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ドラゴニック・マナ  作者: ボケ封じ
第一章
49/65

覚悟

少し長めにしました。


49話目、宜しくお願い致します。

 「さあ、気を引き締めましょう。相手は吸血鬼(ヴァンパイア)でもう一度二体で来ることが予想されるわよ」


 夕暮れが近付く中船の甲板で一同集まり、ティナが取りまとめる。予想を越える吸血鬼(ヴァンパイア)の復活に、出航前にもう一撃があることを見越して作戦をたてようというのだ。


 「奴等には魔力を必要としない固有能力があるわ。赤毛は直人曰く、空気で自分の像を造り上げる、云わば風のように攻撃を仕掛けてくる。灰毛は影を扱うわ、今の時間からだとこっちの方が厄介ね」


 ランスロットが左腕を擦りながら険しい顔を見せる。と言っても顔の半分は道化師の仮面でわからないのだが。


 「何にしても二体同時ってのは流石に無理じゃないか?」


 直人が窺うように発言すると一同首を縦に振る。それをティナが制する。


 「あらゆる対策をたて、可能なだけの準備を施して、その先をいかれても生きている限りは無理な事なんて無いわ」


 ティナの脳裏をいつかの日のフォルディスがよぎり甘酸っぱい感情が沸き上がろうとするが、今は意識的にそれを振り払う。感傷に浸ってはいられない。


 「手数も欲しいな」


 仮面のランスロットが同意して戦いのプロらしく意見を挙げる。


 「いえ、数ではダメ。私達はそれを嫌と言うほど見せつけられたわ」


 しかし、直ぐにティナが経験から否定し、ランスロットは仮面の下で渋面を作る。


 「戦いには相性があるわ。火魔法に水魔法をぶつけるのと同じく」


 ランスロットには目もくれずティナが作戦を紡ぎ出していく。


 「灰毛の吸血鬼(ヴァンパイア)はどうやらニースに執着があるみたいだから、ニースを前面に、ランスロットが戦闘補佐を行い、アンナの魔法で撃退する。赤毛の目的は直人、あなたなのよね? それなら直人が前面、私の魔法で撃退しましょう。本当なら滅してやりたいところだけど……今は時間がないわ、仮にこのタイミングで襲撃があるならば出航迄の時間稼ぎで今回は充分と思うわ」


 簡単な説明を終え一度皆を見て意見を求めるように間を空けるティナに、白い顔をしたニースに替わって直人が手を挙げた。


 「ニースを前面に立たせるのか?」


 昼間の戦いでニースは生まれて初めて戦闘で怪我をした。傷は治ったとは言え血を流しすぎているし、何より、気丈に見えるが戦いの恐怖は確実に刻まれているはずだ。

 言いながらにまだ健常な血色の戻らないニースを見ればわかる。そんな事はティナの方がよくわかっているはずである。でも、と直人は思ったのだ。


 「そうよ。直人、それにニースも、いいこと? それが戦うと言うことよ。私達には目標がありそれを達成するために集まった仲間であり、冒険者となったわ、国同士のように常に準備を万全にして戦争するのではなく、野党や盗賊、今回のように魔獣めいたモノに常に警戒線を張りながら進んでいく」


 ティナはアンナにも視線を送るが、アンナはどこ吹く風と澄まし顔だ。この14歳のお姫様は肝が据わっている。

 ティナの心配を払いのけたうえに、片手をひらひらさせて話を促す余裕を見せる。


 「とは言え、無用な戦いは避けるべきなのはわかるわね? わざわざ危険を買う必要なんてないわ。でも、今回は違う。避けられない戦いならその時々の最善を尽くさなければならないわ。でなければ私達にあるのは」


 一際鋭い視線を直人に向けてティナが語る。

 何を言わんとしているかは直人にもわかる事だった。それはまだ数日前の記憶として直人にも刻まれているのだから。


 「私は大丈夫だから、それに、私は将来偉大な賢者になって直人を顎で使うんだからこれぐらいなんて事無い」


 直人とティナの間に入って、ムンと両拳を握るニースにそれでも直人は不安そうな顔を向けながら諭すように言う。


 「本当にいいのか? 多分ここが分かれ道だぞ?」


 やっぱり無理だとリリーヤの元に帰っても誰も何も言わないだろう。むしろ皆言わないだけでそうするのが一番だと考えているかもしれない。

 直人もニースの明るさに助けられ旅を続けたいと思うと同時に、およそ戦闘向きではないニースの性格を考えればそうするべきとも思う。

 だが、ニースはそう思う直人の心を見透かすように力強い眼差しを向けて、場違いな事を口にする。


 「そんなに伝説の賢者になる私の下僕になるのが嫌なの?」


 ポカンとする直人に悪戯な笑みを浮かべて見せるニース。周りの三人はクックッと含み笑いだ。


 「ふふふ、決まりよ直人。あなたも覚悟を決めなさい。私達はここから唯一無二の仲間として先だけを見ていくのよ」

 

