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 だが、口は正反対の言葉を紡いだ。

「もう二、三日すれば花が咲くんじゃないか? ……その頃、また一度……会えるだろうか……?」

「え?」

 二人の間に沈黙が落ちる。言ってから楓雅はしまったと後悔する。今しがた住む世界が違うと認識したばかりではないか。

 夏蓮には問いかけが聞こえなかったのか、沈黙したままだ。同じことは繰り返したくない楓雅にとって、さらに後悔しているさなか、もう尋ねることは彼の矜持が許さなかった。

 慌てて咳払いをして、口早に言葉を吐き出した。

「今のは忘れてくれ」

 夏蓮は二、三度瞬きをして、ゆっくりと微笑んだ。

「では、花が見頃になったらまたお会いしましょう。明後日かしら。ちょうど、お花のおけいこがあるから、その時にでも」

「!?」

 どんどん話が進んでいき、楓雅は慌てた。もう一度会えないかと提案したのは自分だが、忘れてくれとも言ったのに、会う方向で話が進んでいる。いや、ちょっと待て、明後日だと!?

 静止のために伸ばした手が空を切ったままだ。

 そこで夏蓮は気が付いたように口元に手を当てた。

「あら、私の都合ばかり話していましたわ。楓雅様は?」

「いや、俺は、別に……」

 そういって押し黙ってしまう。今の仕事を辞めて、どこか遠くへ行ってしまおうかと思っていたところだ。都合が悪いなど自分には何もない。そう、何も。

 では、と夏蓮がぱっと嬉しそうに笑う。

「明後日、お会いできますね! ……そういえば、楓雅様はこの時間で大丈夫なのかしら? お仕事って何をされているのですか?」

――来た。

 恐れていた問いかけが来てしまった。楓雅は無意識に体に力を入れた。それに構わず、夏蓮は困ったように言葉を重ねていく。

「昼夜を問わず働く方もいらっしゃるようですし、先ほどの話、聞こえてしまったのですけれど『早く寝た方がいい』と……」

「――俺の仕事はつまらないものさ。大抵、夜の仕事ってのはな」

 楓雅の職場は遊郭だ。それも雑務ではなく、男娼である。彼自身この仕事を誇ってはいなかったし、まして他人に話したくもなかった。だが、言ってしまった。ほとんどの人々はこれで伝わる。もう一度会うことは、これで無しになるだろう。

 夏蓮は何を思ったのか、まあ、と一言だけ。

「……夜のお仕事なら、眠くありませんか? 大変でしょう?」

 もしかして、気が付いていないのか? おそらく、彼女はこういう仕事もあるのだと知らないのだろう。何せ大切に大切に育てられてきたのだろうから。

「ちょっと眠いだけだし、これくらいいつもの事さ。それより、菊一家の娘がこんなところを出歩いてていいのかい? そろそろあんた嫁に行く年だろう?」

 今度は夏蓮がぐっと詰まる番だった。

「わ、私はまだ二十歳です……っ! じょ、女性に年を聞くなんて……!」

 真っ赤になりながら言い募る夏蓮に、楓雅はこらえきれずに吹き出した。

「ふっ……ぷっ、くくく……っ、ま、俺は十七だけど」

 ええ!? と彼女の目がまん丸になる。

「もっと……私より年上かと……あっ、ごめんなさい」

 その言葉には楓雅は答えず、ただ微笑むだけ。

 無理もない。仕事が仕事だ。この世の辛酸を舐めたも同じだし、大人びるのも仕方がないことだろう。

 ひら、と手を振って、彼は背を向けた。

「また、明後日、この時間な、夏蓮」

 初めて彼女の名を呼ぶ。くすぐったいような、照れくさいような、そんな気がした。

 そして、二十歳ならとっくに嫁に行ってるよなあ、とやっぱり思う楓雅なのだった。


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