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第一話

トレスモア商会といえば、グレイスローズ王国でも1・2を争う大商社である。周辺国のみならず、遠くの島国とも提携を結んでおり、トレスモア商会が請け負ってくれれば手に入らないものはないとまで言われるほどだ。

リリアナ・トレスモアは会長の末娘。小さい頃から父親について様々な国を訪れた経験によって、現在理解している外国語は5ヶ国語。特に、隣のウォーターダリア王国の言語においてはバイリンガルとも言えるくらい流暢に操る。その実力を買われて、大学卒業とともにウォーターダリア領事館に勤めることになった。職種は秘書で、上司はウォーターダリアから来ている外交官、レオ・キスト。キスト家はウォーターダリアの有名な貴族であるが、さらにグレイスローズ王家の遠い親戚でもあるらしい。しかしレオ自身は気さくな人柄で、少々マイペースではあるが、リリアナにとっては仕事のしやすい良い上司である。


1ヶ月ほど前、リリアナは王弟の結婚式に出席した。レオが招待されたため、その付き添いである。王弟陛下が田舎の貴族の娘に惚れ込んだらしく、国王と議員を説得して結婚にこぎつけたとか。まぁ、国王は少々ブラコンぎみなので2つ返事だったろうから、議員連中をなんとか言い負かしたのだろう。

なかなか暖かくて良い式だったが、王弟妃となった娘の友人にはさすがのリリアナも驚いた。普通の貧しい庶民と思いきや、実は魔女だったのだ。そして、結ばれた2人に魔女の祝福まで与えた。レオも非常に驚いて、リリアナに疑問を投げかけた。

「トレスモアさん、グレイスローズでは、魔女の祝福はあんな風に突然するものなの?」

「そんなわけありません」

祝福自体めったに行われないし、宣言も何もなしにというのは前代未聞だろう。ざっくり切って捨てたリリアナに、いつものごとくレオの柔らかい笑顔が答えた。

リリアナは、歯に衣を着せるということをしない。



それからだろうか、上司のレオの様子が少しおかしい。今まではプライベートに関する質問などはほとんどしてこなかったのに、リリアナに問うのだ。

「トレスモアさんは、結婚したいな、とか思わない?」

「今は思っていません」

リリアナは即答である。最近は、この会話が休憩の合図になっている。というのも、その会話の後、レオが何やら考え込んでしまって仕事の手が止まるので、休憩を取りたいということだとリリアナは解釈している。

もし、レオにどうしたのかと聞いていれば、休憩とは別の答えが返ってきただろう。しかし、残念ながらリリアナは優秀な秘書だったので、上司が考えている間は邪魔をしようとしなかった。

だんまりを決め込んで手が止まるレオを見て、リリアナはお茶を入れるべく席を立った。

備え付けの小さな水場スペースに立ち、お茶の葉を取り出した。それにしても、めったにない王族の結婚の直後だとは言え、なぜ毎回自分に結婚について尋ねるのだろうか。

お茶の入ったカップをレオの机の上にそっと置いた。レオは相変わらず何か考えている。日を追うごとに休憩の時間が少しずつ延びているように思うのは、リリアナの気のせいではないはずだ。なんとか仕事をしてもらわないと、残業はあまりしたくない。

ふと思いついて、リリアナはレオに言ってみた。

「キスト様、何かお悩みがあるのでしたら、魔女のビビ様に相談してみたらいかがですか?」

王弟妃の友人である魔女が、次期筆頭騎士と結婚してそのまま王城に勤めているのは有名な話である。彼女は風の魔法を主として使い、王都の空を飛び回ったりするだけではなく天候をよんだりもしている。そして、占いの腕も定評があり、様々な相談を受け付けているらしいのだ。部下のリリアナには相談できないようだから、それなら専門的に相談を受けている人に頼むのが良いのではないだろうかと思ったのだ。

「その手があるか」

レオは思案顔で頷いた。友人に相談するという手もあるな、とリリアナは後から思ったが、彼の友人の面子を思い出して魔女の方が頼れそうだと結論付けたため口にはしなかった。


魔女にどう助言を貰ったのかは分からないが、一度相談に行ってからは仕事に支障を来すほどに考え込んでしまうことはなくなった。リリアナとしては一安心だ。

代わりに、たまに妙に上機嫌でリリアナを食事に誘うようになった。特に断る理由がないときには城下へ共に食べに行く。街を色々見て回るのも外交官の仕事のうちに入るだろうし、彼について行って色々教えたり、またウォーターダリアとの違いを話しながら歩くのは楽しい。レオからは、プライベートなのだから、と食事に行くときには名前で呼ぶように言われた。彼にリリアナ、と呼ばれるのはくすぐったい気もするが、確かに仕事時間外なのだからそれで良いように思える。