 ニマニマとした笑みを浮かべるニースを見ながら、ティナにそう言われて直人はやっと気付いたのだ。


 (そうか……覚悟が決まっていないのはオレだけだったってことか)


 突然訳の分からない世界の小さな村から始まり、家族と一緒に元の生活に戻るための冒険は、自分の中ではとっくに、勝手に始まっていると思っていた。

 魔物大量発生(スタンピード)では戦闘に参加せず、アルバ共和国の首都での戦闘は無意識下で進み、昼間の襲撃では逃げ回っただけ。

 直人は自然笑っていた。


 (なんだ、一番びびってるのはオレじゃないか)


 幼少の頃より父に鍛えられ、後年祖父に叩き込まれ神崎流の免許皆伝を頂いたのが聞いて呆れる。

 散々ニースを守るだ、家族を連れて帰るだと言ってた当の本人が、一番覚悟もなくどこか現実離れしたゲーム感覚で一緒にいたとは、皆には言えない。


 「そうだな。オレは母さんと兄さんを連れて帰る。叔母さんにもそう約束した。フォルディスの仇も討つ。アンナも国に帰してやるし、ニースが賢者になる手助けもしなきゃならないしな。よしっ! 決めた。仲間の問題を全部まとめて進むぞっ」

 「赤毛は私の獲物よ」

 「別に帰りたいなんて言ってないけど」

 「おぉ、必ず皆の元に姫を連れ帰るぞ」 

 「え、そんな、直ぐにはなれないし……え? そういうこと? そんな急に言われても困るわよ……キャ(赤面)」


 周りは直人の握り拳を高々と掲げた突然の宣言に各々が応えていった。一人妄想に入ったが、場には笑顔の奥に各々の決意を宿した一つのパーティーが出来上がった。


 「さあ、これぐらいにして各々の役割を伝えるわ。いいこと? 相手はそこらの並の魔獣共とは違うわ、一つのミスが命取りになることはわかっているわね、襲撃のタイミングが分からない以上は、いまからは一瞬も無駄には出来ないわよ」


 改めてティナが皆の意識を引き締めて、一人一人に襲撃があるまでの役割を振っていく。


 

 「私だけ寝てて良いのかな……」


 船室のベッドで横になったニースの様子を見に来た直人に、申し訳なさそうにそう溢す。

 ちょうど直人が切り分けられたリンゴの載った木皿をベッド脇のテーブルに置いたところで、ニースを振り返り笑顔を向ける。


 「良いんじゃないか、ニースはまだ万全じゃないんだし、もし戦いになれば一番危険な役処にもなるわけだしな」

 「それならランスロットさんだって……」


 ニースのぼやきもわかる。ニースは弱ってはいるが五体満足だ。船の見張り番を直人を交代したランスロットは、フレイヤに左腕を喰いちぎられている。その時の出血もニースにひけはとらないだろう。だがニースは船室で休めて、ランスロットは気を張って見張りをしている。


 「まず鍛え方が違うんだから比べてもしょうがない。事実ランスはふらつく事さえ無いしね。それにランスも言ってたろ? 『旅の仲間である前に私は近衛騎士なのだ。その私が姫を置いてただ休むことなど国の皆に会わせる顔がない』って」

 「全然似てない……」


 そうか? とリンゴを口に放り入れながら自分の喉を触る直人だが、自分でもランスロットの野太い声を出せてるとは思えてはいない。モノマネなんて雰囲気だよと口をモゴモゴさせながらニースに返す。


