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第一章 堕天使の誘惑 【1】

 光がたゆたいながら、少女の上をなぞるように流れて消える。

 それを見て、シェリイはうつむけていた顔を上げて、微笑んで、振り返った。

「もう大丈夫ですよ」

 後ろで固唾をのんでいた男女が、不安がまだ微かに残る表情で、じっとシェリイを見る。

 少しして、女性のほうが震えた声で言った。

「本当に……? 娘は、もう」

「はい。完全に、魔を払い落しました。

 しばらくは体力が落ちているので、安静にさせて、少し養生すれば、起き上がれるようになって、元通りに暮らせますよ」

 なるべく穏やかに言うと、女性は泣き崩れた。

「ありがとうございます」

 男性が、眼尻に涙をにじませて言う。

 シェリイは首を横に振った。

「いいえ、仕事ですから。謝礼は、教会のほうにお願いいたします」

「はい」

 男性は頷いた。

 シェリイは、その甘美な瞬間を確かめるように、しばらくそこで寝台に横たわる少女を見つめていたが、やがて、幽かに会釈をすると、その小さな貧しい家を出た。


 仕事は無事に終わった。

 今回は派手な立ち回りをすることのない、ごく普通の仕事だった。

「まあ、たまにはいいか」

 つぶやく。

 シェリイ・スリングは、今年で十六歳になる、小柄で可愛らしい少女だ。

 濃い色の茶色い髪は、自分で切ったのか、断面だけはまっすぐで、後頭部でひとつに結いあげている。体つきは、一言でいえば発育不良、だが顔だちは愛らしく、大きなハシバミ色の瞳がくりくりと輝いている。

 全体的に可愛いのに、なぜか凛々しさが先に来る。

 身にまとっているのは、真黒な修道服。

 そう、シェリイは修道女だった。ただし、ただの修道女ではなく、悪魔祓いを行うところが違っている。

 シェリイは王国教会公認の悪魔祓い師なのである。

 

 周囲の風景が、どこか懐かしさを誘う飴色に染まる。

 もうすぐ夕暮れで、暗くなってしまうだろう。

 季節は冬なので、もうかなり寒い。シェリイは服の前を寄せて、軽く震えると、村のなかでは最も大きな家へと足を向ける。

 そこは村長の家だ。

 基本的に、小さな村では、村長宅が宿屋代わりに使われている。

 中央にある火を焚く居間で、休ませてもらうことができるのだ。

「はぁ、おなかすいたな」

 シェリイはそうボヤいて、足を急がせた。


「いや、本当に助かりました。

 しかし、シスターが悪魔祓いをするのは珍しいですな」

「はい。

 よくそう言われます。けれど、私はもともと力が強く、ランドンの司祭様に見込まれ、今の仕事を始めることができました。

 これも、神のおぼしめしと思い、日々精進しております」

 シェリイはにこやかに答えた。

 夕食の席である。

 大きな暖炉の前に、使い込まれて角の擦り減った巨大なテーブルが置かれている。そこに村長の家族が集まり、食事をはじめていた。

 シェリイは、丁寧にパンをちぎって口に放り込むと、よくかむ。

 やわらかくて、おいしい。

 いつも教会で出されるやたら硬いパンとは大違いだ。というのも、パン種を使っていないせいである。勝手にふくらむのは悪魔の仕業とされ、教会では禁止されているのだ。

 シェリイは久しぶりに暖かくておいしい食事に舌鼓を打ちつつ、会話続けた。

「それは素晴らしい。

 では、その……もうひとつお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「はい?」

「いえね、この村には、百年以上は立つとされる妙なほこらがありまして、そこに悪しきものが封じられているようなのですが、少し前、子供がいたずらで壊してしまいまして、それからというもの、先ほどの娘のような者が後を絶たぬのです」

「というと、それが原因ではないかと、村長様は考えていらっしゃるのですね」

「はい。

 娘たちを直していただいても、原因がアレにあるのなら、また同じことが起こるかもしれないと、心配しているのです。

 是非、調べていただければ、と……ああ、寄進の方ははずませていただきますから」

「分かりました。

 すべての禍根を取り除くためにも、調べてみましょう」

「おお、ありがとうございます」

 村長は目を閉じて、拝むようにシェリイの手を取って、額につけた。

「いいえ、私は神に仕えるものとして、使命を果たしているだけですので」

 そう微笑むと、家族らもため息を漏らす。

 安堵したのだろう。

 

 シェリイは安心したのか、会話に加わり始めた家族らと談笑しつつ、考えていた。

 ほこら、とはなんだろう。

 何が封じられているのだろう。


 脳裏に、最悪の敵が浮かぶ。

 堕天使。

 

 そんなことはないだろう。恐らく、低級より少しランクが上の魔物が封じられているだけだと自分に言い聞かせる。


 それでも、与えられた毛布にくるまり、眠る頃になっても、シェリイの不安は、心に大きな染みをつくって、取れることはなかった。


 

 

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