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【未完】ハウス・オブ・ザ・デッド02【ホラー】

続きは現在ありません。

 ロビンソンは食堂でゴブレットを磨いていた。

 今日の来客は五人だった筈なのに、屋敷を訪れたのは二人だった。

 随分と勘の良い人間がいたものだと、ロビンソンは素直に感心した。

 主寝室から、二人と目が合った。

 目が合ったことを、二人も分かっていた。

 一人は怯え、一人は生き残ろうと足掻いた。

 踵を返して、一度も振り返らなかった。

 屋敷の玄関扉を叩いた二人は、シャルロッテが丁重に出迎えた。

 今は厨房で、シェフが自慢の料理の腕を存分に振るっている。

 林からこちらを窺っていた若者は、あの暗がりで誰かに会ったのだろう。

 それが我が家の食いしん坊なベーベなら、彼の行く末は奈落の底かはたまた胃袋か。

 ロビンソンはゴブレットを磨きながら、厨房から漂ってくるディナーの匂いに一つ舌舐めずりをした。

 今日のディナーは大層美味しいに違いない。

*   *   *

 あの悪魔を目撃してから二週間が過ぎた。

 アンディとキャシーとルイは帰ってこなかった。

 捜索隊が組まれたが、何の手がかりもないままだった。

 ハリーとジョシュは正直に全てを話した。

 ハングリーハウスに向かったこと。

 興味本位だったこと。

 アンディとキャシーがハングリーハウスに入ろうとしたこと。

 恐らく、入っただろうこと。

 二人を待つと言ったルイを林に置いてきたこと。

 ハングリーハウスで、悪魔を見たこと。

 ハングリーハウスに行こうと言い出したのはアンディだったけれど、そこだけは誰に尋ねられても答えなかった。

 誰も尋ねなかったけれど。

 アンディとキャシーの両親は、ハングリーハウスに向かって行方不明になったと聞いて、最初から発見されることを諦めているようだった。

 ジョシュは三人の家族に深く謝罪した。

 彼は自分がもっと強く止めていればと責任を感じているようだった。

 ハリーは休暇を終えて、大学近くで借りたアパートメントに戻っていた。

 暫くは消えた三人のことを考えて何も手につかなかったが、あの悪魔を思い出して、きっと三人がもうこの世にいないのだということはわかっていた。

 ルイの遺体が発見されたという知らせを受けて、最初に覚えたのはやはりという気持ちだった。

 きっと、三人はハングリーハウスに食べられてしまったのだ。

 あの悪魔の棲む家に。

 ハリーは大学を休んで、再び実家に戻った。

 ルイの葬儀に参列する為だ。

 ルイは林の中で遺体で発見された。

 胸から下が食いちぎられたかのような傷で切断されており、どれだけ探しても下半身は見つからなかった。

 下半身は見つからないままに、葬儀が執り行われた。

 まだ着なれない喪服に身を包んで、すすり泣く親族をそっと遠目に見る。

 隣には同じく喪服に身を包んだジョシュがいた。

 葬儀は静かに進んだ。

 埋葬が終わり、ハリーはふらふらとした足取りで自分の家に帰った。

 母と二人暮らしの小さな家は冷え切っていた。

 母は仕事でまだ戻らない。

 脱いだジャケットをリビングのソファーに投げかける。

 シャツの襟元を寛げて、キッチンに向かった。

 雑然としたキッチンで、ケトルに水を入れて火にかけた。

 アパートメントでは奮発して買った電気ケトルを使っていたが、実家にないものは仕方がない。

 強火にして沸騰を待つ間、特に何をするでもなくただ立ち尽くしていた。

 助けられる命だった。

 守ることも出来た筈だ。

 それをしなかったのはハリーとジョシュだ。

 ジョシュに手を引かれて、そこに留まることが出来なかったなんて言い訳にもならない。

 ジョシュはハリーを護ってくれる。

 あの時も、護ってくれた。

 ハリーが困っていれば助けてくれるし、危険があればそれを避けるために尽力してくれた。

 昔から、ずっとそうだった。

 家が隣で、家族ぐるみの付き合いがあって、生まれる前からお互いを知っていたと言って憚らない間柄だ。

 物心つく以前から一緒で、子供の狭い世界が徐々に広がりを見せても、一定の距離間で常に傍らにいた。

 遠すぎず、近過ぎない。

 それはとても心地良い距離だった。

 ハリーはずっと、それに甘えていた。

 狭いキッチンにケトルの蓋がカタカタと揺れる音が響いた。

 摘みを捻って火を止め、用意していたカップに湯を注ぐ。

 インスタントの安っぽいコーヒーの香りが周囲に広がった。

 スティックシュガーを一本とミルクを入れて、スプーンでかき混ぜる。

