七
「あ」
包みを抱えた小紋の後ろ姿。それだけを見て、誰だか分かってしまった。唐人髷の髪。裕福な娘が好んで結う髪型で、この辺りでは珍しいものだ。
「……夏蓮……?」
その呟きが聞こえたのか、小紋の女性が振り返る。
「どなたか私を呼びまし……まあ、楓雅様」
「お嬢様、こちらは……?」
彼女一人ではなかった。初老の男性が夏蓮のそばを歩いていたのだ。穏やかそうな顔とは裏腹に、楓雅をうさん臭そうな目で見ている。
「こちらは、楓雅様とおっしゃって、私の……お友達、になるのでしょうか……?」
「ただの知り合いです。菊一家ともあろう方が、こんな自分と友達なわけがないでしょうし」
客に振りまく笑顔を浮かべて、楓雅は夏蓮の言葉をばっさりと切った。一瞬、彼女が傷ついた表情を浮かべたのが目に入ったが、気づかないふりを貫く。
じと、と見ていた老人が穏やかに微笑む。だが彼の目は笑っていない。
「そうでしょうとも。さあ、こんな輩と話していては菊一家の品格が落ちてしまいます。参りましょう、お嬢様」
「え、ええ……」
夏蓮は会釈をして身を翻す。少し落ち込んだような背を見送った。
もしも、と楓雅は思った。もしも彼女だけならば聞きたいことは山ほどあった。稽古事が多いなとか、兄弟はいるのかとか、――本当に、結婚するのか、とか。
――阿呆か、俺は。
もしくはどうしようもない馬鹿だ。どちらもかもしれない。
どうしてこんなにも彼女の事が気になるというのだ。少しでも多くの事を知りたいなんて、まるで恋に落ちているようではないか。
――……俺が!? まさか。
自身で辿り着いた一つの考えに驚く。二、三歩歩いては立ち止まり、頭を振ってまた歩き出す。往来のど真ん中で百面相をする男は、なんと不気味に見えた事だろう。楓雅がはたと我に返ると、道行く人々の流れは綺麗に彼を避けていた。
少し冷静になって考えが落ち着いた。
――こんなに動揺するのならば、あながち間違いでもないかもしれない、と。