覚醒2
寒かったり暖かかったり忙しい季節だ…
21話目です。宜しくお願い致します。
本来ならば力など入れなくても、紙切れの如く人間を引き裂く力を持つのが魔神ネクタールだ。
それが今は、丸太の腕に魔力を通し、全身を打ち震わせながら締め上げているにも関わらず、直人の身体は微動だにしない。
伝説の希少金属を思わせるその強靭さに、ネクタールも全身の毛を逆立てながら、更に魔力で身体強化し続け、これを捻切ろうと躍起になった。
その様子を見てフレイヤも危機感を募らせる。
だが、直ぐにニンマリと笑みを浮かべるとネクタールの隣に立ち、その手をネクタールの足に添えた。
「ワンワン、手伝ってあげるよ~。お兄ちゃんはあたしからの魔力を足しても無事でいられるのかな~」
言うと、ネクタールの腕が一回り太くなったように見える。
フレイヤが精錬した魔力をネクタールに送り込んでいるのだ。
人間なら許容量を越えて身体が破裂してもおかしくない行為を、魔神の強靭な身体がそれを受け入れている。
一体どれ程の力が直人の身体に掛かっているのか、そうまでして漸く支点となっている直人の首がわずかづつ回りだした。
「あはあははは、さすがに無理っぽいね~、ほ~ら、首がぶちぶちと千切れちゃうね~」
歓喜の声を挙げながら、直人の首が千切れ鮮血を撒き散らすのを想像しながら、自分の中に燻ったモノも消えていくのを感じ、フレイヤは高らかに笑い声を挙げる。
しかし、丁度真横を向いた程の角度まで直人の首が回ると、そこからはまた微動だにしなくなってしまった。
「ぬぅううう、こやつ本当に人間か?」
ネクタールは焦っていた。
獄処という閉鎖された世界の中で、何千年と生きてきた魔神は、その永い時の中で現処を穢す事のみを考え生きてきた。
これ迄に蓄積された、憎悪、欲望はある時不意に一人の人間によって解放の時を迎えたかに見えた。
これから始まる蹂躙劇に心踊らせていたネクタールを待っていたのは、しかし、屈辱だった。
隷属支配の魔法を掛けられ、これから蹂躙するはずだった、自らよりも遥かに劣る存在の筈の虫けらの如き人間に使役するはめになった。
だが抑制はされるものの、ささやかながらも蹂躙は始まる。
確かに、魔神である自分がその力を使えば、こんな現処の世界など見る間に崩壊してしまう。
それでは物足りない。
心は満たされない。
この衝動を永く、強く味わうにはある程度の鎖は必要ではある。
虫けらに使わされることを我慢すれば。
だがこれは違う。
本来の自分に比べれば矮小ではあるが、現処では不死の王とまで言われる吸血鬼が魔力を注いでいるにも関わらず、その力を得て本来の自分に近付いているにも関わらず、我が手の内にあるこの虫けらの身体は微動だにしない。
「我は幾千年を生きるこの世を蹂躙せしむ者、魔神ネクタールなるぞっ!」
放つ言葉に怒気と焦りを滲ませて、今一度力を込めると直人からは呻きのような声が挙がり始めた。
獣が獲物を威嚇するときに放つような、腹の底から響くような唸りだ。
ニースは辺りをキョロキョロとしていた。
辺りで生きているのは自分と、隣で呆け立つティナしかいない。こんな状態のティナから離れるわけにもいかず、かといって自分の手には到底負えない悪夢のような敵が直人によってたかっている中、突然獣の唸りが聞こえればどこかにまだ新手の魔獣がいるのかと思ったのだ。
人より聴覚の鋭いハーフエルフのニースでも、始め魔神が唸っているのかと思った。
だから、直人から発せられる声だと気付いたときには信じられなかった。
温厚で、真面目そうな異界の少年にはとても似つかわしくない声の波だからだ。
いまや更に声量を増して咆哮のように響くその声は、あらゆる生物を萎縮させるかのようだ。
ニースも不安げな表情を浮かべながら、強くティナにしがみついた。
「ぬぅぅ…」
魔神ネクタールも少し気圧されたか、小さく呻きを溢す。
不意に嫌な予感を感じたフレイヤは魔神に送っていた魔力供給を止めて、そっと魔神に隠れるように後ろに退がっていった。
突然だった。
パンっ、と風船が割れるような音がしたかと思ったら、人1人よりも太い魔神の腕の肘から先が跡形も無く弾けとんだ。
そこから先はあっという間だった。
気付けば、ニースは自分が地面に押し倒され、今正に瞳を紅く染めた直人に拳を振り下ろされようとしていたのだ。
直人の後ろには呆けたティナの背中が見える。ティナは無事なようだ。なぜ今自分は直人に、その拳で頭を潰されようとしているのか?