 カップを持ってリビングに戻ると、どかりとソファーに腰を落とした。

 ハリーは漠然とした不安を抱えていた。

 ここはあの場所に近すぎた。

 目蓋の裏に、あの夜見た悪魔の姿が浮かぶ。

 その度に、心臓を掴まれたような落ち着かない心地になる。

 カップの中の黒い液面を眺めて、思考に耽る。

 来客を告げるブザーが鳴り響くまで、ハリーはぼうっとしていた。

「ジョシュ」

 ブザーの音で我に返り、玄関に向かう。

 小さなドアスコープから外を窺えば、そこには見知った顔があった。

 喪服を着たままのジョシュが立っている。

 ハリーは慌てて内鍵を外した。

 しかし、ふと考える。

 ジョシュは何度もハリーの家に来たことがある。

 でも、これまで一度としてブザーを鳴らしたことがあっただろうか。

 ハリーはドアチェーンをしっかりとかけて、もう一度ドアスコープを覗いた。

 喪服のままのジョシュが立っている。

 ハリーは一度深呼吸をして、そっとドアを開けた。

「ハリー、プレゼントだ」

 開けたドアの隙間から腕が伸びて、ハリーの右手を掴んだ。

 爪が食い込んで皮膚が裂けるほど強く握られた腕に、ハリーは痛みと恐怖を感じた。

 耳に届くのはジョシュの声なのに、ジョシュではない。

 ジョシュはハリーを傷つけない。

 そんな確信が、ハリーの中にはあった。

 何もかもがおかしい。

 奥歯ががちがちと鳴って、悲鳴も上手く上げられない。

 そんなハリーに、ジョシュに見える誰かがジョシュの声で囁く。

「ハリー、ハングリーハウスで待ってる」

 それから手が離れて、ハリーは勢い良くドアを閉めた。

 すかさずドアスコープを覗くが、そこにはもう誰もいなかった。

 膝から力が抜けて、その場に崩れるように座り込む。

 掴まれた腕には爪が食い込んだ裂傷の跡と、くっきりとした手形が残されていた。

*   *   *

 ロビンソンはうっすらと笑みを浮かべていた。

 まるで栄光ある過去に舞い戻ったかのように、心が弾んでいる。

 新しい玩具を与えられた子供のような喜びと、心から欲していた傷つけたくないものの類似品を見つけたような仄暗い歓喜が混ざり合って、ロビンソンの笑みを作る。

 印は付けた。

 後は待つだけだった。

 印と印が魅せる夢に導かれて、獲物が用意した網に飛び込んでくる時を待つ。

 時間は長い方が良い。

 待つ時が長ければ長いほど、手に入れた時の喜びが膨らむ。

 泳がせる時間が多ければ多いほど、壊さずに長く楽しめる。

 永遠にも等しい時間の中で、一時と言えども、望みに近いものを好き放題に出来る。

 これはまたとないチャンスだった。

*   *   *

 あの後、ハリーはどうやって自室に戻ったのか覚えていなかった。

 ただ気づけば自分のベッドに寝転がっていて、カーテンの隙間から差し込む朝日に目を瞬いた。

 あれは夢だったのだろうか。

 そう考えてみて、そうではないことを知っていた。

 ハリーの右手には、もう手の跡は残っていなかった。

 ただ爪の食い込んだ裂傷と、渦のような形の痣が浮かんでいるだけだ。

 痣を指先で撫でながら、記憶を手繰る。

 あれは確かにジョシュの声だった。

 姿だって、同じだった。

 それでもあれがジョシュではないとハリーは確信している。

 ならば誰なのか。

 その答えも、ハリーには確信があった。

〈ハリー、プレゼントだ〉

 誰かの声が耳に甦る。

 プレゼントと言った。

 腕を掴まれて、鋭い爪が皮膚に食い込んで、それでも痛みは一過性のものだ。

 あの掌の跡の下に浮かんだ痣、絶対に無関係ではないはずだ。

〈ハリー、ハングリーハウスで待ってる〉

 ハングリーハウス。

 アンディもキャシーも、そしてきっとルイも、あの屋敷に殺された。

 屋敷に棲みついた何かに。

 きっと、昨日のあれはハングリーハウスに棲む何かだ。

 あの時見た、黒髪の悪魔だ。

 悪魔がハリーを待っている。

 ハングリーハウスで。

「ハリー! 起きてる?」

 階下からの母の声に、ハリーは思考の深みに嵌っていた意識を浮上させた。

「起きてる!」

 立ち上がって、カーテンを開ける。

 そこには暫くぶりに見る、変わり映えのない故郷の風景があった。

 階下から母が仕事に出る準備をしているのだろう音が聞こえる。

 まだ早朝と言っていい時間の、冷たい空気が肌を刺す。

 元々ない眠気も完全に消えてしまったようで、ハリーは一つ大きく伸びをした。

「ハリー、おはよう」

 耳に馴染んだ声に、ハリーは身を硬くした。

 窓から頭を出して右隣を見れば、そこには同じように窓から身を乗り出したジョシュがいた。

 寝不足なのか、その顔には若干の疲れが見て取れた。