 「ま、適材適所だよ。今はアンナだって疲れて寝てるし、ティナはずっと水夫達を急かし続けてるしな。ニースの様子を見たらオレも荷運びやらされるんだぜ?」

 「あははは、適材適所、でしょ?」

 「だな?」


 二人して笑い合うと、直人が腰を上げた。


 「じゃ、もう一踏ん張り行ってくるよ。ニースもしっかり休んどいてくれよ」

 「うん、わかった。いってらっしゃい」


 おう、と手を挙げて船室を出ていこうとする直人の背中に小さくありがとう、と溢して布団の中に埋もれるニースに、最後に笑顔を向けて船室の扉を閉じた。


 「さて、やるか」


 背伸びをしながら狭い船の通路を歩き気合いを入れる直人だった。



 港に停泊する数多くの船舶が錨を降ろし、夕陽をきらびやかに反射する波間に揺れる。

 ほとんどの船がこの時間には荷を降ろしており、僅かな船番を残して乗員や水夫達は久しぶりの陸地で、長い航海で溜まったモノを吐き出すために、ある者は酒場で騒ぎ、ある者は女を求めて街の裏路地へと消えて行く。

 一つの仕事を終えまとまった金を手に、次の出航迄に手に入れた給金を殆どの者が使いきってしまう。そうしてまた、次の船旅へと向かっていく。

 地に足を着けない仕事でのストレスよりも、溜め込んだ鬱憤を本能のままに解放するこの時の愉しさが忘れられずに船乗りを続ける者も多い。


 「うふふふふ、お兄さんの身体、逞しいわ。筋肉の繊維の一つ一つが張り詰めて美味しそう」


 胸元を露にして、肩紐だけで吊り下げた白いナイトドレスを着た綺麗な顔立ちの女がすり寄ってきた。珍しい灰色の長い髪が美しく整えられ風に靡いている。

 水夫の男は、お気に入りの娼婦アイラを先約に取られ一晩過ごせなくなったが、暗く狭い路地で何処からともなく突然現れた美しい女に、興味を引かれずにいられなくなった。

 

 年の頃は三十手前くらいか? 新しく来た立ちんぼ(・・・・)だろうが……にしてもベッピンだな。


 「へへ、おうよ、仲間内じゃあ腕っぷしで負けた事は無いぜ。どうだい、ねえさん? この身体で一晩中遊んでみるかい?」


 男は本能で悟った。この女なら満足させて貰えそうだ。まだ若い張りのあるアイラを抱けなかったのは惜しいが……どうしてどうして、こっちも牝の匂いを充満させた熟れた果実みたいじゃねえか、と。


 「うふふふふ、愉しみだわ……では、こちらにいらして……」

 「へへへへ」


 女に手を取られすぐそこの建物に入っていく。建物は薄暗く窓が無いのか僅かな陽の光も射し込んではいない上に、明かりとなるものも置いてないようだ。


 「へへへ、な、何だか無性に身体が興奮してきやがるぜ」

 「慌てないで、上にベッドがあるのよ……」


 女の柔らかな手を握ってからというもの、急に身体が火照り、下半身は何もしていないのにいきり立っていた。ズボンと擦れるだけでも膝が笑いそうになるのを男はグッと堪えて、暗い中を女に手を引かれながら階段を登っていく。


 上の階がうっすらと見える処で独特の香の匂いが鼻をついた。

 女からもうっすらと漂っていた、頭を痺れさせるような、男の本能をくすぐるような匂いだ。


 「た、たまらんぜ」

 「うふふふふ、こっちよ……」


 先を行く女の柔らかそうな尻を追いかけながら、男の手は自然と股間を抑え込んでいた。痛いほどに握り込み暴発を抑えるが、その痛みすらも快感に変わっていく。


 (ど、どうなってんだ俺の身体はよ。抑えが全く利かねえぜ。こりゃ、朝にはこの女壊れちまうかもな)


 身体の異変を都合良く解釈し、下卑た笑みを浮かべながら目の前の女を蹂躙する事を想像していると、女は一つの部屋の前で止まり、男に負けず淫靡な笑みな浮かべるとドアを開け中へと男を連れ込んだ。


