五
「なんだい、雅。あんたやる気に満ちてんじゃあないかい」
「え?」
今日が終われば、またあの桔梗の野で、と考えながら支度をしていたら遊郭の女将に声を掛けられた。彼女は煙草をふかしながらにやりと笑っている。
かなり年を召された老婆なのだが、何もかも失った楓雅を見つけ、育ててくれた恩人でもある。
「今日はあんたのお得意様、予約入ってるよ。いつも通りのご指名だ」
「ああ……、分かった」
あの男色の士族か。別に男でも女でも、自分はどちらでも抱ける。それは構わなかったが、今日は早く休みたかった。彼が客として来る以上、それは望めなかったが。
なぜこんなにも浮き足立っているのか。そんなに彼女に会えるのが楽しみなのか?
「――お呼び立て、誠にありがとうございます。辻本様」
戸を引き開け、頭を下げる。薄暗い室内は行燈の光に灯され、人影がぼんやりと浮かんでいた。
「……会えて嬉しいよ、雅」
低く囁くその声は、男のものだとわかる。
「さあ、もっと近くに。お前に会いに私は来たのだから」
――会えて嬉しい? 夏蓮に会うのが楽しみだというのか、俺は?
ごつごつとした手で頬を撫でられ、楓雅はぼんやりと思った。今度はその手がするりと首へと動き、鎖骨をなぞる。
「……なぜ、辻本様は俺に会いに?」
「ん?」
上向かされ、首筋に口づけを落とされるのもされるがまま、楓雅は口を開く。男は楽しそうに耳元に吐息を吹きかけた。
「……なぜかって? ――それは、お前を愛しているからだよ、雅」
かりそめの関係の、かりそめの言葉。けれど、この場所ならばホンモノになる。
彼の口づけは次第に熱を増していき、慣れた手つきで楓雅の帯を解く。
少しの嘆息と共に、楓雅は目を閉じた。
今夜も、長い夜が始まる――。