに、お前の魂を差し出せば、一生の間、力を貸してやろう』

「断る」

『強情もいつまでもつかな? 我にとっては、お前など虫けらと同じなのだぞ』

「うるさいっ」

 シェリイは、抵抗の言葉を叫びつつも、少しずつ意識が浸食されているのに気づいていた。まずい、このままでは、飲まれる!

 

 そう、思った時だった。


 額が熱い。どうしようもなく、熱くて、シェリイは叫び声をあげた。

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

『これは……メルヴァリエのっ! ぐぅっ!』

 声が苦しんでいるのが聞こえる。


 シェリイの額から、青白い輝きがあふれて、赤黒い霧とからみあう。


 そして……。


 ほこらが爆発した。

 瞬間、声の魂と、シェリイの魂が砕け散り、周囲を漂っていた光と霧がそれらをからめとって、ひとつにまとめた。


 そうして、シェリイは気を失って、倒れた。

 

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