 暫く不躾に眺めて、不審な点がないかを確認する。

 思い出されるのは昨日のこと。

「ハリー? 俺の顔に何かついてる?」

 何も言わないハリーを不思議そうに見て、ジョシュが言った。

 やはり不審な点は何処にもない。

「あー……隈が酷い、眠れてないの?」

 いつものジョシュだ、と安堵しつつ、ハリーは取り繕ったように尋ねた。

 事実、ジョシュの目の下の隈はとても目立っていた。

 顔色だって、覚えているよりずっと白いように見えて、尚更隈が目立っているようだ。

「ああ、最近夢見が悪いんだ……ハリーはそんなことない?」

「寝不足にはなってないよ、夢ってどんな夢を見るの?」

 ジョシュの問いに否定を返して、再度問いかける。

 するとジョシュは僅かに口元を引き攣らせて、目を見開いた。

 かと思えばそれも一瞬で、目蓋が落ちるとともに彼の整った顔から表情が抜け落ちてしまったようだった。

 それから暫く、二人は何も言わなかった。

 沈黙が二人の距離に横たわり、視線すら交わらない。

 ハリーは途端に不安になった。

 ジョシュは何も言わない。

 夢について、言いたくないのだ。

 長い付き合いから、ハリーにはそれがわかった。

 ジョシュは悪夢について、ハリーに知られたくないと思っている。

 ハリーは、胸の内がざわついて落ち着かなくなった。

 沈黙が長引くほど、不安とざわつきは肥大していく。

 脳裏には一つの可能性。

 それをジョシュ自身に否定して欲しくて、ハリーは口を開くが、何を言えばいいのかわからずにまた閉じた。

 それを数回繰り返して、ジョシュが目を開けた。

 強い視線がハリーを射抜く。

 そして彼の形の良い唇からは、ハリーが最も恐れていることが告げられた。

「ハングリーハウスが、呼んでる」

 ジョシュと見つめあったまま、ハリーは咄嗟に左手で右腕を強く掴んだ。

 あの痣が焼けるような熱を持っていた。

*   *   *

 暗闇の中で、目が覚めた。

 すぐ目の前に、柔らかな壁があるのがわかった。

 指を動かすと、ぱきぱきと間接が軋んだ。

 肩幅にぴったりの、狭い箱の中にいるようだった。

 まるで、棺桶のような。

 箱の中で、少しずつ間接を動かしていく。

 錆びたブリキのロボットに潤滑油を挿すように、少しずつ間接の動きが滑らかになっていく。

 首が動くようになって、途端に視界が開けた。

 明るくなった。

 両手に力を込めて、上体を起こす。

 そこで自分が本当に棺桶の中に寝ていたことを知る。

 棺の蓋が開いている。

 自分が開けたのではない。

 周囲を見回しても、人影はなかった。

 深紅の内布の上に、自分の足が乗っている。

 黒いスラックスに黒い靴下、黒い革靴。

 両手を持ち上げて開いて閉じる。

 黒いジャケットの袖から、真っ白なシャツが覗いている。

 白い手袋がはめられた両手が、開いて閉じられる。

 心の内に芽を出した違和感がむくむくと成長する。

 これは誰の手だ。

 手袋を脱いで、手を二・三ひっくり返す。

 傷一つない、白い手。

 細く長い骨ばった指の先に、少しばかり色の悪い爪が乗っている。

 両手を顔に持っていき、掌で頬を包み込む。

 輪郭を指先で辿って、顎先で折り返して耳に触れる。

 素手に触れる耳にかかるかかからないかの長さの髪は柔らかく、指を通せば癖があるのがわかった。

 前髪を引っ張って、髪の色を見る。

 闇を溶かしたような黒だった。

 それを認めた瞬間、違和感が唐突に正体を晒す。

 これは自分の体ではない。

 自分の手には大きな傷痕がある。

 それは幼い頃、幼馴染によって付けられた。

 自分の肌はこんなにも白くない。

 まるで病人のような白さだった。

 自分の髪は黒くない。

 母親譲りのチョコレートブラウンの髪を、幼馴染は好物のガトーショコラに例えて好きだと言ってくれた。

 これは自分の体ではない。

 では、一体誰の体だろうか。

 首元に触れる。

 シャツは第一ボタンまでしっかり留められており、ネクタイがきっちりと締められている。

 ジャケットの下には黒いベスト、まるで執事のような格好だ。

 ぺたぺたと他人の体に触れていると、ジャケットの内ポケットに四角い何かが入っていることに気づいた。

 指で摘まんで取り出したそれは、鏡だった。

 小さな長方形の、鏡。

 手垢の一つもないぴかぴかの鏡に、誰かの顔が映る。

 黒髪に黒い瞳、見とれてしまう程に整った顔立ちは、確かにあの時、ハングリーハウスで見た悪魔の顔だった。

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