奪還3
40話目です。宜しくお願い致します。
夜も深く冷たい海風が身体を冷やすように吹くが、草原に座り込みながらティナは考えていた。
虎の子の古代語魔法が思ったような効果を示さなかったからだ。
一つ、魔力の精錬による衰弱が激しすぎる。
一つ、思ったよりではなく何の効果も発揮しなかった。
一つ、術が違うのか、魔力が足りないのか、失敗の原因が解らない。
つまりは、吸血鬼を滅する筈の魔法が発動しなかった理由が何も解らないのだ。
「ふぅ……」
一つ溜め息を溢して吸血鬼を見る。岩槍に刺さりながらも身体の各部位から襞の様に器官を伸ばし互いに繋がろうとしている。頭には念入りに槍を突き立てているので、繋がったところで直ぐには動けないだろう。
魔法の発動による疲労と、憎悪からくるストレスが重く身体にのし掛かるような感覚を我慢していると、そこにランスロットの治療を終えたアンナが近付いてきた。
「もう……いいかしら?」
「ええ構わないわ、ただし……」
互いに吸血鬼を見つめながらも、アンナは浄化してもいいのか、との意味を込めてティナに問い掛けた。拒否されるのではと考えていたアンナは、素直にも受け入れを示すティナの反応に吊り上がった眉を寄せる。
「あなたは勘違いをしているわよ……いえ、正しい知識を教わらなかった、が正しいわね……」
「どういう事?」
彼女は何を言っているのか?
正しい知識? 何に対しての?
ティナは顔を上げ、アンナではなく夜空に燦々と輝く白い月を見た。その表情はアンナからは見えない。
「神聖魔法が吸血鬼に与える効果、と魔法についてよ」
「??清浄な生命へと変質するのに不浄な存在は耐えられない。魔法とはって、四元素ではなく人間の根本の力を魔術で発揮するのでしょう? 治癒力、生命力、精神力、身体強化も言ってみれば神聖魔法の一つ。それの何が違うって言うのかしら?」
王女としての教育は勿論、早くから魔術的才能を開花させたアンナは幼少の頃より神聖魔法の修練を積んできた。王女としても、破壊的な魔法よりも受けが良い。
何よりつまらない帝王学や宮廷作法を学ぶよりも有益で楽しかった。
数少ない魔法士のレベルにまで登ってきた自負もある。
反抗的に神聖魔法の概要を言って聞かすアンナに、白々とした瞳をティナは向ける。
「そうね、そうやって枠にはめて説明出来る事が間違っているのよ。魔術、魔法は元来無限の広がりを見せるものよ。根本的には、四元素も神聖も召喚も全ては同じ。私達人間が勝手に、無意識に枠を決めて限界を作っているのよ」
「何言ってるの? それじゃあ」
アンナのセリフを遮ってティナは手を挙げる。そのまま指を指す。その先には伸ばした襞を絡めながら着々と肉体を繋いでいく吸血鬼がいる。
「講釈はまた今度、今はアレが先。さ、やってしまって良いわよ。やれるなら、ね」
アンナは困惑する。自分の魔法を否定しながらも吸血鬼討伐を煽るティナの真意が見えない。
言われなくても、神聖魔法により吸血鬼は跡形もなく消して見せる自信はあるし、実際そうなる。
「ふん、何が言いたいのか解らないけど、確かに今はアイツを何とかしないとね。気持ち悪いったら無いわ」
そう言うと吸血鬼へと進み、凡そ五歩程の距離を空けて体内で魔力を精錬する。
(何なのよ一体? 神聖魔法が不浄を滅するのは当たり前の知識でしょ)
当たり前の事を当たり前に行い、当たり前の結果が出る。そんな事に何の異を挟む必要があるのかわからないアンナは、目の前で悶える様に蠢く吸血鬼と、胸にしこりのように残るティナの言葉を吹き飛ばすように魔法を展開した。
吸血鬼を包む様に光の柱が沸き上がると、その中で吸血鬼だった身体達は、光の粒に分解されて瞬く間に光の柱と共に消えていった。
「はい、終わり。呆気ないものね」
「……そうね、お疲れ様」
振り向いてあっけらかんと良い放つアンナに、曇った微笑を浮かべながらティナも労いの言葉を向けた。
ふん、とその思わせ振りな態度が気に入らず、そっぽを向いてランスロットの方へと足を向けるアンナの胸中には、まだしこりとなってティナの言葉は残っていた。が、気にせずランスロットの元へ向かう。
(魔法は発動するし、吸血鬼もやっつけた。一体何が気に食わないのかしら?)