「ダリアとは文化的にかなり似ているので、こういう市場などの雰囲気も似てますね」

リリアナは横を楽しそうに歩くレオに言った。

「そっか、リリアナは僕の国に良く来てたんだっけ?」

「はい、一年の半分くらいはダリアにいました」

『へぇ。それで、ウォーターダリアの言葉もぺらぺらなんだ』

『それもありますが、興味があったのできちんと勉強したんですよ』

会話の途中からウォーターダリアで使われている言語に変わっても全く問題ないくらいだ。隣の国なので、全く違う発音や文法ではないが、微妙に似ているだけに使い分けはなかなか難しいと言われている。

「ですが、それを言うならレオもグレイスローズの言葉がお上手じゃないですか」

「まぁ、僕は外交官になるように、最初から教育されてたからね」

「そうですか」

リリアナの家がいかに金持ちとはいえ、貴族ではないのでそのあたりはよく分からない。しかし、仕事を一緒にしている分には楽しんでいるようなので、本人も後悔などはないのだろう。


そのうち、休憩時間にも名前で呼ばれるようになっていた。

「リリアナ、結婚しようと思ってないの?」

「今は思わないですね」

そしてお茶を入れるために席を立つのだった。



レオが多少立ち直って半月ほど経ったある日、リリアナの父がお見合いの話を持って来た。

「必要ありません」

リビングのソファで食後のお茶を飲み、リリアナはさも興味なさそうに言った。

「いや、そう突っぱねるもんじゃないぞリリアナ」

いつもなら、そうか、とすぐに引き上げるのだが、この日はしつこく食い下がってきた。とにかく会うだけ会ってみなければ、人柄も何も分からないじゃないか、と。

実際それは建前で、結婚適齢期を過ぎつつある娘に好き勝手させるだけでほったらかし、というのは気がひけるらしい。もともと末娘に甘い父親なので、結婚自体を無理強いするつもりはないようだ。それなら、とりあえず出席して娘のために何かしたいという親心を満足させてあげよう、とリリアナは了承した。


お見合いの日。夜の食事会という形で会った相手は、父の知り合いの友人の貴族の息子だという。えらく遠い繋がりもあったもんだ。

「リリアナさん、ご趣味は?」

「今は仕事です」

「そうなんですか。僕は今乗馬に凝ってるんですよ」

「そうですか。健康に良さそうですね」

どうも会話が上滑りしているように感じる。多分、相手も同じように感じているだろう。話を聞くと、彼はその家の1人息子で、伴侶には一緒に領地にいて欲しいらしい。リリアナは今の仕事を誇りに思っているし、辞めるつもりはさらさらない。何よりも、人としてテンポというか、向きが違いすぎる気がする。

とりあえず2人で話してみなさい、と庭園を歩いて話してみたものの、やはり交差する部分がなさそうで。初めて合った意見が

「ていうか、僕たちじゃ無理だよね」

「はい、私もそう思います」

だったのだ。まぁお互い良い人を見つけましょう、と後腐れなく別れ、当然その話は破談となった。


それから、父から何かにつけて「見合い」と言われるようになった。数を打ってなんとか当てようというつもりらしいのだが。

「じゃあ、今の仕事を続けさせてくれて、無愛想な素の私で良いと言ってくれる方がいれば、とりあえず会うことにするわ」

お見合い攻撃をやめさせるために、リリアナが条件を出した。

見た目は小柄で美人だが、言うことが的を射すぎていてキツくなることが多々ある。また、それを男女かまわず言ってのけるので友人も限られているのだ。身をもって知る父親は、黙るしかなかった。とりあえずはリリアナの作戦勝ちだろうか。



「リリアナは結婚したいと思う?」

「今すぐに、とは思ってませんね」

今日も休憩開始。いつものように席を立って、お茶を入れに行こうとしたら、珍しくレオが続けて言葉を投げかけてきた。

「でも、リリアナこの間お見合いしたんでしょ?」

一体この人の情報網はどうなっているのだろうか。お見合いはしたものの、元から内々の話だったので親しい友人でも知らないはずなのだ。

「はい、見合いはしましたが、合意の上破談になりました」

「どうしてまた?」

と問うレオに、リリアナが答えた。

「私は今の仕事を続けたいですし、私生活で無理やりにこやかにするつもりなど毛頭ありません。それを知った上で、私と結婚しようと思う人がそうそういるとは思えません」

少なくとも、愛想のない自分を普通に受け入れてくれる人でなければ共に生活などできるはずがない。そう、例えばレオのように、リリアナが気負うことなくしゃべることを容認してくれる人であれば良いのだが。

(…?今妙な考えが…)

自分の思考に疑問を持ってしまった。ここは1人で考え込むよりは、誰かに聞いてもらったほうが良いだろう。

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