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【掌編】切手のない手紙【ホラー】

なんちゃってホラー。

 大学卒業後、中小企業に勤めて二年。

 一人暮らしを始めて一年目。

 玄関扉の郵便受けに、手紙が届くようになりました。

 その手紙には、切手がありません。

 もちろん消印もなく、封もされていません。

 真っ白な便せんに、小さな角ばった字で、ただ私の借りている部屋番号だけが書かれています。

 中にはいつも写真が一枚。

 それは美味しそうな食べ物であったり、美しい景色であったりします。

 そして写真の裏には写真に写っているものが何か、どう良かったかが言葉少なに書かれています。

 結びはいつも同じ、愛してるの四文字です。

 それらは宛名と同じ小さく角ばった字で書かれています。

 初めはストーカーだと思いました。

 でも、それにしてはこちらを探ろうという意思を感じない、ただ自分が美味しかったもの、美しいと思ったものを送ってくるだけの手紙は、まるでそれを私と共有したいかのように思えました。

 実家暮らしが長く、初めての一人暮らしに寂しさを募らせていた私には、毎日届くその手紙が、いつしか寂しさを紛らわせるものになっていたのかもしれません。

 宛名はいつも部屋番号で、もしかしたら、私の前に住んでいた人へ宛てたものかもしれません。

 私は私の前にこの部屋に住んでいた人を知りませんし、この手紙の差出人も知りません。

 差出人は、この部屋の住人が変わったことを知らないのでしょうか。

 でもそれは少しおかしな話で、私は引っ越してすぐに同じアパートの人に挨拶をしています。

 引っ越してきてから、玄関の鍵を変え、カーテンも変え、窓の鍵も全て変えました。

 切手のない手紙なのだから、差出人が直接この部屋の郵便受けに入れているはずなのです。

 一か月もたたない内に、住んでいる人間が変わったことに気づいてもおかしくありません。

 郵便受けには、毎日手紙が入っています。

 相変わらず、切手も消印も封もない手紙です。

 春、大学の同窓会に呼ばれて、久しぶりに会った友人たちと近況を報告し合う中で、私はふと手紙のことを話しました。

 誰かに話すのは初めてでした。

 友人たちは揃ってストーカーではないか、大丈夫なのかと心配してくれました。

 すっかり手紙に対する危機感を失いかけていた私には、その反応は新鮮な気がしました。

 話を聞いてくれた友人の内の一人が、私にこう言いました。

――玄関にカメラをつけてみたら?

 私は聞き返しました。

――カメラ?

 友人は真剣な顔で言いました。

――カメラ、最近は小さいのもあるし、手紙を入れてる人、確認できるかもしれないよ?

