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 少し冷静になって考えが落ち着いた。

――こんなに動揺するのならば、あながち間違いでもないかもしれない、と。

 疲れているのだろう。早く休まなければ。そう思って寝屋へと歩き出そうとした、その時。

「お待ちくださいっ」

 呼び止められた声に心臓が跳ねあがった。驚いたわけではない。意識したくなかった声だ。

「楓雅様、お待ちください」

「なんで、帰ったんじゃ……?」

 夏蓮だ。呼吸が乱れて、彼女の頬はほんのりと紅く染まっていた。走ったのだろうか。彼女ははにかんで、忘れ物をと申し上げて参りました、と言った。

「……楓雅様、少し、お時間よろしいですか?」

「奇遇だな。俺も、あんたに色々聞きたかった」

 多分、彼女が言わんとしていることと自分が聞きたいことは一致しているはずだ。さりげなく大通りから少し逸れた小路に入る。太陽は少し陰り、二人の影が薄まる。

 腕組みをして壁にもたれかかり、楓雅はにやりと笑った。

「嫁に行くんだって? 祝ってやろうか」

 我ながら核心をつきすぎて、しかも心にない言葉だったと思う。夏蓮から表情が消えた。少し俯いて、袖口を口元に当てた。

「あ、あれは……、親が決めたことで、私が決めた事では……」

「決まっていたことで、分かっていたことだろう?」

 畳みかけるように言葉を重ねる楓雅に、夏蓮はふっと笑った。

「――やはり、楓雅様は意地悪な方ですね。そういうお仕事をされている方は皆そうなのでしょうか」

「……」

「私、そこまで無知ではありません。貴方様の生業も、承知しております」

 毅然と言う夏蓮に、楓雅は何も言い返せなかった。

「そ……れで、婚約者は、苳迫家の坊ちゃんだって? 全然知らない奴なんだ?」

 ようやく出した言葉に、自身が衝撃を受ける。なんとか笑みを作り出すことはできた。

「克之助様は、幼少の頃から存じ上げておりますし、信頼も厚い方です。『坊ちゃん』と呼ばれるほど、世間知らずではありません」

「じゃあ、何が不満なんだよ? そいつと結婚すれば、将来安泰だろ?」

「それとこれは……」

「いわゆる『逃げ』っていうものだろ」

「……っ」

ぎり、と音が聞こえてきそうなほど、彼女は強く自分の唇を噛んでいた。そのまま朱がにじむほどに。

「……楓雅様は、私の事がお嫌いなのですか」

 いやに静かに、そしてはっきりと夏蓮は問うた。

「嫌ならばこの際はっきりと仰ってください」

 けれど、と彼女は楓雅の腕の中、見上げてまっすぐ彼の目を見た。

「私は楓雅様をお慕いしております」

「!」


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