我想うゆえに我あり
始めたばかりで、いきなりインフルエンザ…
のびのびユルりユルりとやっていきます。
そこには暗闇だけがありました。
ある時、暗闇が集まり、そこに一頭の龍が生まれました。
その龍のあげる咆哮は世界を広げ、その龍の吐く炎は光を作りました。
次に、その龍が吐く水は海を造り、その龍の翼の羽ばたきで時が流れ始めました。
その龍が海に降り立つとそこから大地が拡がり、翔んだ羽毛は植物となり、無数の鱗から数多の生物が生まれました。
世界が産まれた事に満足したその龍は、暗闇へと還り、眠りながら世界を見守る事にしました。
童話 「世界の成り立ち 第一章」より
夜、十蔵が素手で仕留めたという、猪でぼたん鍋をし、免許皆伝を祝い終わったところで、直人は自分の部屋に戻ってきた。
高校生にしては、飾り気もないような部屋だ。
田舎暮らしをしていると、都会に住んでた時よりも物欲は無くなるようだ。
「猪って、なんの仕掛けもなく、素手で掴まえれるのかな?」
美味かったぼたん鍋の余韻を楽しみつつ、十蔵について一人ごちた。
免許皆伝を戴いたとはいえ、日常は続く。十蔵が規格外でも、俺は明日また学校がある。
明日の準備をしながら、机にある写真立てに目がいく。
四人家族の写真だ。
母が兄の肩に、父が弟の肩に、それぞれ後ろから手を置き、四人ともが笑顔を向けていた。
後ろには青い海が広がっている。
兄貴が中学にあがる記念に沖縄に家族で行ったときの写真だ。
写真立てを手に取り、家族の事を考える。
免許皆伝を戴いた俺を、兄さんと父さんは褒めるだろうか?
母さんは笑顔を向けてくれるだろうか?
(人の強さは、身体の強さではない。心の強さだ。神崎流も所詮はその手段の一つでしかない)
昔、父さんに言われた台詞を思い出す。
高校生にもなると、流石にその意味するところもわかってはきた。
ただただ強い十蔵といると、忘れそうになるのだが……。
強さ。
いつか十蔵が酔っ払った時に言っていた台詞。
弱いからお前の母はいなくなったのだ。
身体が弱く敵に抗えなかったのか?
心が弱く現在に抗えなかったのか?
それはわからないが、弱かったのだ、と。
確かに間違ってはいないが、それは極論がすぎる。
人は誰しもが強いわけではない。だから寄り添って暮らしているのだ。
だから、爺ちゃんも婆ちゃんと一緒にいるんだろ、そういうと爺ちゃんは、台所にいるであろう婆ちゃんの方を一瞬見てから、ワシは強いわい、と言って黙った。
母さんや、兄貴は何処へ行ってしまったのだろう。
最近よく考えるようになってしまった。
事件がおきてしばらくは、自ら考えないようにしていたが、成長したのか、感覚が薄れてきたのか、あの事件を客観的に見れるようになった。
例えば身体的に弱い場合。
これはない。母さんだけならまだわかるが、兄さんは当時今の俺と同い年、免許皆伝こそ戴いてはなかったが、ただのやる気の問題で、実力は今の俺と同じくらいか、もしかすると上かも知れない。そんな兄さんがいたなら、何事もなく二人が拐われるとは思えない。
では、精神的に弱い場合。
これもない。これもさっきと一緒。母さんだけなら、父さんが死んだショックでとはわかるが、兄さんも一緒にとはやはり考えづらい。
そう、あらゆる想定をしても、現実的に二人が同時に消えるというのは、有り得ないとしか言えない。
では、現実的ではなく、非現実ならどうだろう?
神隠しってやつだ。いやいや、無いよな。神隠しって。
そういえば、あのときの落雷のような音は何だったのだろうか?
「まただ。。」
思い出していくと頭痛がする。あの時俺は、あの轟音で目が覚めて、二人を探して……。
今もハッキリと覚えている。はずだが何かが違う。
と、訴えかけるように頭痛がするのだ。
いつもはここで考えるのを止めていた。考えても記憶は変わらないし、頭痛は治まらないからだ。
だが今日は、なぜだろう?もう少し深堀りしたかった。そう、まずは音だ。あの、例えるなら、硬い金属が砕けたような、目の前で雷が鳴ったような轟音。俺は確かにアレで目が覚めた?いや、覚めていたんじゃないか?
頭が痛い。
俺は、目を覚ました状態だからこそ、あれほどハッキリと覚えているんじゃないのか?
頭が……。
蹲りたく成るほどの頭痛の中、直人は懸命に考えた。
いや、思い出そうとした。
俺は、本当に何も見ていないのか?何もしていなかったのか?