 周囲の友人たちも、それがいいと言いました。

――証拠になるかも。

 隣に座っていた友人が言いました。

 私はその同窓会を一次で抜けて、その帰りに言いだしっぺの友人と一緒に家電量販店に立ち寄りました。

 そして小型のカメラを二つ購入して、友人に玄関横の小窓の格子に隠れるように一つ、郵便受けの中身が見えるように一つ設置してもらいました。

――毎日来てるんだよね? 明日の夜、データを確認しよう。

 一人より誰かと一緒の方がいい。

 そう言って、友人は自宅へ引き上げて行きました。

 私も部屋に入って、その日はそのままシャワーを浴びて寝ました。

 翌朝、昨夜の友人から何もなかったかの確認のメールが来ていて、私はそれに何もないと返しました。

 それからはまたいつも通り。

 朝食を食べて、出社の準備をして、いつもの時間に出て、いつもの電車に乗りました。

 電車に揺られながら、私は少しだけカメラのことが心配になりました。

 今までは何もなかったけれど、誰かが手紙を入れているのを確かめるのは怖い。

 カメラがあることが見つかってしまうのが怖い。

 いろんな不安が胸の中で渦を巻いていました。

 それでもいつも通りに仕事をこなし、定時で退社すると、私は友人にメールを送りました。

 返事はすぐに帰ってきて、私と友人はアパート近くのファミレスで待ち合わせることにしました。

 私がファミレスにつくと、友人が既に席をとっていました。

 そこで夕飯を食べ、二人でアパートへ帰りました。

 念のため人が見ていないかを確認して、友人が昨夜設置したカメラを取り外しました。

 私は玄関の鍵を開けて、いつも通り一番に郵便受けを確認しました。

 そこにはいつもの手紙が入っていました。

 郵便受けのカメラも回収して、私は友人を部屋へ招き入れました。

 ワンルームの真ん中に置かれた丸テーブルの上に、カメラとパソコンと手紙が置かれています。

 私たちはまず、手紙を確認しました。

 白い封筒に、小さな角ばった字で部屋番号が書かれている、いつもの手紙です。

 相変わらず、切手も消印も封もありません。

 中には写真が一枚。

 今日は海の写真でした。

 夕暮れに赤く染まる空と、黒く塗りつぶされた海のコントラストが美しくも少し不気味な写真でした。

 裏にはその写真について、言葉少なに差出人が美しいと感じたことが書いてありました。

 結びも相変わらず、愛してるの四文字です。

 写真や封筒を電気に透かしてみたり、振ったりしてみましたが、他には何もありませんでした。

 それから、私は大学進学時に購入したきりのノートパソコンを出して、USBケーブルでカメラを接続しました。

 操作は友人に任せて、二人でカメラの映像を確認します。

 手紙はいつも、私が仕事に行っている間に郵便受けに入れられていたので、私は今まで手紙がいつごろ投函されていたかも知りませんでした。

 ただ、朝、出社前に郵便受けを確認する時には入っていないので、手紙は私が出社してから帰宅するまでの間に投函されていることはわかっていました。

 倍速で、私が朝玄関を出てからの映像を確認します。

 私たちは無言でパソコンの画面を見つめていました。

 午後四時ごろでしょうか。

 玄関の郵便受けに何かが入れられた音がしました。

 音だけだったのです。

 どれだけ映像を確認しても、玄関前に人の姿はありません。

 巻き戻して何度も見ても、人の影すらないのです。

 友人が持参したノートパソコンに、今度は郵便受けに設置したカメラを接続しました。

 玄関のカメラで音がした時刻の少し前から映像を確認すると、音がした時刻に、郵便受けの中に白い封筒が入ってきたのがわかりました。

 この時刻に、手紙が投函された。

 それは間違いないのですが、その時刻に、私の部屋の前には誰もいないのです。

 私の部屋は三階の角部屋で、郵便受けは玄関扉と一体のものです。

その郵便受けに手紙を入れたのであれば、そもそも玄関を映すように設置したカメラに入れた人間が映らないはずがないのです。

 私は背筋が冷え、顔が強張っていくのを感じました。

 横を見れば、友人も私と同じように顔を強張らせていました。

 カメラに映らない差出人。

 突然郵便受けに入れられる手紙。

 私はその手紙がなんだか突然に気味の悪いものに思えました。

 手紙は全て、お菓子の空き箱の中に保管してありました。

 私はその晩、友人に泊ってもらって、翌日二人で手紙を持って近くの神社に向かいました。

 そこで事情を話し、手紙を処分してもらって、部屋に戻って二人で荷物をまとめました。

 もう一晩、友人には泊ってもらって、その間も手紙は届きました。

 その翌日、私はその部屋から引っ越しました。

 部屋を出る際に、処分後に届いた手紙は不動産屋に渡しました。

 その後、その部屋がどうなったのかは知りません。

 今新しい誰かが住んでいるのか、今も手紙が届いているのか、私は知らないし、知ろうとも思っていません。

 そもそも、なぜ手紙が届いていたのか、どうして手紙が届いたのか、私にはわからないのです。

 ただ、その部屋から引っ越した新しい部屋では、そのような手紙は未だ一通も届いたことはありません。

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