 「がは、もお我慢出来ねえぜ!」


 部屋に入るなり覆い被さるように女を後ろから抱きすくめ、あるはずのベッドを探したが、目当てのベッドは暗い中でも無いのが男にもわかった。

 だが、男にはもうベッドの有る無しはどうでも良く、そのまま固い木の床に女を押し倒した。


 ビチャッ


 まるで水溜まりにはまったかのような音を上げるが、男の意識は女にしか向いていない。

 廊下とは違う匂いが立ち込めてもいるが、男は気にせずに馬乗りになると一気に女のドレスを破り捨てようと豊満な女の胸元に手を掛けた。


 「さあ、楽しもうじゃねえか」


 言うと一気にナイトドレスを破りあげ、現れた豊満な胸をマジマジと見下ろす。

 堪らなくなったのか女も自分の胸を自分の手で揉み上げ男を挑発して見せる。


 「うふふふふ、私ももう堪らないわ……でも貴方のお相手は私では無いの……」

 「あ?!」


 部屋にある分厚いカーテンから溢れる微かな光に、自分の身体をまさぐる女の恍惚の表情と、手が触れた場所に拡がる黒い染みが男の目に映った。


 「???」


 ビチャッ


 僅かに身体を起こそうとして床に着いた手が水とは違う少し粘性のある液体の感触を伝える。

 眉間に皺を寄せながら怪訝な顔で手を挙げ、掌をマジマジと見つめるが、何か黒っぽい液体としか解らない。


 「うふふふふ、あなたはどんな声を挙げるのかしら? そのはち切れんばかりの肉体を食い荒らされながらも私を官能の渦に沈めてくれるのかしら?」


 恐る恐る掌を顔に近付けると嗅いだことのある匂いが鼻をつく。

 いや、そんな事はしなくてもこの部屋には最初からむせ返るほどに充満している。


 「お、おい、な、なんなんだこりゃ?」

 「女を永遠に美しくする薬よ? ふふ、わかるでしょ? 私もう堪らないわ……早くグチャグチャに喰い千切って魅せて」


 そう言った女に馬乗りになっていた男は、自分達以外の何かの気配を感じて、そのまま女から離れるように後ろへと移動しようとしたが、床一面の液体に足を滑らせそのまま尻餅をつく格好になった。

 自然と歯がカチカチと音を立てるが、男は力を振り絞って立ち上がろうとする。

 しかし、腰が抜けているのか足に上手く力が入らず、そのまま四つん這いになり赤ん坊のように部屋の扉を目指した。

 歓喜の高揚はいつしか無くなり、恐怖に彩られているのに腰回りの快感だけは寧ろ増していく一方だ。

 ビチャビチャと濡れた床を這うように進み、早くもドアの取っ手に手を伸ばす。

 

 「あ……?」


 確かに俺は腕を伸ばしている。なのに俺の腕は何処だ?


 自分の感覚と視界に入る現実の解離に思考が追い付かず膝立ちで、無い腕をブンブンと振り回す。


 「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃ、腕が無い。俺の腕が!」


 肘から上が綺麗に切り取られた腕を振り回しながらも、痛みが無いことに恐怖し更に精神が追いやられていく。


 「おい、俺の腕が……」


 振り返った男の前には、窓からの明かりに晒され、全身を血にまみれさせながら自分を慰める恍惚の女と、見覚えのある逞しい腕を床から拾い上げ耳迄裂けた口でそれを頬張ろうとする全裸の少女がいた。


 「うへ、へへ、へへ、ひゃはははははは」


 男は笑った。

 そうだ、これは夢だと笑い続けた。

 そうか、女よりも今日の俺は酒をしこたま飲んだんだな、でなきゃおかしいだろ? そうだ、そもそもアイラを俺が抱けねえなんて事が可笑しいんだよな? 起きたらしこたま抱いてやるからな…………。


 「あは、あははは、おにい、さん、こわれた、ね、あはははは」


 少女は逆光の中、どぶりと大きく喉を鳴らしながら男の腕を呑み込むと、幼さよりも妖艶さの浮き出た笑みを浮かべながら、一歩男に近付きガシッと肩を掴むと、耳迄裂いた口を目一杯に拡げた。口腔内にびっしりと剣山のように牙を生やした少女の蛇のような口は、そのまま男の頭にかじりつくと一息に首から噛み千切った。

 頭を失った男の胴体から噴水のように吹き出た血を浴びながら、二度三度と咀嚼し左半身、右半身と次々と噛み千切っては咀嚼し呑み込んでいく。

 下半身だけになってもまだズボンの中で精を吐き出しながらビクビクと脈打つ男の逸物を、まるで汚物を見るように蔑むと、ようやく動きを止めた。

 すると今度は少女の傍らから女がすり寄ってきて、無言で少女から男の下半身を奪い取ると、舌舐めずりしながら逸物を眺めた後、少女と同じように裂けた口を拡げると、膝上迄一気に口に収めて喰い千切り、味わうように何度も何度も何度も咀嚼し呑み込んでいった。