頭が…………。
遂に堪えられなくなり、直人は考えるのを止め、ヨロヨロと椅子から、ベッドに大の字に倒れこんだ。天井を見上げながら、一息つき、瞑想のように荒くなっていた呼吸を落ち着けた。
(駄目か……)
落ち着けた呼吸から一つ溜め息こぼす。自分の記憶が本当は違っているのではないだろうかとも思うが、この頭痛に堪えれなければ先は見えそうにもない。だいたい、事件当初、精神科医で催眠療法も受けた事があるが、何も無かったのだ。いまさら、何かがあるのだろうか?と、いつもの疑問に、いつものように考えるのを止めにした。
(風呂でも入って明日に備えよう)
続くであろう日常を考えることにした。
草木も眠る丑三つ時。
日本では古来より鬼、魔や邪が出ると言われる時間。
この世ならざるモノが出てくるその時間は、波紋一つない湖面のような静かな時だ。
そんな時間に、直人らが住む家の前に人が立っていた。
フードが付いた、黒いコートのようなモノを来ているようで、時間の暗さと相まって、傍目には男か女かもわからない。
が、異様さは解るだろう。
そのモノの周りはひどく歪んで見えるのだ。まるでそこだけ焦点が合ってないような、景色を正しく認識出来ない。黒コートで解りづらいが、本人の姿も微かにだが歪んでいるようだ。
黒コートを境に空間と空間がせめぎあっていると言えばいいだろうか、その空間には合ってはならないもののように、しかし、黒コートは確かにそこにいた。
ふと、黒コートが顔をあげ、2階の窓をみた。
直人の部屋だ。
何かを確信したのか、歪んだ空間の向こうのその顔に、口の端を吊り上げるように笑う男の顔が浮かんだ。
直人は夢を視ていた。
事件以降よく視るが、朝起きたときにはいつも忘れてしまう夢だ。
その夢では、暗闇に横たわる母さんが何かを言っている。
何を言ってるのか解らず、近づこうとするが、距離は縮まらない。どころか、どんどん母さんが暗闇に呑まれていってしまうのだ。
暗闇に呑まれたと思うと、今度は兄さんが出てくる。
薄い白い繭のようなモノに包まれて微動だにしない。
大丈夫?と問いかけても答えは帰ってこない。
そして、近づこうとするが、やはり距離は縮まらず、兄さんも暗闇に呑まれていってしまう。
いつもはここで目が覚めて何も覚えていないが、今日は続きがあるようだ。
遠くに光が見える。
よく見ると、少しづつ近づいてくる。
光ではなく、何かの形が見えると思った矢先に、龍が物凄いスピードで迫ってきた。
アニメや映画で観る龍さながらに、恐竜のような口を開け、俺を呑み込もうとするかのような勢いで迫ってきたかと思うと、俺の目の前で何か見えない壁にぶつかったように弾けとんだ。
瞳の無い、鈍く光る黒水晶のような眼をこちらに向けてくる。その視線からは、慈愛、怨恨、生気、殺意、畏怖、尊敬のような様々な感情が吹き出ているように感じ取れた。
(来たれ)
すると突然、恐らく龍が発したのか、頭に直接響く声音だった。
「どこに?」
直人は素直に疑問を口にしてみた。
(来たれ…)
だが龍は答えには応じず、もう一度同じ言葉を残し、遠くの光に飛んで消えていった。
そこで直人は目が覚めた。
何やら、夢を視ていたようだが、いまいち内容は思い出せない。
部屋はまだうす暗い。枕元の目覚まし時計に目をやり、まだ夜中の2時すぎなのを確認して、また目を閉じた。
だが、すぐに眼を開ける。部屋の中に何かの気配を感じたためだ。
眼だけでぐるりと周囲を確認するが、何もいない。
気のせいではない。何も見えてはいないが、いないことを眼で認識しても気配は消えないからだ。
6畳という広くないスペースに、見えず、気配の出所もわからないが、確実にいる、と直人は確信し、掛け布団を跳ね上げ、そのままの勢いで自身も飛び起き、扉の前に立ちはだかった。
扉を背にし、改めて満月だろう明かりがさす、薄暗い部屋の中を、何も見逃すまいと注視するが、やはりナニモノも部屋にはいない。しかし、こうして部屋を見渡せる位置に居るおかげか、気配の出所はどうやら、正面窓の前らへんだとわかる。
扉の横に付いた、部屋の明かりのスイッチを迷いなく入れるが、電気がつかない。
窓辺から眼を離さず、二三度スイッチのオンオフをするが、やはりつかない。この見えない侵入者の仕業だろうか?
そう考え、姿が見えない事もあり、これはまずいと直感的に感じた直人は、今度は後ろ手にドアノブを回して、扉を開けようとした。
ここで初めて直人は、今自分が非常にまずい事態に陥っていることに気付いた。
鍵もついてないはずの扉が開けられないのだ。どんな力の為せる業なのか、仮にも空手家であり、自家流派の免許皆伝の自分が、後ろ手にとはいえ、ドアノブすら回せないのだから。
そして、次の行動に移る。自分に対処出来ないとなれば、出来る人物を呼べばいいのだ。
(じいちゃあん)
はたから見れば、ただ口をパクパクとさせているだけの、間抜け顔な直人が見れただろう。
当の本人は脂汗が吹き出るのを感じた。そうだろう、なにせ声がでないのだから。いや、喉を通る、空気の動きは感じる。正確に言えば、音が伝わらないみたいだ。
自分が起き上がったときにも、布団や服の衣擦れの音さえしていなかった、とここにきて思い至った。
気配は変わらず、窓辺にある。
だが、姿形は目に写らない。
扉のノブも回せなきゃ、音も伝わらない。
直人はこの時パニックになっていた。
こんなことが現実に起こりうるのか? と。
しかし、自分に、落ち着け落ち着けと言い聞かせ、深呼吸と共に平静を取り戻していく。
そう、今のところは実害は無いのだ、部屋から出れなくても、音が伝わらなくても、困りはしない。後は、この窓辺の異様な気配をどうするかだ。
しかし、考えるまでもなく、問題は解決した。気配の主が姿を瞬間に現したからだ。
フード付きの黒いコート?いつの間に?何処から?直人の頭に様々な疑問が巡るが、まずは、相手を侵入者、敵だと、答えを導きだした。