目覚めの詩・プロローグ
天造の磨礪
プロローグ
漆黒の瞳に、人々の屍が映る。
無感動に、空からそれを見て、落ちぶれたものだと自嘲した。
時はたそがれ時で、夕景の陽ざしに照りつけられた街は、血に染められたように見えた。
「こんなことに、何の意味があるのだ!」
漆黒の髪と翼をもつ、美しい青年が怒りに声を荒げた。
「それを言うな。
命令なのだ。私たちは従うよりほかはない」
隣に舞う、青年よりやや幼い印象の、やはり黒き翼をもつ少年が告げる。
「いや、それはそうだ。
しかし、なぜ私たちは主人のためでなく、あれらのために仕事を、しかも、このような汚れ事を引き受けねばならぬのだ」
「それが、あるじの望んだことだから」
少年は、いっそ冷酷ともいえる表情でいった。
「理由くらい、教えてくれてもよいと、考えることすら、罪だと?」
青年はいきどおる。
しかし少年は、嘲笑うように青年を見つめ、
「そうだよ」
と冷たく言うと、翼をひるがえして、飛び去って行った。
それを見送り、彼は悩んだ。
悩んで、ふたたび城のほうへ足を向けた。
そこに、答えがあることを信じた。信じたかった。
この小国は、どうということもない国だ。いままさに、滅ぼされようとしているくらいに、悪逆なことなどしていない。
ただただ、己を守るために全力を尽くすだけの、真面目な国王が治めていた。
その国王には、幼い息子がいる。その子供から親を奪う? いや、両方殺す。ばかな、この手はそんなことのためにあるのではない。
いや、だが、逆らえないのも事実。
もとに、戻りたくないのも本当だ。
視界に、焼けて崩れ落ち、死屍累々と横たわる兵や、貴族らの死骸が映る。汚い。ひとは死ぬと、なぜ汚いのだ。
そんなことを思いながら、彼は飛ぶ。
やがて、城の中庭だった場所に降り立つと、そこで、悲鳴を聞いた。
「きゃあああっ!」
胡乱な思いで振り向くと、同族たちが、かつては麗しき手で、人々を癒し、救済してきた手が、娘らを嬲っているのが見えた。
彼は、どうしようもない思いを抱いて、立ちすくんだ。
すると、
「こいつ!」
小さくて可愛い声が、足もとから聞こえた。
彼のむき出しの足に、幼い子供が、必死に小さな果物ナイフを突き立てようとしているのが見える。
無駄なことを。
つややかで美しい彼の皮膚は、金属並みに硬くて、強いのだ。
「なにをしている?」
「うわあああぁ!」
必死で手を上下に振るさまが哀れで、彼はかがみこむと、子どもからナイフを取り上げた。
「よせ、お前が傷つくだけだ」
「黙れ!」
子供は、まだなおもがいていた。
ひどく、身なりがいい。
そうか。
彼は察した。この子供は、王の子なのだな。
こんな、幼い子供すら、殺せ、ということなのか。
「放せ! 放せよっ!」
こどもは暴れた。小さな手が、彼の体のいたるところにぶつかるが、傷ついていくのは子供の手のほうだった。
「よせ」
彼は止めようとした。その時。
こどもの額が輝いて、紋章が浮かび上がった。
「これは……」
彼は悟った。
あるじの、思惑を。
しかし、その時には、焼け付くような衝撃が全身を襲い、吹き飛ばされて、宙に舞っていた。
消えるのか……。
ここで。
それもいいだろう。
彼はゆっくりと目を閉じて、落ちゆくにまかせた。