自分には出来なかった事への妬みだろうか?
魔法使いと云う人種は兎角自分の魔法や知識を否定されるのを嫌う。
そんなところだろうと、アンナは考えて、うつ伏せから何とか仰向けになったランスロットの元に笑顔で戻っていった。
宙空を見つめながらも殺気を放ち続けるティナには、経験の浅いアンナはまだ気付かない。
殺気だけは感じ取ったランスロットも、その殺気がどこを向いているのか分からなかったが、会話も聞こえていない、ティナの考えもわからないランスロットは、警戒してくれているのだろう位にしか思わなかった。
「大丈夫? ランス? 貴方にはまだ死なれては困るわよ」
長座の姿勢に身体を何とか起こしたランスロットの真正面に、腕を組んで見下ろして立ったアンナが辛辣に嫌味を浴びせる。
王女の護衛が最重要任務であるランスロットが真っ先に倒れるとは何事か、と。
国を出てからは常々姫ではない、お互いに五分の関係だと言ってきたのにだ。
しかしランスロットも今回ばかりは顔を上げれなかった。
アンナの言う通りだ。
名だたる聖騎士連の中から選抜された、アンネローゼ妃殿下の近衛騎士、その長たる自分にはオルソン王国民、何より同じ近衛騎士隊の面々の希望を背負っているのだ。
(なんてザマだ……)
今だ力の入らない両の掌を見つめランスロットはうちひしがれた。
あえてアンナもそれ以上に声を掛けることもなく、今回の目的となるニースがいるであろう小屋を見た。
ちょうどその時だ、示し合わしたように小屋の扉が開き、背中にニースを背負って直人が月明かりの中へと出てきた。
少し距離はあるが、直人の背中越しにニースが申し訳なさそうに小さく手を振るのが見える。
「良かったわ、無事で。見なさいランスロット。私達自身の命を懸けた行動が、こうして人を救うのは格別ではなくて? 王宮の中にいては味わえない感覚よね」
「確かに……」
声を掛けられようやくと顔を上げたランスロットの視線の先には、直人の馬の代わりに、はいよーシルバー、とはしゃぐニースと、ハイハイと渋面を作りながらも馬のリズムを真似て小走りにこちらに向かってくる直人が写る。
二人の姿がやけに眩しく写るのは、気のせいではないだろう。
若さであり、希望を孕む光、先に待つ可能性の光だ。
「負けてはいられませんな」
片膝を着き、気合いと共に立ち上がるランスロット。貧血による虚脱、内臓機能の低下、身体感覚の弱体と立つのもやっとな筈のランスロットの表情は、こちらに向かってくる二人に負けず、晴れ晴れとしていた。
「無理しちゃって」
クスリと笑みを溢しながら我先にと二人の元へと駆け寄る。
「無事で良かったわ、ニース」
「あ、え、そ、あの、本当に申し訳ございません。姫様にまで来て頂いてたなんて、私……」
駆け寄ってきたアンナを確認すると、直人の背中でジタバタしたあとに隠れるように小さくなって畏まってしまった。
「良いんだよ、お前は寝てたから知らないけど、二人は仲間になったんだ。一緒に迷宮へ行くんだぜ」
「そういう事。それに私は姫様じゃなくて、アンナよ。改めて宜しくねハーフエルフさん」
ニヤニヤと笑みを浮かべる二人を、直人の背中からキョロキョロと眺めた後、遠くの波の音に混じってニースの驚きの絶叫が響いた。
それを受けてか、暗い波間にぴちょんと跳ねる魚が一瞬月明かりでキラリと光った。
「そういうのは降りてからにしてくれ、耳がおかしくなる」
「あ、ごめん」
しばらく三人でお互いの無事を労っていると、そこにティナがやって来た。ランスロットはいつの間にかアンナの二歩後ろに屈んで控えていた。
ティナは再会もそこそこにニースに事の顛末を聞き出し始めた。
話を聞くと少し悩みながら誰もが聞きたくない事を話し出す。
「無事な再会を濁すんだけど、まだ終わって無いわよ」
微笑を浮かべてはいるが、向ける眼差しは真剣なものだ。吸血鬼は倒した。これ以上何があるのか、どういう事かわからない四人にティナは説明を始める。