解らない? 怖い? 直人が無事だった安心? 魔神や吸血鬼は? お母さん? お父さん?
いろんな考えが浮かんでは消える。これが走馬灯?
考えるうちに直人の拳がやけにゆっくりと自分に向かってくるのが見える。
その拳の向こう側、直人の表情は人形のように無表情で、その紅い瞳の視線も目の前のニースではなく遠くを視ているように、まるで焦点が合っていない。
だが、そんな瞳からは涙が流れていた。
どうしたの? 何が悲しいの? フォルディスさんが死んじゃった事? 私も悲しいよ? あぁ、そうか…私を殺してしまうのが悲しいんだね? 力が溢れて止まらないんだね? 私の次にティナさんや集まってる騎士さんも殺しちゃう事が悲しいんだね?
刹那の時間に不思議と直人から流れてくる感情に、まるで他人事のように共感を覚えたニースは、心の中で両手を拡げて直人を迎えた。
(直人にならいい、なぜだかそんな気がする)
目前に、直人の鍛えられ未曾有の魔力で強化された拳が、蒼白く淡い光を放ちながら迫った時、ニースはなぜかそう思い微笑を浮かべていた。
轟音と共に背後の石畳が砕け散り、それだけで収まらず露になった土の地面を弾き飛ばし小規模なクレーターを造り上げる。
自分の顔の横に振り下ろされた直人の腕には目もくれずに、未だに焦点の合っていない直人の紅い瞳を見つめながら、ニースはそっと直人の両頬を自身の手で包み込むようにした。
「大丈夫だよ。私もティナさんも、大丈夫だよ」
ボロボロと涙を溢す直人にそう囁くと、今度は背中に腕を回して、優しく抱き締めた。
「大丈夫だよ。だからもう悲しまないで…」
ぎゅっと直人を抱く腕に力を込めてそう諭すと、それに応えるように直人から魔力が霧散していくのを感じる。
直人から完全に魔力が抜けると、同時にニースに直人が覆い被さるように倒れた。
見ると気を失っているようだ。
直人を抱き締めたまま、視線だけで辺りを見回すニース。
立ち尽くすティナ以外には、魔神もあの吸血鬼の少女もいない。生きているのは自分達三人だけのようだ。
安心したのか、思い出したかのようにニースの目からも涙が溢れてきた。
一体何人の人が、騎士が死んだのか解らない。
軽い気持ちで付いてきた旅だったが、自分達がこの街に来なければ?
魔物大量発生を防いだ一躍を担ったと天狗ではなかったか?
何一つ出来なかった自分が賢者になる?
フォルディスさんが……。
そう考えれば考えるほどに涙は堰を切ったように溢れ出た。
どれぐらい泣いたか。ニースは直人が作ったクレーターから直人を担いで這い出ると、そっと直人を地面に横たえて、ティナの側に行き呼び掛けた。
反応は変わらず、やはりティナは呆けたままだった。今や下半身と上半身の一部だけとなったフォルディスだったモノだけを写す瞳に、心無しか微笑を浮かべてはいるが、この惨劇の場にあっては痛々しいことこの上ない。が、ニースはティナの手を取り歩を促すと、覚束ない足取りではあるが歩くことは出来た。
そのまま直人の元に行き、直人を背負うニース。
ニースでも魔力での身体強化を使えば直人くらいを背負うのは造作もない。
直人を背負い、ティナの手を取って、兎に角人のいないところへ移動しようと考えたニースは、黙々と暗い裏通りを抜けて、一度フォルディスの邸宅へと戻ってきた。
人のいるところへいけば安心感はあるが、あの魔神や吸血鬼がどうなったのかをいまいち覚えていないニースは、いつまたアレらが現れるかを考えると人の集まる所にいくのが正解とは思えなかったのだ。
邸宅に着くと、直人とティナをそれぞれの部屋のベッドに横たえて、自分は旅の支度をしてから、フォルディスが自分にも割り当ててくれた部屋へと入った。
ベッドに腰掛けて一息着くと、いつのまにかただぼぉっと壁を見ていた。
いろんな事がありすぎて、放心状態になっていたそんなニースの耳に、不意にどこかの扉の開く軋んだ音が聞こえた。