 「そろそろ行こうよぉ、あたしこんなのじゃ嫌だよ~」

 「あらあら、人の縄張りでよくそんなことが言えるものねぇ、まあ、いいわ、あの娘に逃げられるのも面白くないし、今夜決着(けり)をつけましょう」


 女の言葉に満足したのか、少女はその場に横になり血深泥の床の上に身体を丸くして、残っている男の脚を枕に浅い眠りについた。


 「うふふふ、可愛い子ね……おの御方の寵愛を受けているだけはあるわね……」


 早くも寝息をたて始めた少女の血に濡れた髪を撫でながら、女は自らの主人であり敬愛すべき相手を思い浮かべ、少し寂しそうな顔を作りながら想いを馳せるように窓へと目を向けた。

 

 あの御方の寵愛を受けられなくなってから何年、いや何十年が経ったのだろうか……。


 女は何十年もの時の中心に秘めた想いを一人静かに呑み込みカーテンの隙間から見える夕闇の空を眺め続けた。



 

 「陽が沈むな……。」


 今だ生々しく感覚だけは残る左腕を擦るようにしながら、金属製の軽鎧に身を包んだランスロットが感慨深く一人ごちた。


 既に天空には少し青みがかってはいるが、まだまだ神々しく輝く白い月がくっきりと見え始めている。

 先程まで慌ただしく動いていた水夫達も今はもう甲板には姿もない。

 荷積みは終わり、船倉内の整理をしているくらいだ。

 例え荷積みが終わっても夜の内に海には出たくないと思う半面、吸血鬼(ヴァンパイア)の襲撃を考えればやむを得ないとも思う。


 世界には魔素を取り込み魔獣と化した獣がひしめいている。

 海と言えども例外ではない。

 この規模の船なら並の魔獣なら襲っては来ないだろうが、海は広い。中には山のような大きさの魔獣も生息していると聞く。

 それでなくとも海の上、船に乗っている状態では動きが格段に制限されてしまう。

 もしくは船底に穴でも開けられようものなら……。


 想像してか、ランスロットは一度身震いしてから頭をブンブンと振り余計な事を考えるのを止めた。考えた所で船には乗るのだし、何より今はそれより大事な事がある。

 ここを切り抜けなければ、先を考えてもどうしようもない。それに……

 後ろから近付く見知った気配に振り返ると、沈み行く中最後の光を届ける夕陽に目を細めたアンナが欠伸を噛み殺しながらやって来ていた。


 「来るかしら?」

 「恐らくは……力のある獣は決して獲物を諦めることはしません。我等が船着き場にいた意味を奴等もわかっているでしょうし、例え一匹でもやって来るでしょうな」


 そう、私は何があろうとこの御方を守り、必ずや国へと凱旋しなければならない。


 迷いがないと言えば嘘になる。果たして本当に国へと連れ帰るのが正しいのか? 姫にはこのまま新しい土地で新しい人生を歩んで頂くのも良いのではないか? と。

 だが王国の政権争いはそう易々とは終わらないだろう。血を流す事にもなるかもしれない。しかし、長引けば長引くほどに、負担は民へとのし掛かる。

 今は良いかもしれない。だが時が経てば疲弊しきった国の状態は必ずアンナの耳にも入るだろう。

 そうなった時、後悔だけはさせたくはない。

 目の前に立つ、気の強そうな、しかし儚いまだ十四になったばかりの少女を見てランスロットは思う。


 自然と膝を折り頭を下げ臣下の礼を取るランスロットを怪訝な表情で見つめるアンナ。


 「必ずやお守り致します」

 「な、何よ急に改まって。て言うか今は同じ立場だって何度言わせるつもりよ」

 「立場は同じくとも心は殿下に忠誠を誓っております故」


 もお、とアンナが頭を抱え込んで項垂れる。


 「わかったわよ! もお、貴方は貴方の思うようにしなさい。知らない」

 「は、有り難き御言葉……」


 ふん、とそっぽを向くアンナに満足気な顔で立ち上がり自分の胸に手を当てるランスロット。


 (今は深く考えまい。ただ守るのみ)


 腰に提げた長剣を引き抜き斜めに空に掲げる。

 決意を込められた剣は、呆れ顔のアンナを写し込み、月光を射し返した。 

次回 「船上」

土曜 0時更新予定です。


楽しんで頂ければ最上です。

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