「まず、吸血鬼の裏には確実に私達を知る者がいる。今回の吸血鬼は場当たり的に出会ってしまったのだろうけれど、その中でも私達の事を探った形跡があるわ。こちらに関しては私に心当たりがあるからまあ良いのだけれど……」
「まだ何かあるのか?」
微笑は崩さずに穏やかに話すティナだが、それがまた意味深に怖さを演出している。ティナ自身は普通に話しているつもりなのだが。
「吸血鬼ね。次は用心して掛かるだろうから直ぐとはいかないと思うけれど、準備をされてしまう分かなり厄介な相手になるわ」
「吸血鬼なら私が倒したじゃない」
また蒸し返すのか、とアンナが喰って掛かるが、ティナは流すように聞き、寧ろ諭すように話を続ける。
「結論を言えば、吸血鬼は死んでいない。まだ生きてる。生きてるとも言わないわね? 活動している、かしら。そもそもアンナ? 消滅とはなに? 説明出来る?」
そう問われて考え込む仕草を取るアンナがランスロットを見るが、ランスロットも困り顔で首を横に振るだけだ。直人は何かに気付いたように顔をしかめる。
「この世から何かが消えてなくなる何て事は起こらないわ。必ず何か対価が生まれる。さっきの吸血鬼で言えば、あれはただ単に魔素にまで肉体を分解しただけに過ぎないのよ。時間が経てばまたあの吸血鬼は集まり合い肉を作り、元通りに復元する」
微笑のまま語られる内容に、一同が呆然とするが直人は理解しているようだ。質量保存の法則かな、とか呟いている。
「でも、それじゃあ……」
「そぉ、だからこそ私は試したかった。古代語魔法による真の死を。失敗したけれどね」
死んでない。誰かが呟いた。
ニースもカタカタと直人の背中でまた小さくなっている。
アンナもランスロットも苦渋の顔だ。さっきはティナの不意打ちで何とかなったが、真正面から対峙して、いや、次は真正面からとも限らない。
不意にあの影の攻撃を受ける?
その事実に愕然とする。海獣のいる海に裸で投げ込まれるに等しい。いや、姿が見える分海獣がまだマシに思える。
「でも、そうなら……どうしたら……」
アンナは力無く項垂れた。防ぎようがない。見つかる前に逃げるしかない。
「不意打ちに関しては少し時間が掛かるけど私の魔法で何とかなるわ。後は倒す方法だけれど」
つっと直人を見て会話を止める。直人も考えていたが何となく想像がついた。
「直人の力なら殺せるかもしれない。コレはあくまでも仮定の話だけれど、以前に倒した赤毛の吸血鬼はなぜ直ぐに追ってこないのか? 恐らく、直人の龍の巫女の血の力が、言わば龍の力ね、それによって本来の回復が追い付いていないか、もしくはもう死んでいるか」
直人はグッと拳を作ってそれを見つめる。決して気分は良くはないが、ティナの事を考えると死んでいてくれてほしいとも思う。復讐にだけは生きて欲しくは無いのだ。
「もう一つ組織の命令もあるとは思うけど、吸血鬼の獲物への執着心は魔獣の中でもトップクラス、正に狙った獲物は必ず仕留めるが本能のように活動しているから、余り考えられない。なら、先の二つになるけど、どちらにせよ龍の力がかなりの効果を挙げる事になるわ。そこで問題」
「あぁ、俺には俺の力を自由に使う術がまだわからない……」
期待して笑顔を見せそうになったアンナの顔がその一言であからさまに曇った。防ぐことは出来る、が、倒せはしない。結局はそういう事だ。
「ま、まあまあ、一先ずは安心よね、何にせよ冒険家稼業なんて、明日は知らず今日を進め、って言うし先ずは無事を祝いましょう」
アンナは顔をあげて笑顔でそう皆を盛り上げようと試みる。残念ながら外交で鍛えられたアンナの笑顔もこの時ばかりは引き吊っていた。
あの子出なかった(汗)
書いてて思ったけど、吸血鬼ってすげえな……。
あ、この話とは全く関係ないですが、短編も書いてみました。怪談風です。夏なんでそちらも是非どうぞ。
そろそろ閑話入れたいな……。
こんな話ですが、楽しんで頂ければ最上です。