直ぐ様気を取り直すと、立ち上がり部屋を出て廊下を見渡す。
一階に続く階段から見て一番手前にあるのがフォルディスの部屋、その向かいがニースの部屋だ。
二階には客室しか無く、何かをするには必ずフォルディスとニースの部屋の前を通って階段を降りなければならない。
見るとフォルディスの隣の部屋にいた筈のティナが、フォルディスの部屋の扉の前に立ち、ドアノブに手を掛けたところだった。
「ティナさんっ!」
ニースはティナが気を取り直したのかと期待して声を掛けるも、ティナはその声には反応せずドアノブを回し扉を開くと部屋の中に入っていった。
慌ててニースも部屋の入り口に駆け寄り中を覗き込んだ。
月明かりに照らされた部屋の中、ティナはベッドに腰掛けて、布団を優しく一撫ですると、そのまま何かに身体を預けるように横たわった。
その後もまるでそこに何かがあるかのように、目の前の布団を優しく撫でていた。
そんな光景を暫く見守るしかなかったニースは、程無くして聞こえてきたティナの寝息に、安堵のため息を溢してそっと部屋の扉を閉めた。
扉の前に立ち一抹の不安は在るものの、取り敢えずは休ませるしかないと判断し自室に戻ろうと身体を翻す。
ふと自分の部屋の隣の扉に目が止まる。
直人の部屋だ。
異世界に無理矢理連れてこられた少年。
龍の巫女の血族にして、生まれる筈の無い男の御子。
魔力を自ら生み出す現象と、あの瞳。
(解らない。解らない事だらけだ……)
マリウス様やティナさんなら? 渇望の賢者と言われるニナ様なら?
自分の無知を悔やむも、今の自分にはどうすることも出来ない。
そんな事を考え気が付けば、直人の部屋に入り、今は安らかな寝顔をした直人を見ていた。
ベッドの縁に腰掛けて、巫子の証である黒い髪を弄ってみる。痛んでしまっている自分の髪とは違い、長くはないが艶があってサラっとした髪質が心地良い。
それを感じ取ったのか、嫌がるように寝返りを打つ直人。
こうして寝ている姿は只の少年だ。
その寝姿に安心したのか、知らずに微笑を浮かべ、また髪を弄ってみる。
今度は布団の中から手を出して、髪を弄っていたニースの手を握り込んで防いだ。
自分の手を握る直人の手に、もう片方の手を添えて軽くその甲を撫でながら
「ありがとう、助けてくれて...…」
自然と呟くように出たニースの言葉に、直人はむにゃむにゃ言いながらきゅっとニースの手を握り返してきた。
ふふ、と自然と出た笑みも、直ぐに涙で崩れていった。
布団の上に顔を押し付けて、声を殺して涙の出るままに泣いたニースは、そのまま疲れを思い出したのか、直人に身を預けるように眠りについた。
突如戦場となった街の大通りは、その後処理に昼過ぎまで騒然としていた。
偉大な竜殺しの英雄フォルディスの死体は、その装備品から判明し、傍らに横たわるようにあった、折れた竜断ちと共に丁重に運び出された。
魔神であったものの残骸らしい肉片も多数見つかったが、赤い髪の少女の死体は発見されず、後処理が終わり事情を聴こうと、フォルディスの婚約者とその従者の三人を探し始めた時には、もう既に三人はソルの街から姿を消していた。
鉄壁で知られるアルバ共和国首都ソルの魔神襲撃事件は、真相を知る者がいないまま、共和国の三騎士の内二人と多数の騎士を失うも、内一人の竜殺しの手によって相討ちではあるが、撃退に成功したと元老院は判断したが、魔物大量発生から始まり、異世界から現れた少年、鉄壁の要塞都市の内側で起きた事件と、名だたる騎士二名を失ったことから、風評と政治的立場を考慮して対外的に発表されることはなかった。
一先ず一区切りかな~。
フレイヤはどうなったのか? 後で回想が入るでしょう。たぶん…
閑話とかまだあんまり思い付かね~。
でも書きて~。
こんな感じですが、楽しんで頂ければ最上です。




