六
この蒼は空の青に似て、秋晴れの光に輝いていた。今日は約束の日だ。いつもより早く遊郭を出て、いつもよりも早い足取りであの場所へと向かう。
「あ、楓雅様!」
一昨日と変わらぬ笑顔で出迎える夏蓮を見て、楓雅は目元を和ませる。
「悪い。遅くなった」
いいえ、と彼女は首を振った。
「私も先ほど着いたところです。桔梗がとても綺麗で、見とれておりました」
ほら、あんなに、と指をさす方向に目を向けると、鮮やかに地上の空を彩っている。
「本当だな」
目の覚める桔梗畑は圧巻で、路地の開けた場所にあるせいか、人通りが少ないのもよかった。
彼女に会うと楽しい。
素直に、そう思った。
たわいのない話に、こんなに盛り上がるとは。
「……雅? 私の話、聞いて?」
不満の声にハッとする。今日の客は女だ。ほどいた髪を腰まで垂らし、楓雅の胸にすがる。
「ああ、すまない。もう一度、君の可愛い声で俺に聞かせてくれないか」
「やだ、雅ったら」
いつの間にかぼんやりと夏蓮の事を考えている。次はいつ会えるだろうかとか、桔梗はいつまで咲いているのだろうか、とか。
そして夜伽に訪れた客に声を掛けられ、ハッと気が付く。その繰り返しだ。
「それで、なんだったかな」
「そうそう、とある噂が耳に入りましてよ」
噂? 彼女の髪を梳きながら、問いかける。くすぐったいのか時折笑いながら、女は紅を引いた唇に言葉を乗せた。
「あの豪商の嫁き遅れの娘が、ようやく結婚するらしいとのことですわ」
「……豪商?」
いやな予感がする。豪商、と言えばあの家ではないか?女は得意げに口元を歪ませる。
「あの、菊一家ですわ」
「……へえ、あの家に娘がいたなんてね」
平静を装って、女の頬に口付ける。女は甘えるように楓雅の胸にすり寄ってきた。いやだ、と笑いをにじませるその声音は、楓雅の神経を逆なでする。
「私の家も取り引きしているのだけれど、苳迫家のご子息だそうよ。幼少の頃からの許嫁だったみたい」
「ふうん」
人を小馬鹿にしたような態度、反吐が出る。じゃあ自分はそんな大層な人間なのかと問いかけたくなる。だが顔に載せた笑顔はそのままに、女に物知りだねと囁いて。
「今夜はそんな噂よりも、君が欲しいかな」
そう言って戯れに口付けを繰り返していく。女は小さく喘ぎながら歓喜の吐息をもらした。
自分は堕ちた、男娼。所詮、そんなものなのだ。